(3)マイナンバー提供に関する具体例---その1 源泉徴収票
●マイナンバーの導入前と考え方は同様

 話を民間企業に戻し、マイナンバー提供に関する具体的なケースを考えてみよう。給与所得の源泉徴収票の作成事務では、マイナンバーの導入以前から、源泉徴収票の提供先は限定されていたはずだ。税務署への提出、そして本人への交付が原則である。それ以外の提供は、令状により警察から要求された場合など、例外的と思われる。

 マイナンバーについても、考え方は同様だ。源泉徴収票を税務署へ提出することは、マイナンバー制度上予定されているので、当然適法である(マイナンバー法19条2号)。ただし、本人へ交付される源泉徴収票にはマイナンバーが記載されないことになった。このため、特定個人情報の「開示請求」があった場合を除いて、マイナンバー付きの源泉徴収票は本人に提供しないようにする。それ以外の提供も、令状により警察から要求された場合など以外は認められない。

●本人交付用の源泉徴収票にはマイナンバーを記載しない

 2015年(平成27年)10月2日に所得税法施行規則等の改正が行われ、本人交付用源泉徴収票にはマイナンバーを記載しないことになった。政府の判断が遅いとの評価もあるだろうが、「今さら変更できない」などの理由で現状のままとされるより、実業務が始まる2016年より前に判断が下されたのはよかったのではないか。

 源泉徴収票が本人の手元にとどまる限り、マイナンバーが記載されていても特に問題はない。しかし、源泉徴収票は収入の証明としても用いられるため、住宅ローンの申し込みなどの場面で、銀行などのさまざまな機関へ提出されることがある。だがマイナンバーはマイナンバー法19条各号に該当していなければ提供・収集ができないので、住宅ローン申し込みの際に銀行はマイナンバー付きの源泉徴収票を受け取ることはできない。そのため、本人が源泉徴収票のマイナンバー部分をマスキングするか、銀行がマスキングすることが、必要だった。

 しかし、そもそも本人交付用の源泉徴収票にマイナンバーを記載しなければ、マイナンバー付きの源泉徴収票が流通する危険性は低くなる。民間事業者や個人がマスキングを行う精神的な負担や手間、個人のプライバシーに配慮した改正であるし、またプライバシーをめぐる国際的な考え方である「プライバシー・バイ・デザイン」(デザイン段階からプライバシー保護を行う概念:関連記事)にもかなうといえるだろう。

 もっとも、A社が難波舞さんから「開示請求」を受けた場合は、A社はマイナンバー付きの源泉徴収票を開示できる。このため、銀行窓口でマイナンバー付きの源泉徴収票が提示される可能性はゼロではない。そのような場合には、源泉徴収票のマイナンバー部分のマスキングが求められる。とはいえ、マイナンバー付きの源泉徴収票が本人に交付されるケースは、格段に少なくなる。

(4)マイナンバー提供に関する具体例---その2 健康保険

 次に、A社が難波舞さんをA健康保険組合に加入させるために、自社および委託先でマイナンバーを取り扱う場合の提供を見てみよう。健康保険届出事務でも、マイナンバー導入以前から、健康保険届出事務で取り扱う情報の提供先が限定されていたはずだ。A健康保険組合への提出、本人への交付、委託先への提供が原則であって、それ以外の提供は令状により警察から要求された場合などの例外的措置だろう。

 マイナンバーについても、考え方は同様だ。難波舞さんのマイナンバーをA健康保険組合へ提出することは、マイナンバー制度で予定されているので、当然適法である(マイナンバー法19条2号)。本人に交付する書面(例えば関係書類の写し)にマイナンバーを記載して本人に交付することも、適法である(マイナンバー法19条2号)。もっとも、源泉徴収票のように、本人交付用の書面にはマイナンバーを記載しないことが、厚生労働省から今後発表される可能性もあるので、その点には注意が必要である。

 このほかA健康保険組合は、委託に必要な範囲であれば、難波舞さんのマイナンバーを委託先に提供することも適法だ(マイナンバー法19条5号)。逆に、委託先が委託元に提供することも適法である(マイナンバー法19条5号)。それ以外の提供は、令状により警察から要求された場合など以外は認められない。