製造機器などの微妙な変化を察知し、異常に至る前に防止する。経験を積んだ作業者の「暗黙知」はこれまで“背中を見せて”教えるしかなかった。しかしビッグデータの活用でそれを「形式知」に変え、若手が学べる環境が整ってきた。

カネカ
プラントの安全運転をナビゲート

 プラスチックの材料などを製造するカネカの高砂工業所(兵庫県高砂市)。工場の一室では、通常の2倍のサイズのディスプレーに向かって、マウスを操作するオペレーターの姿が見られる。画面には、実際に稼働している化学プラントの構成を描いたイラストが表示されている。

●高砂工業所で導入した化学プラントの運転支援システム
●高砂工業所で導入した化学プラントの運転支援システム
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 プラントを構成する設備をクリックすると、運転の管理ポイントが表示される。化学プラントでは、化学反応が一定の状態を維持できるよう、設備の温度や湿度、流量、粉末の大きさなどが、基準値から大きく外れないように制御する必要がある。管理ポイントは、その制御の勘所をベテランが記述したもの。文書管理システムとも連携し、マウスでクリックした設備に関連する過去のトラブルやその対応を、即座に表示できる。

 これは2012年にカネカが構築した「ノウハウ伝承システム」。経験の浅いオペレーターでも化学プラントを安全に「運転」できるよう支援する。

「半自動運転」を補い、ヒトを鍛える

 「運転」とは、複数の化学薬品を投入し、それらを混ぜ合わせて化学反応を引き起こし、最終製品を生成するまでの一連の流れを管理すること。カネカの用語だ。事故なく安全に運転するには、設備の温度や湿度など膨大なパラメーターを一定に保つ必要がある。だが、全てを人手で行うのは難しい。そこでカネカは、設備に多数のセンサーを取り付け、「DCS(デジタル計装制御システム)」と呼ぶコンピューターと通信して、稼働状況のデータをリアルタイムに収集する仕組みを構築した。規定値から外れる傾向を察知すると、DCSが機器を制御して予防する。

 しかしDCSで完全な自動運転を実現できるわけではない。コンピューターですら不可能な微妙な制御は、人間の手に委ねられる。例えば、工程が多段階にわたるプラントの場合、後工程での温度変化まで予知して制御することは難しい。

 こうしたプラントではベテランのオペレーターの力が欠かせない。DCSが収集するリアルタイムの温度データを監視し、後工程の温度変化を予測。蒸気や冷却水のバルブを開閉するなどの措置を講じ、温度が一定になるように制御する。

 「料理人が勘や経験で味付けを整えるように、オペレーターの微妙な制御が、安定稼働を支えるノウハウになっている。コンピューターによる完全自動化は不可能だろう」。西本裕行高砂工業所特殊樹脂製造部長は、こう話す。

 経験豊富なベテランであれば、どの設備の、どのバルブを開閉すればよいのかを即座に判断できる。経験によって、自分の操作が設備の状態にどう影響するのかを、熟知しているからだ。このベテランの頭の中をシステムで見える化すれば、経験の少ない若手でもプラントを安定稼働させられる。ノウハウ伝承システムはこうした発想から生まれた。

模擬環境で事故の経験を積む

 DCSの半自動運転を補佐するもう1つの仕組みが、「OTS(オペレーショントレーニングサービス)」。化学プラントの運転を模擬体験できるシミュレーションシステムで、2014年12月に導入されたばかりだ。事故が起こった際の対応を身に付けるために活用している。

●本番環境と同じシミュレーション環境を構築して正確な技能継承を可能にした
●本番環境と同じシミュレーション環境を構築して正確な技能継承を可能にした
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 DCSの導入によって、化学プラントは以前よりも安定稼働を維持しやすくなっている。ところが、それが新たな課題を生んだ。事故を経験したオペレーターが少なくなり、緊急時のトラブル対応力が低下していることだ。そこでOTSで擬似的にトラブル状況を再現し、オペレーターのトラブル対応力を養う。

 OTSで再現する化学プラントは、設備構成や管理画面などが本番環境と全く同じ。過去に起こったトラブルのデータも組み込まれ、再現して訓練することも可能だ。

 訓練結果を評価する機能も持つ。ベテランの運転操作と若手の運転操作の差異はデータ化され、グラフで直感的に把握できる。

 「現在は一部のプラントしか対象になっていないが、今後は広げていきたい」と、坂東敏男高砂工業所化成製造部長は話す。

●訓練結果の報告書は若手とベテランの差異が一目で分かるようにまとめられている
●訓練結果の報告書は若手とベテランの差異が一目で分かるようにまとめられている
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