日経BP社は7月10日,IT大手企業7社の経営トップが講演するカンファレンス「IT Japan 2003」を,東京・ホテルニューオータニで開催した。野村総合研究所の村上輝康理事長とセコムの木村昌平社長による基調講演,7社のトップ講演およびと来場者との公開討議,さらに大手7社の幹部によるパネル・ディスカッションが行われた。締めくくりとして一連の講演や討論を踏まえた「提言」をまとめ,参加者1228人の賛同のもと,採択した(提言の全文はこちら)。

 7社のトップとは,NECの金杉明信社長,日本ユニシスの島田精一社長,富士通の黒川博昭社長,日本ヒューレット・パッカードの樋口泰行社長,NTTデータの浜口友一社長,日立製作所の小野功執行役専務,IBMビジネスコンサルティングサービスの清水照雄社長である(登壇順)。日経BP社がIT大手のトップを集めたカンファレンス「IT Japan」を開くのは昨年に続き2回目。昨年と比べると,7社中,5社のトップが交代したため,5人の“新社長”が登壇した。そのせいか,顧客に変革を迫るだけではなく,「IT企業自身も自己変革をしていく」という発言が目立った。

新たなIT基盤となるユビキタス・ネットワークとICタグ

 IT Japan 2003のテーマは,「強い企業への変革を導く――明日のエンタープライズと経営」である。まず,野村総研の村上輝康理事長が「ITでどう強い企業を創るか」について基調講演した。村上理事長は,政府の「e-Japan戦略II」に触れながら,「今後は,ITのインフラ整備にとどまらず,ITの利用・活用推進に焦点が当たる」と説明。IT利活用のためには,構造改革あるいは仕組みの革新が欠かせない,と指摘した。また,ITインフラも,「多種多様な機器がブロードバンドで常時接続できるユビキタスネットワークに進化する」とした。

 さらに村上理事長は,強い企業を創る具体策を3点提唱した。「情報創造型コミュニティの創設を通じた顧客接点の活動革新」,「日本企業が蓄積してきた暗黙知をネットワーク上に蓄積し,グローバルに活用」,「社会システム全体を巻き込んだ革新サービス」である。3番目の社会システム革新では,ICタグが起爆剤の一つになるとした。社会構造の変革および,企業の事業内容や業務プロセスの革新,そしてブロードバンド・ユビキタス・ネットワークとICタグ。これらについては,他の講演者も言及し,本カンファレンスのキーワードとなった。

 NECの金杉明信社長は,ブロードバンド時代の経営革新コンセプトとして,「Dynamic Collaboration」を提唱した。「ネットワークを介し,企業間にまたがる共同開発や技術共有,さらにリアルタイムな生産管理が実現できる。お客様の皆さまとDynamic Collaborationの実例をどんどん作っていきたい」(金杉社長)。NECはIT企業として,「オープンかつストレスのない,セキュアなIT環境を用意し,お客様のIT基盤再構築を支援する」と語った。質疑応答で,「ITに関し,日本の技術が空洞化しているのではないか」という質問に対し金杉社長は,「お客様の経営改革を支援する力,大きく変化するネットワーク技術,そして多用な技術をまとめあげるプロジェクト・マネジメント技術。これらがもっとも重要であり,日本に残さなければならない」と回答した。

CIO出身,SE出身の社長が経験を踏まえて語る

 日本ユニシスの島田精一社長は,以前,三井物産でCIOを勤めた経験を語るユニークな講演を行った。CIO時代にコンサルタントやIT企業にあれこれと相談したものの,「なかなかCIOの悩みに答えてもらえなかった」。「特に,情報化の投資対効果をどう考えるか,個々の事業部門の要請と企業全体の要請のバランスをどうとるかで苦労した」。CIO時代の経験から日本ユニシス社長になってからは,「単にお客様の要求通りに物を作るだけではなく,顧客の経営課題を理解し,CIOのパートナーとなるよう指示した」。具体的には,コンサルティング機能を強化するとともに,先端のITを見極める力とソリューション提供力に磨きをかけるという。

 富士通の黒川博昭社長も,「私は30年間SEとして,お客様の現場でお客様と苦労してきた。私が格好のいい話をしてもお客様は信用してくれないので,ざっくばらんに話をする」と切り出した。続けて,「ユビキタス・ネットワークが広がったときに,お客様が多様化・複雑化する状況をうまくコントロールできるのか。SEとしてこれが一番の心配」と述べた。SEとして,「アプリケーション資産の維持および複数の業務データベースの存在,さまざまなミドルウエアの混在,クライアント機器の多様化」が気になるという。これらをいきなり再構築することは難しい。「まず一連のIT資産を見直し,なにがどれだけ役に立っているを評価すべき。そしてそれぞれが,あとどのくらい持つかについても調べる。このときに重要なのは経営の視点からIT資産を評価することだ」と指摘した。

「大胆かつ綿密かつ徹底的な変革を」セコムの木村社長

 つい最近,創業41周年を迎えたセコムの木村昌平社長は,「セコムのビジョン,成長の原動力,ITによる事業革新」などについて簡潔かつ力強く語った。セコムは画像処理技術を駆使したセンサーを使わないセキュリティ・サービスや,GPSと携帯電話技術を使ったモバイル・セキュリティ・サービスなど,ITとネットワークをフル活用する事業モデルを相次いで打ち出している。

 ただし,木村社長によると,「経営理念の重視と創造的破壊戦略」があってこそ,ビジネスモデル革新をなし得たという。とりわけ,倍々ゲームで伸びていたパトロール警備やガードマン・サービスからあえて撤退し,ネットワークを使ったセキュリティ・サービスに切り替えた経緯の説明は聴衆に強い印象を与えた。セコムの顧客は現在80数万件あり,ネットワーク・サービスに切り替えなければ「300万人の社員が必要だった」という。木村社長は,「現自社を仮想敵国にし,大胆かつ綿密かつ徹底的な変革をしよう」と呼びかけて基調講演を締めくくった。

 日本ヒューレット・パッカードの樋口泰行社長は,「ITによる効率化の追求に加え,ITによるプロアクティブなビジネス戦略が求められる」と切り出し,「アダプティブ・エンタープライズ」というコンセプトを提唱した。樋口社長は,「コンピュータは互換性や標準のある世界なので人口の多い国が勝つのはやむを得ない。しかし,それ以外を見れば日本の技術力は今でも世界一。この技術力を活かした創造的戦略を,日本HPなりにお手伝いし,日本から新たな発信ができるようにしたい」と抱負を述べた。

 NTTデータの浜口友一社長は,「eコラボレーション」というキーワードで,ITとネットワークを使った新たな企業価値創造について体系的に説明した。NTTデータは年間200億円の研究開発投資をして,顧客企業がネットワークを介してコラボレーションができるようにするための基礎技術やソフトを開発していくという。商品を追求するトレーサビリティ・システム,マルチペイメント・ネットワークや化粧品口コミ・サイト,自治体の電子シンポジウムといった,NTTデータが関係したプロジェクトが次々に披露された。

 日立製作所の小野功執行役専務は,ユビキタス時代の情報活用のキーポイントとして,「貯める」(ストレージ),「伝える」(IPv6),「使う」(ユビキタス・アクセス),「守る」(セキュリティ)の4点を挙げた。ストレージに強い日立だけに,「ビジネスを継続していくためのクリティカルなデータを保護するとともに,複雑なストレージの管理をシンプルにする」と,データ爆発時代のストレージ像を提示した。また,小野専務は,顧客が経営戦略の一環としてITをマネジメントする,ITガバナンスの重要性を強調した。「ともすればこれまでIT投資は暗黒大陸に消え,眠っていた。ITガバナンスという風を吹き込むことで暗黒大陸から資源の宝庫に変身できる」。

 締めくくりに登壇したIBMビジネスコンサルティングサービスの清水照雄社長は,GEとIBMの企業変革(トランスフォーメーション)事例を説明し,「やり方を変えるだけではなく,やることそのものを変える時代」と強調した。続けて,「今後勝ち残る企業は,製品力,価格優位性,顧客親密性のどれかに経営資源を集中投下するコンピタンス経営を取るべき」とし,価格優位性の成功例として米Wal-Martを,顧客親密性の成功例として,米Ritz-Carltonをそれぞれ挙げた。そして集中戦略をとるためには,コアでないプロセスについて外部のシェアード・サービスを有効活用すべき」と指摘した。

(谷島 宣之=ビズテック局編集委員)