明日のゲーム業界を占う上で必見の展示会といわれるE3(Electronic Entertainment Expo)が今年も米国ロサンゼルス市で開かれた。米国版プレイステーション2の登場と並んで来場者をあっと驚かせたのが,米国のソフトウエア会社Bleem社の展示だった。同社が出展したソフトウエア「bleem!for Dreamcast」を使うと,ドリームキャストの上で,プレイステーション用ゲーム・ソフトを楽しむことが可能になる。あるゲーム・ソフトは特定のゲーム機でないと動作しない,というこれまでのゲーム機業界の常識をくつがえす。

 この類のソフトウエアはエミュレーターと呼ばれる。プレイステーション用の命令プログラムをドリームキャスト用に変換することで,ドリームキャストにプレイステーションのふりをさせるわけだ。面白いことに,ドリー,キャストでプレイステーション用ソフトを再生すると,画質が向上する。プレイステーションよりドリームキャストの方が解像度が高く,グラフィックスLSIの性能も高いことなどが理由である。果たして誰にとって「援軍」となり,誰の「敵軍」となるのか・・・。

 単純に考えれば,ドリームキャストを販売するセガ・エンタープライゼスに有利といえる。ある日突然,プレイステーション用ソフトウエアがまとめてドリームキャストに移植されたようなものである。しかも高画質で。つまりエミュレーターは,ドリームキャストの販売を促進する材料の一つになり得る。

 実はこの会社,以前にもパソコンでプレイステーション用ゲーム・ソフトを再生可能にするエミュレーターを開発,販売したことがある。このときは,プレイステーションの開発元であるソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)がBleem社を著作権侵害で提訴,エミュレーターの出荷が一時差し止められたという経緯がある。SCEは特許侵害でも追加提訴し,徹底的に争う構えだ。エミュレーターの登場によって,ゲーム機本体の出荷に影響が及ぶことを懸念した法的措置といえる。

誰が誰にライセンス料を支払うのか

 ところが本当の損得は,それほど単純ではない。その理由は,ゲーム業界のビジネス・モデルにある。ゲーム機メーカーの収益源はソフトのライセンス料。ハード本体の事業はゲーム・ソフトの出荷を支えるためにある。「ハードで利益を出す必要はない」(あるゲーム機メーカーのハードウエア開発担当者)。一方,「ライセンス収入は平均してソフト1本当たり1000円以上」(ゲーム機メーカー幹部)ときわめて高い。つまりエミュレーターは,ハードを作らなくてもライセンス料が転がり込む金の玉子かもしれないのだ。

 米Microsoft社のゲーム機「X-Box」の開発者の一人は,Bleem社のエミュレーターをこう評したという。「こういう技術が実用に値するならMicrosoftがハードを作る必要はないかも。プレイステーション2上で動作するX-Boxのエミュレーターを作ればいいわけだから。SCEが一生懸命売ったハードを利用して,X-Box用のゲームのライセンス事業を展開すればいい」。

 こうなると問題になるのは,誰が誰にライセンス料を支払うかだ。最終的に動作するのがドリームキャストであれば,ゲーム・ソフト会社がセガにライセンス料を支払う必要があるのか,それともBleem社に支払うのか,いままで通りSCEに支払い続けるのか。さらに,Bleem社はどこにもライセンス料を支払う必要がないのか。

 もっともエミュレーターが大市場になると言うのは早計だ。なぜなら,エミュレーターを動かす側のゲーム機には,ほかのハードの「ふり」ができるだけの高い性能が求められる。世代の古いゲーム機のエミュレーターは開発できても,最新のゲーム機にエミュレーターは実現できない。その上,あらゆるゲーム・ソフトの動作保証は難しい。「技術の変化点で常に話題となる一過性の技術」(米Microsoft社の古川享副社長)という見方もある。とはいえ,「ライセンス事業とは何か」を考え直すキッカケにはなりそうだ。

(浅見 直樹=日経エレクトロニクス副編集長)