(前号より続く)
 「不在者投票用封筒」のちょっとした仕掛けとは、外封筒と内封筒からなる2重構造だ。沖縄出張中の私は、投票用紙を内封筒に入れて封をし、さらに外封筒に入れてもう一度封をする。これを沖縄の選挙管理委員会に託して東京に送ってもらう。東京の開票人はまず外封筒を開いて内封筒を取りだし、他の地方から送られてきた同じような多数の内封筒とまぜてシャッフルする。この後で内封筒を開封すれば、誰が誰に投票したかがわからなくなる。

 実はインターネット投票でも、「ミックスネット」という同じような技術がある。暗号化を多重に行い、複数のサーバを経由させて開封(解読)とシャッフルを行うもので、原理は2重封筒とまったく同じだ。これで選挙の匿名性を確保できる。

 以上、文章の説明だと複雑な手順に見えるが、「本人確認の手続き」「承認された正式な投票用紙」「匿名性を保証してくれる封筒」の3点セットが基本になるのは、不在者投票の場合となんら変わらない。面倒な手順のほとんどは自動化できるだろうから、あとはユーザ・インタフェース設計の工夫次第だ。実世界の投票とまったく違和感のない電子投票が実現できるだろう。

 そうはいっても、実際に国の選挙制度にこの仕組みを本格的に取り込むとなると話は別だ。すぐに考えつくことだけでも、クリアすべき課題はいくらでもある。

(1)電子署名の効力が、法律上保証されること
(2)電子署名の方式自体が、印鑑登録のような社会的インフラになる
(3)暗号形式などの具体的な技術や、電子投票手順の選定
(4)選挙妨害を企てたクラッキング行為に対する安全性の検証
(5)ネットワーク負荷まで考慮したシステム全体の信頼性

 それよりも気になるのが、制度改革には何事にも後ろ向きな、この国の社会風土だ。「前例」のないインターネットを、選挙という民主制度の根幹部分に取り入れるのに、どれだけ時間がかかるかを想像すると気が滅入ってくる。

 ここでちょっと発想の転換-----

 もともとユーザ主導で発展してきたインターネットだ。ユーザ主導で、どんどん選挙のメカニズムやインフラを構築していけばいいんじゃないか。代議士を選ぶ選挙の前に、たとえば人気スポーツや芸能の世界で、インターネット選挙を既成事実にしてしまうというのはどうだろか。プロ野球やJリーグのオールスターゲーム、あるいは紅白歌合戦の出場者。少し影は薄いけれど、映画の日本アカデミー賞やレコード大賞。こういった分野の選考に、インターネット・ユーザによる「総選挙」結果を反映すると、ずいぶん盛り上がると思うのだが。

 プロバイダの協力があれば、本人確認、1人1票の原則、匿名性の保証、といった国の選挙と同じレベルの厳正な手続きを踏んだ電子投票のキャンペーンが、インターネット上でできると思う。何百万人もの投票者を巻き込んだ一種の大規模シミュレーションになるわけだから、技術の確立に加えて安全性や信頼性の検証にも役立つ。何よりも、電子投票が日常化することで、古い考え方の人の抵抗感が薄れる効果が期待できる。考えてみれば、ユーザが参加してオープンな場で検証しながら物事を決めていく、というのは民主主義の理念そのものではないか。

 誰かが密室で審議し、選挙制度のなかに中途半端に取り入れてお茶を濁す、というやり方だけは御免だ。(入院中の人など)「かかる要件を満足する場合においてのみ特例として有権者の電子投票を認める」なんていうのは、インターネットの精神に反する。それはそれで一つの進歩には違いないが・・・。