インターネットを活用し,マスマーケットを狙ったヒット商品を生み出せ-----。最近,インターネット上でのマーケティングで,その“教義”とも言える「ワン・トゥ・ワン・マーケティング」とは異なるアプローチの成功例が登場している。

 その代表例が東洋水産のカップ麺「インドメン」。三井物産と共同でWWWページを使って実施した「日本一のカップ麺コンテスト」に寄せられた消費者のアイデアのうち最優秀作を商品化したものだ。「やきそばにカレーをかけて食べる」という,いかにもニッチなアイデアだったが,コンビニエンスストアを中心に発売1カ月余りで130万食を販売するヒット商品になった。「プロのマーケッタには,とてもできない発想」と東洋水産の開発担当者は語る。

 言うまでもなく,商品開発はマーケティングの上流工程であり,重要なプロセスだ。ただ最近では,「消費者のニーズが多様化し読めなくなった。ヒット商品が生み出せない」というのが,業界を問わずマーケッタの共通の悩みとなっている。マスを狙って商品を開発し,広告などに大規模な予算をかけても,その多くがヒットに結びつかないのだ。例えば,カップ麺のジャンルでは年間500種類の新製品が発売されるが,そのほとんどが「うたかた」のように消えていく。

 ワン・トゥ・ワン・マーケティング的な観点から言えば,「マスマーケットを狙った商品開発ではダメだ。既存の顧客とインタラクティブな関係を作り,個々のニーズを把握し,それらのニーズに個別対応できるカスタマイズ可能な商品を開発せよ」ということになるのかもしれない。

 しかし,少数ではあれマスマーケティングの成果ともいえる大ヒット商品が生まれ続けているのも事実。従ってマーケッタにとって,マスを狙った商品開発は今でも最重要課題であり,商品開発の成功確率を高める新しいノウハウの確立が急務になっているのだ。

 そこでマーケッタが目を付けたのが,インターネットの“住人たち”。従来も商品開発において,アンケートによる市場調査などインターネットが活用されてきた。しかし最近の試みは,消費者の平均的な意見を聞くことではない。インタラクティブなやり取りが簡単にできるインターネットを活用し,商品開発プロセスに消費者を巻き込み,プロのマーケッタには思いつかないようなユニークなアイデアを引き出すことが目的なのだ。

 東洋水産以外にも,リコーエレメックスがWWWページで消費者から「今までにない腕時計」のアイデアを求め,腕時計の新ブランド「WALG」を開発している。さらに,WWWで消費者のアイデアを収集する専門ビジネスも登場した。テレビ番組やWWWコンテンツ制作を手掛けるエンジン(東京都港区)は,「tanomi.com(たのみこむ)」と呼ぶサイトで消費者からアイデアを集め,スタッフが商品企画に仕上げたうえでメーカに売り込むビジネスにチャレンジしている。

 ただ消費者を巻き込むこの手法は,定着するのだろうか。現状では「単発で成功しても継続するのは難しい」(東洋水産)との認識が一般的だ。フォーラムなどでの意味のない“おしゃべり”はともかく,消費者が継続的にアイデアを提供してくれるような仕掛け作りは容易ではないからだ。さらに,マスマーケットを狙った商品開発にインターネットを活用しようというのは,ワン・トゥ・ワン・マーケティングに向かう時代には“あだ花”のような感もある。

 しかし,こうした手法の将来性は大いにあると私は思う。最近,米ヤフー副社長のセス・ゴーディン氏が提唱する「パーミション・マーケティング」が,日本でも注目を集めた。ワン・トゥ・ワン・マーケティングをより深化させたものだが,意義深いのはマスマーケティングからワン・トゥ・ワン・マーケティングに消費者を引き込むプロセスを明らかにしたことだ。ならば,その反対はどうか。消費者のアイデアを基にした商品開発は,ワン・トゥ・ワン・マーケティングからマスマーケティングへの展開として位置付けられないだろうか。

 個々の消費者のアイデアを生かし,広告などマスマーケティングに乗るヒット商品を生み出す。そのヒット商品で獲得した多数の消費者は,パーミション・マーケティングによりワン・トゥ・ワンの継続的な関係に持ち込む。さらに,そうしたロイヤルティの高い顧客から,新しい商品開発のアイデアを引き出す……。こうすれば,マスマーケティングとワン・トゥ・ワン・マーケティングが交互に入れ替わる「ダイナミック・マーケティング」とでも呼べるプロセスができあがる。

 これは図式として単純すぎるが,マスマーケティングとワン・トゥ・ワン・マーケティングを組み合わせた新しいネット・マーケティング手法が開発できる可能性はある。少なくとも,マスマーケティングとワン・トゥ・ワン・マーケティングを相容れないものとして分離すべきではないだろう。

 自分の意見を取り入れてくれた商品がヒット商品になる---それは最高の顧客満足でもあるのだから。

(木村 岳史=日経ネットビジネス副編集長)