竹川直秀氏
 「WindowsからLinuxシン・クライアントへの移行で絶対のセキュリティを実現できる。適確なマイグレーション・メソドロジ(方法論)が成功のカギになる」――NTTコムウェア OSS推進部担当部長 竹川直秀氏は6月3日,LinuxWorld Expo Tokyo 2005で「全社規模のLinux/OSSマイグレーション・メソドロジー」と題する講演でこう語った。

 NTTコムウェアは,自社のデスクトップPCのWindowsからLinuxへの移行プロジェクトをスタートさせている。WindowsマシンをLinuxによるシン・クライアントに置き換えることで,情報漏えい防止などセキュリティを向上させること,および管理コストを削減することが狙いだ。

 「デスクトップのLinux化は,サーバーとデスクトップとのインタフェースを統一することでもある。これまで,パッチワークのように継ぎ足されてきた企業イントラネット上のサーバー一つ一つのライフサイクルやROIを見直し,企業ITシステム全体のLinuxマイグレーションを加速させる狙いもある。この意味で,デスクトップのLinux化は企業のEA(エンタプライズ・アーキテクチャ)に新たな標準を持ち込むもの。Linuxデスクトップは,EAを照らし出す鏡,そしてマイグレーションのペースメーカー」(竹川氏)。

 竹川氏は世界各国で,大規模にLinuxデスクトップを導入するユーザーが現れていると語った。ドイツのミュンヘン市庁では,約1万4000台のWindowsパソコンを導入するプロジェクトが進行中である(関連記事)。オーストリアのウィーン市庁では,1万6000台のパソコンのうち4800台をLinuxへ移行する。7500台をOpenOffice.orgへ移行する計画もある(ZDNet UKの記事)。ノルウェー第2の都市ベルゲンでは,小中学校100校,32000生徒を対象にLinuxデスクトップへの移行を進めているという。米Cisco Systemsも,2000人以上の技術者がLinuxデスクトップを使用している(LinuxWorldの記事)。

 Ciscoによれば,Linuxはリモートからの操作が容易であるため,管理工数はWindowsの5分の1から10分の1であるという。英国の教育や科学技術を担当する行政法人Bectra(British Educational Communications and Technology Agency)では,オープンソースを導入した教育機関15校と導入していない33校を調査した結果,オープンソースのTCOは,プロプライエタリなソフトウエアの56%~76%だったという。

 WindowsからLinuxの移行にあたっての最大の問題は,プロプライエタリ・アプリケーションへの依存性である。使用しているアプリケーションやがWindowsやInternet Explorer,Microsoft Officeに依存しており,他のOSで動作しないといった問題だ。この問題について竹川氏は2つの方法があるとする。「一つはウィーンのように困難なパソコンは無理に移行しないという方法。もう一つはリモート・デスクトップ機能Windows Terminal Serverや,Linux上のWindows APIエミュレータWine上でWindowsアプリケーションを使うこと」(竹川氏)。無理してすべて移行しなくとも,可能な部分だけをLinuxに移行することでもメリットは得られる。「将来はアプリケーションを特定のOSに依存しないようにしていくことで,全クライアントをLinuxシン・クライアントに統一することが可能になる」(竹川氏)

 「成功のカギを握るのがマイグレーション・メソドロジ(方法論)」(竹川氏)。NTTコムウェアでは自社の移行プロジェクトを通じてこのようなマイグレーション・メソドロジを構築している。この方法論においては「プランニング」,「コアチームによるプログラム実行」,「全社展開のプランニング」,「社内サーバーのマイグレーション」,「全社展開のプログラム実施」というステップを踏む。

 「プランニング」フェーズでは長期的なロードマップに基づきデータ移行,アプリケーション移行を含む移行プロセスを策定する。「コアチームによるプログラム実行」フェーズにおいては,ユーザーの業務がどれだけプロプライエタリ・アプリケーションに依存しているか,優先度の高いアプリケーションは何か,をカテゴライズする。また移行のための手順書を作成する。「拡大チームによるプログラム実行」フェーズでは,IT部門の他に社内各部門の先行導入チームを構築する。

 「ここまでの段階で,変化を恐れる社員のブーイング,レジスタンスに出会う。OSやアプリケーションを変えた経験のない社員とどのようにコミュニケーションを取るかがカギとなる。Windowsのまま,OpenOfficeを使わせる手法は有効だ」(竹川氏)。「全社展開のプランニング」では社内導入を成功させるためのベンチマーク評価を拡大チームで行う。最終段階として「社内サーバーのマイグレーション」を実施,「全社展開のプログラム実施」を行う。

USB-Linuxシン・クライアント
 このマイグレーション・プロジェクトの成果として生まれたのが,ノベルと共同開発したUSB-Linuxシン・クライアントである(写真)。このUSB-Linuxシン・クライアントは,USBメモリー内に情報を保存したり設定を変更したりできないUSB-ROMを使用する。パソコンにハードディスクが存在していても,別のUSBメモリーを装着しても認識せず,データの持ち出しができない。「absolute(絶対)のセキュリティが実現できる」(竹川氏)。2005年8月の発売を目指している(関連記事)。Linuxデスクトップ移行のためのコンサルティング,システム構築,サポートなどのサービスも提供する。

 シン・クライアントのシステムでは,ファイルがサーバーに置かれる。そのため最大の課題となるのがファイルへのアクセス・コントロールだという。「権限のない人間にファイルを『読ませない』『更新させない』だけでは不十分。『存在することすら気付かせない』不可視コントロールが必要になる」(竹川氏)。

 竹川氏は今後1年のLinuxデスクトップの状況をこう予想する。「ユーロッパでミュンヘン,ウィーン,ベルゲンの3つの自治体のLinuxデスクトップ移行プロジェクトがスタートする。その進行を見ながら,他の大都市が連鎖を起こす可能性がある。日本ではLinuxデスクトップ移行を始める自治体と企業が現れるだろう。日本ではシン・クライアントの導入がブームになり,シン・クライアントとLinuxデスクトップ移行の境目に関する議論が活発化する。2~3年以内に世界で雪崩現象が一気に起こる可能性がある」(竹川氏)

(高橋 信頼=IT Pro)