COBOLの特集を書いた。参考となる書籍を最後に紹介するとけっこうウケがいいので,今回も1ページ作ろうかと思った。書店を回って比較的良さそうな書籍を5,6冊買い込んで,表紙の写真を撮影して・・・。でも,結局そのページを作るのはやめてしまった。

 私はCOBOLのプログラムを書くのは今回が初めて。いろいろな人に教えも請うたが,書籍の助けも期待していた。ところが,COBOL関連の書籍は何とも情けないものが多い。

 まず発行年が古い。本のレイアウトや言葉づかいを見ただけで,読み進む気が失せる。「新98MATE」の写真と「ラップトップ型とかノート型というパコソン」(誤字ママ)なんて説明,または「1枚のカード(1人分のデータ)を記憶装置に読み込む」なんて文章を見ると,頭がクラクラしてくる。改訂の必要を,だれも感じていないのだろうか。

 サンプル・プログラムをテストした処理系(コンパイラなどの開発ツールのこと)やバージョンを書いていないのも困りもの。自分が持っているコンパイラと違う可能性がどの程度あるのかわからないので,読む側としてはそのサンプルを入力してみる気になれない。実際コードを見ても,「これは特定の環境だけで必要な記述だな,自分の学校の教科書として使うことしか考えていないんじゃないだろうか?」なんて思うことが少なくなかった。

 サンプルが長いという点も多くの書籍に共通している。入門者として言わせてもらえば,長いサンプルは訳が分からない。短くしようとサンプルの一部だけをコードとして提示している著者もいるが,これも問題を生む。一部だけ載せられると,全体としてそのプログラムが何をするか分からないからだ。その道の権威には,読者が自分の本を読んだときに,どこが分からないのかさえ,わからないのかもしれない。

 筆者が今回COBOLでプログラムを書いた感想は,COBOLも悪くないということだ。言語仕様はけっこうファンシーだし,機能拡張を続けてきた甲斐あって現在販売されているCOBOL開発ツールの機能は決して他の言語に見劣りするものではない。

 でも,COBOLには人気がない。イメージもよくない。COBOLはこれまで企業や学校のカリキュラムとしてだけ教えられ,実例のプログラムは無味乾燥で,プログラミングが本来持つ楽しさはみじんもなく・・・。COBOL本のつまらなさは,そういう社会状況の一つの表れだろう。

 COBOLがかわいそう。COBOLに人気がないのは,プログラミング言語としてのCOBOLが性悪だからではないのだ。

 なおCOBOLの特集は,22日に発売する日経ソフトウエアをご覧ください。

(原田 英生=日経ソフトウエア)