あらゆる業界でビジネスのデジタル化が求められている。ただし、全ての企業が成功しているわけではない。むしろうまくいかないことのほうが多い。今回、匿名を条件に取材に応じた当事者の証言から、デジタル化の失敗パターンがはっきりと見えてきた。
人工知能(AI)やIoT(インターネット・オブ・シングズ)といった最新技術を使って、新しい業務プロセスや新規事業を生み出す――。多くの企業で今、こうしたビジネスの大変革が模索されている。キーワードは「デジタル化」だ。デジタルトランスフォーメーションとも呼ばれている。
しかし、少なくない数の企業でプロジェクトがとん挫しているのが実情だ。失敗パターンの1つが、デジタル化の任務を与えられたものの、実行部隊や担当者が「何をすればいいか分からず、迷走するケース」である。
新しいものを生み出すうえでは、誰かが決めてくれた「要件定義」などは存在しない。何をするかを考えることが、デジタル化の第一歩である。そこがデジタル化を推進するうえでの難しさといえる。
「AIやIoTといった最新技術を取り入れて、既存の事業を変革したり、新しいビジネスを創出せよ」と経営層から言われても、どの技術をどの分野に適用すればよいのかは、企業によって異なる。AIやIoTは優れた道具ではあるが、手段だけそろえても何も生まれない。こうした点が、対象領域がはっきりしているERP(統合基幹業務システム)やCRM(顧客関係管理)などのシステム導入とは大きく違う点である。
そのため、最新技術の適用分野を見極める段階で、いきなりつまずく企業が多くなる。以下では、典型的な3つの失敗パターンを紹介しよう。
パターン1:石橋を何度もたたけど、渡らず
1つめのパターンは石橋をたたいて渡るように、慎重にデジタル化の検討を続けてはみたものの、考えるだけで何も行動しない。時間だけが過ぎていくというものだ。
製造業A社では、経営トップが全社を挙げてデジタル化に取り組む方針を打ち出した。デジタル化推進室(仮称)も新設された。
デジタル化推進室は第1弾となるパイロットプロジェクトを実施し、成果をほかの分野に横展開することを想定していた。問題は「最初に何をパイロットプロジェクトにするか」だった。デジタル化推進室はデジタル化を進めるのであれば、効果が出やすい業務から手を付けたいと考えていた。
デジタル化で最も効果を上げやすいのはどの領域かを明らかにするため、デジタル化推進室は社内調査を始めた。開発や生産、物流、販売、本社のスタッフ部門などに、デジタル化推進室の担当者が隈なくヒアリングをして回った。
この調査には3カ月を要した。それほどの時間をかけて出た結論は「生産プロセスをデジタル化するのが最も効果を出しやすい」というものだった。
すると今度は、次の検討事項が発生した。「どの製品、どの工場でデジタル化を進めれば、最も効果が出やすいか」だ。デジタル化推進室は効果を上げやすい製品はどれかを突き止めるため、また調査を始めた。
現在も2回目の調査が続いており、既に2カ月が経過している。デジタル化推進室はいまだに、パイロットプロジェクトを始められていない。どの製品とどの工場で実施すべきかを決めきれていないからだ。
検討段階で約半年もの貴重な時間を費やし、何の成果も出せていない。それどころか、何も実行に移せていない。