次世代携帯電話「IMT-2000」の無線アクセス方式はCDMA(code division multiple access)で決着済みと思いきや,高速データ通信を可能とする技術方式をどのように取り込んでいくかをめぐって,新たな戦いが起きつつある。

 CDMAの有力方式の一つである「cdma2000」を推す側から,電話音声をメインとするチャネルとは別に,高速のデータ通信のニーズにこたえうる技術を導入すべきだとして,複数の提案が出されたからだ。その一つである「HDR」(high data rate)方式について,IMT-2000の標準化団体である3GPP2(3rd generation partnership project2)が10月にも仕様を固めることになった。

 HDRはCDMA方式の“本家”ともいうべき米クアルコムが提案したもの。クアルコム社はかつて,基地局に近づいたり遠ざかったりする携帯電話ユーザーの動きに応じて,「基地局 - 端末間」の電力を細かく制御する技術を開発することによって,CDMA技術を携帯電話のアクセス方式に利用することに成功した。

 携帯データ通信でも「端末 - 基地局間」の距離を測りながら制御する仕組みが必要である。HDRは電力の代わりにデータスピードをきめ細かく制御することによって,効率的なデータ通信を実現しようというものだ。その代わり,いわゆる電話通信に対する要求はすべて無視しており,HDRのチャネルを電話に利用することはできない。電話ができない携帯電話のチャネルなどに意味があるのかとの疑問も出てくる。それでもHDRを提案するからには,クアルコム社側には携帯データ通信が今後,急増するとの読みがあるのだろう。

 HDRはcdma2000の電話1チャネル分の帯域幅である1.25MHzと同じ帯域幅で,最大2.4Mビット/秒,平均600kビット/秒もの高速データ通信ができる。電話と同じ帯域幅なので,cdma2000の基地局はそのまま利用できる。ただし「端末 - 基地局間」の距離に応じた制御の仕方が電話と違うので,HDRと電話ではチャネルを分けなければならない。例えば8チャネル収容できる基地局があるとすると,8チャネルのなかで電話用とHDRのチャネル数を配分することになる。

 もちろん,端末も電話用とHDRでは違う。HDRは電話ができないので,ノート・パソコンなどの端末につなぐのが一般的な使い方になるはずだ。ただし,iモードのように携帯電話機だけでインターネット通信ができるようにするには,普通の携帯電話とHDRの両方のチャネルが利用できるデュアルモードが便利に思える。

 HDR対応の基地局が設置されていない地域で使う場合やHDRのチャネルがすべて塞がっていて電話用のチャネルしか空いていない場合などは,モデムを使ってインターネットにアクセスしなければならないだろう。また,HDRでの通信がうまく行かないときのバックアップとして,電話用チャネルを使うこともありうる。こうしたニーズにこたえる意味からも,デュアルモードの端末が先行する可能性がある。

 IMT-2000の「2000」というのは「2000年に2000M(2G)Hz帯の周波数で,2000k(=2M)ビット/秒の通信速度を持つ移動体通信サービスを実現する」という意味である。携帯電話事業者には通信速度を高くすることが期待されている訳だ。

 cdma2000での高速通信については,クアルコム社とは別に米モトローラとフィンランドのノキアが「1XTREME」という方式を提案している。これは最大5.2Mビット/秒と,HDRの2倍以上の通信速度を実現する技術方式だとしている。しかし最近,HDRも支持することを表明したことから,cdma2000における高速通信方式の第1弾としてHDRを実用化する方向が固まりつつある。

 HDR,あるいは1XTREMEのような高速通信の技術提案が出てきたのはなぜか。有線ではインターネットの普及でデータ通信のトラフィックが音声電話を上回りつつあるが,携帯電話もいずれデータ通信がトラフィックの大半を占める可能性が大きくなってきた。

 このようなトレンドがはっきりしているのであれば,そこでの課題はインターネット通信などにおいて,快適なアクセスを保証するだけのデータ通信速度の実現だろう。次世代携帯電話のチャネルをデータ通信にチューニングすることによって高い伝送効率を得られるのであれば,データ通信専用のチャネルを設定するのも1案と考えられるようになったのだ。

 IMT-2000における高速通信技術方式がcdma2000推進側から相次ぎ提案されたが,もとはといえばNTTドコモのiモードがわずか1年半の間に1000万人ものユーザーを獲得するほどの成功を収め,携帯データ通信の需要が極めて大きいことを世界に示したことが大きな刺激になっていると思われる。ただし,NTTドコモはcdma2000ではなくW-CDMA方式を採用しており,HDRをめぐる動きには直接は関わっていない。

 ではW-CDMAのなかで,データ通信にチューニングして高い伝送効率を可能にする技術提案が出てきているかというと,今のところそのような動きは見られない。世界に先駆けて携帯電話によるデータ通信普及の可能性を見事に実証してみせたNTTドコモ,およびNTTドコモのサービスを支えるベンダーからは,現時点では残念ながらW-CDMA方式のなかでHDRや1XTREMEをしのぐようなデータ通信方式の提案が出ていない。

 日本におけるIMT-2000は,NTTドコモとJ-フォン・グループがW-CDMA方式を採用,DDI/IDO陣営がcdma2000方式を採用することが決まっている。NTTドコモは2001年5月に世界に先駆けてW-CDMAを使ったサービスを始める。サービス開始時点で最大384kビット/秒の高速通信が可能になるという。これに対してDDI/IDO陣営は当面,現行のcdmaOne方式の拡張サービスで,最大144kビット/秒の通信速度を実現する「1X」を普及させ,2002年秋以降に2GHz帯のcdma2000方式を導入するとしている。

 新サービス投入のスケジュールからするとNTTドコモが先行し,DDI/IDO陣営は遅れているようにも見える。しかしHDRの実現性が高まり,さらに1XTREMEなどの提案が出されるなかで,W-CDMAで先行するNTTドコモが必ずしも優位に立つとは言いきれなくなってきた。

 cdma2000はcdmaOneの無線アクセス網をそのまま利用することができるのに対して,W-CDMAは基地局設備などを全面再構築しなければならないといった問題もある。さらにデータ通信の需要が急増すれば,HDRによるデータ通信時の快適さに多くのユーザーが飛びつくかもしれない。

 携帯電話を使ったデータ通信が今後,急増するのか,それとも緩やかに伸びて行くのか---それが無線アクセスにおける技術方式の競争の行方を決定づけることになりそうだ。

(松本 庸史=ネットワーク局主席編集委員)

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