プロジェクトマネジメント(PM)の知識体系『A Guide to the Project Management Body of Knowledge(PMBOK Guide)』の存在はIT業界において広く知られている。しかし「PMBOKを学んだところでプロジェクトを成功させることはできない」という意見もある。

 そこでPMBOKの日本語版を発行しているPMI東京(日本)支部の瀬尾惠会長に、PMBOKの価値を尋ねたところ、「PMBOKの知識はプロジェクトを成功させるための必要条件ではあるが十分条件ではない」という回答が返ってきた。

 PMI東京(日本)支部は、米国のPM推進団体プロジェクトマネジメントインスティチュート(PMI)の日本における組織。瀬尾会長は、日本IBMで長年プロジェクトマネジャを務め、現在は日本アイビーエム・ソリューション・サービス(ISOL)の社長である。

 瀬尾会長は次のような例を挙げた。PMBOKの知識に関連した問題に「成功するプロジェクトマネジャはコミュニケーションに何%の時間を費やしますか?」というものがある。選択肢は30%、50%、80%である。

 正解は80%。つまりプロジェクトマネジャの仕事の8割はコミュニケーションということになる。PMBOKを学んでこの知識を仕入れた人が直ちに「コミュニケーションができるか?」と問われると即、イエスとはならない。プロジェクトにおけるコミニュニケーションマネジメントの重要性を認識することはプロジェクト成功の必須条件ではあるが、認識しているだけではだめで、実行をともなう必要がある。つまりPMBOKの知識だけでは十分ではないということになる。

 瀬尾会長によれば「プロジェクトを継続的に成功裡に実施していくためには、PMBOKに代表されるPMの知識に加えて、プロジェクトマネジャ個人のコンピテンシーやプロジェクトを支える組織(会社)の仕組みつくりが必要」という。このためPMIはPMBOKに加え、「プロジェクトマネジャ能力開発フレームワーク」、「組織的プロジェクマネジメント成熟度モデル」といった新分野の標準を発表している。

「たまたまPM」にとっての壁

 優れたプロジェクトマネジャになるためにはどうしたらよいか。瀬尾会長によると第一のポイントはやはり「PMの基本を学習すること」。特に長年、「アクシデンタルPM」をやってきた人はPMBOKを学ぶことで、過去の成功や失敗を振り返ることができ、「あっ!ここに書いてあった」と多くの新鮮な発見をされるという。

 アクシデンタルPMとはその名の通り、「たまたま」プロジェクトマネジャを引き受けてしまった人を指す。当該プロジェクトを担当する部門の責任者であった、その分野で一番能力があると見られていた、といった理由である。日本では「そろそろ管理職の年齢だから」という恐ろしい理由で、プロジェクトマネジャにならざるえない場合もある。「こうした数多くのプロジェクトマネジャは自己流PMを行なっている場合が多い」(瀬尾会長)。

 優れたプロジェクトマネジャになる第二のポイントは「優秀なプロジェクトマネジャをみる」ことだという。「彼らがいかに人間的魅力にあふれているか。世間一般では辛いと言われているプロジェクトをどのようにこなしているか。こういったことをつぶさに見ることにより自分の弱みを一層活かし、弱みを改善する糧になるはず」(瀬尾会長)。

 「優秀なプロジェクトマネジャをみる」ために、PMIのようなコミュニティが意味を持つ。「PMI会員はPMIあるいは支部から提供されるPM情報を入手できる。さらに積極的に支部活動にご参画いただき、PM力の強化やPMコミュニティの構築による視野の拡大をはかって欲しい」(瀬尾会長)。

 PMI東京支部は先ごろ、法人組織になった。「一層の会員サービスの充実、社会に開かれた透明性のある支部運営を実現するため」(瀬尾会長)という。法人化を記念して「PMI東京支部設立記念セミナー」を開催する。

(谷島 宣之=日経ビズテック・日経ビジネス・日経コンピュータ編集委員)