iモードが世界の注目を浴びている。WWW対応の携帯電話がパソコンに代わって,一般向けのインターネットへのアクセス手段(=データ通信の手段)として普及する展望を示したからだ。

 パソコンからのアクセスを前提とする限り,子供からお年寄りまで誰もがインターネットにアクセスし利用するようになるとは考えにくいが,携帯電話なら1人1台のパーソナルな通信手段として,ほぼ全国民に行き渡ると見られる。このことは,インターネットを使ったコンテンツ提供やサービスの在り方もパソコン,あるいはパソコン・ユーザに限られていた時とでは大きく変わるということを意味する。

WWW対応のIMT-2000携帯電話機へ進化

 世界の携帯電話は「IMT-2000」という新しい国際標準に移行しようとしている。そのなかで携帯電話は現在よりも大きな役割を果たすとみられる。つまり,「通信の手段」だけでなく,日常,肌身は離さずもって歩く「仕事と生活の手段」になろうとしているのだ。近い将来,WWW対応のIMT-2000へと進化しようとしているiモードも,これから世界規模で展開される携帯インターネット関連ビジネス市場に向けて,ビジネスモデルを再構築すべき段階にきていると考えられる。

 iモードが急速に普及していることの意味を良く理解しているのは,日本より海外の通信キャリアやインターネット関係者かもしれない。インターネットを利用した取引の仕組みを「eコマース」と呼ぶことがあるが,米国ではeコマースに代わって「mコマース」という言葉がよく出てくるようになったという。もちろん,ここでの「m」はモバイル(mobile)を意味している。

 先進国のなかで米国は携帯電話の普及率が高い方ではない。それでもmコマースが話題になるのは,遠く日本でiモードが爆発的に普及しつつあることを知り,米国でもいずれiモードのようなサービスが普及し,インターネットへのアクセス手段として一般化するとの感触を持ち始めているからだろう。

SIMカードを使い電話番号を別の電話機に

 「IMT-2000」の登場で,携帯電話の機能は新たな飛躍期を迎えようとしている。IMT-2000というのは「2000年までに2000k=2Mビット/秒の高速通信のできるサービスを提供しよう」という目標のもとに進められてきた次世代携帯電話サービスの国際標準規格である。

 たくさんの加入者を擁する一般向けの携帯電話で,高速サービスを提供すること自体が大きな飛躍であることは言うまでもない。それと同時に重要なことの一つは,電話番号を「SIMカード」と呼ぶ小さなICカードに収容し,携帯電話機から取り外して他の電話機に電話番号を移すことが簡単にできるようになることだ。

 これによって,ユーザは電話機を自由に取り替えて使うことができるようになる。また端末機メーカは,通信キャリアのサービス・メニューなどに支配されることなく携帯電話機を製品化できるようになる。その分,多様な端末機が登場し,競争によってより良い製品がたくさん出回ることが期待される。SIMカードには電話番号のほかに,会社で使う個人番号やその他のIDなどを入れておくこともできる。

いつでも何処でもデータ通信のサポートが受けられる

 もう一つ重要なことは,携帯電話機に「Bluetooth」と呼ばれる無線規格が標準搭載されることだ。どの携帯端末も,公衆回線とは別に近距離でデータをやり取りする機能を備えるようになる。たとえばSIMカードに入っている個人IDを会社のオフィスでの入退室管理に使うとか,自動販売機に現金を入れる代わりに,SIMカードに入っている電子現金で商品を購入するといった使い方だ。

 こうした機能を備えた端末を多くの国民が携帯するということは,いつ何処にいてもデータ通信のサポートを受けながら行動できるようになることを意味する。社会全体が,「個人が携帯電話の持つデータ通信機能に支えられていること」を前提とした仕組みへと移行することになる。つまりIMT-2000とそれを使ったデータ通信機能が,文字どおり世界を変えようとしているのだ。そのIMT-2000のサービスもまた,日本が世界の先頭を切って2001年春に始めようとしている。

 世界の通信キャリアやインターネット関係者が日本の携帯電話の動向に注目するのは,こうした大きな流れのなかでiモードとIMT-2000を位置づけているからだ。

 現時点では少なくとも一歩先行しているはずの日本。関係者が今やらなければならないことは,日本での成功を世界に通用するビジネスモデルへとバージョンアップすることである。だが関係者の多くは,そこまで考えが及んでいないようだ。

センターへの登録サイト,コンテンツ内容を厳しく選別

 これまでは,やむをえなかった面もある。NTTドコモが1999年2月にiモードを始めたときに最も警戒したのは,ダイヤルQ2のようにコンテンツの内容に対する批判にさらされ,番組内容を自主規制しなければならない状況に追い込まれることだった。iモードのもつ大きな可能性を考えれば,一部のコンテンツの内容への批判に足元をすくわれる事態は何としても避けたかった。そのことを端的に表しているのが,iモードのセンターに登録されているサイトの顔ぶれであり,コンテンツに対する課金方式であり,端末の機能面での制約である。

 2000年4月末時点で,iモード用コンテンツを提供しているWWWサイトはすでに9000を超えている。一方,NTTドコモのiモード・センターに登録されているサイト(通称「公式サイト」)は約300に過ぎない。これらのサイトは,iモードを立ち上げ,ドコモのセンターにアクセスするとすぐにメニュー画面に出てくる。

 それ以外のサイト(通称「勝手サイト」)にアクセスするには,URLを入力しなければならないが,携帯電話のテンキー操作で入力するのは大変だ。一度入力したURLは「お気に入り」に登録しておくこともできるが,端末側の設計によって登録数が制限されており,やはり公式サイトに比べて使い勝手の差は歴然としている。さらに,リンク集から成る公式サイトを認めていない。これによって,URLを入力しなくても公式サイトから勝手サイトへ簡単に飛んでいく“抜け穴”を封じている。

有料コンテンツの料金徴収も運用面で制約

 もう一つは,コンテンツに対する課金である。NTTドコモはiモードで提供する有料コンテンツについて,料金を携帯電話の利用料と一緒に徴収する料金徴収代行の仕組みを提供している。ただし,この仕組みを利用できるのは公式サイトだけであり,しかも課金は月額300円までに制限してきた。

 ダイヤルQ2では法外な料金を請求された人からのクレームが相次ぎ問題になった経験から,有料コンテンツについては一見,便利な料金徴収代行の仕組みを取り入れながらも,コンテンツの内容にも料金の設定にも厳しい制約を加えているのである。

 ここまで徹底した,ある意味では禁欲的ともいえるコンテンツ提供に対する制限は,かつてのダイヤルQ2の轍(てつ)を踏まないための措置だったとすれば理解できる。しかし,あくまでiモードがテイクオフするまでの一時的な措置であるべきだ。

Javaの利用,WAPへの対応など改善策に着手

 NTTドコモも,制約が多すぎることについては気が付いており,手を打ちつつある。その一つが今秋からのJavaの利用である。Javaを利用できるようになれば,NTTドコモの料金徴収代行サービスを使わなくても,有料コンテンツに対して銀行引き落としやクレジットカード払いなどの方式を設定することが可能になる。有料コンテンツの提供方法の幅が一気に広がる。

 本来,パソコンの画面に表示していたWWWサイトの情報を携帯電話機の小さな画面に表示するには,情報量を減らすなどの仕組みが必要になる。このためiモードでは,WWWコンテンツの記述方式として広く利用されているHTMLのデータを流用できるコンパクトHTML(C-HTML)と呼ぶ方式を実用化した。これに対して,携帯電話機を使ったインターネット・アクセスの方式として世界標準になっているWAPでは,HTMLとは別のXMLをベースにした記述方式を採用している。そこでNTTドコモは,iモードをWAPに対応させる準備を始めた。

 このような改善策は,iモード関連のビジネスを一周りも二周りも大きなものにするために必要だ。さらにNTTドコモは,海外の通信キャリアへの出資などにより,事業基盤の拡大強化を図っている。しかし,NTTドコモが努力をするだけでは十分ではない。iモード関連のビジネスに関わる端末機メーカやコンテンツ提供者らも,新たな市場を切り開く戦略が求められているはずだ。

世界戦略が見えない日本の携帯メーカとコンテンツ提供者

 世界に目を転じるとIMT-2000については,世界の携帯電話機の過半のシェアを押さえるエリクソン,ノキア,モトローラの3強が携帯端末を使ったe-ビジネスの枠組みを開発するための協力体制を整えたと発表している。これに対して,iモード用の携帯電話機を提供してきた日本のメーカが,IMT-2000時代に向けてどのような世界戦略を描いているかはいまだに見えてこない。

 コンテンツ提供者に至っては,世界戦略などほとんど存在していないに等しい。たとえば,ネットワーク上の取引に必要な課金方式を,世界規模で提供することを検討している日本の金融機関はほとんどないだろう。彼らのライバルとなる世界の金融機関は日本を含むアジア市場に対しても,サービス提供を検討しているはずである。日本の金融機関はiモードの経験があり,ライバルたちより先行しているにもかかわらず,世界市場が立ち上がろうとするその時に,市場に参入する準備ができていないのは残念なことだ。

 NTTドコモがiモードを始めたのが1999年2月。それから1年あまりたった現在,すでに600万加入を大きく超えている。NTTのISDNが,1988年にスタートしてから10年以上たってようやく500万加入を超えたことを考えると,iモードの普及速度がいかに驚異的かが分かる。何よりも重要なことは,iモードが子供やお年寄りも含む全国民がデータ通信を利用する突破口になると期待されていることだ。

インターネット関連ビジネスで追撃のチャンス

 一般的なインターネットへのアクセス手段として,パソコンよりも手軽で身近なツールが登場すると長いあいだ言われ続けてきた。さまざまな端末が開発されては消えていった。結局,全国民がインターネットにアクセスするようになるにはパソコンの普及を待つしかないという見方もあった。しかし,答えは意外なところから出てきた。最もパーソナルな通信手段である携帯電話をパソコンに接続するのではなく,そのままデータ通信に使ってしまうことだった。

 そのことにいち早く気づき,ビジネスを軌道に乗せた日本の通信キャリアと関係者の先駆性は評価されるべきである。しかし,このままでは,その成功と繁栄は日本国内にとどまる。世界規模の大きなビジネスは,欧米の機器メーカやコンテンツ提供者に持っていかれてしまう可能性が大なのである。

 このことはインターネット関連ビジネスにおいて,ずっと米国の後塵を拝してきた日本の企業にとって,追撃のチャンスを逸することを意味する。そうならないためにも,通信キャリア,端末メーカ,コンテンツ提供者が「より大きなビジネスモデル」を描くためにもっと知恵を絞るべきである。

(松本 庸史=日経BP社ネットワーク局主席編集委員)