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 高機能プラスチックや電子情報材料などの開発・製造を手掛ける三井化学は、手間を増やさずマイナンバーに対応する新しい事務処理フローを構築中だ。マイナンバー制度(社会保障・税番号制度)では、企業は従業員のマイナンバーを収集して源泉徴収票や支払い調書などの帳票に記載して行政機関に提出する必要がある。

 三井化学がマイナンバー制度への対応向けて具体的に動き出したのは2014年7月(図1)。2015年3月からは約2カ月にわたり、マイナンバーが必要となる社内の業務を洗い出した。

図1 三井化学のマイナンバー制度への対応経過
社内勉強会をプロジェクト化
図1 三井化学のマイナンバー制度への対応経過
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 同社の国内グループ会社の従業員数は計約1万人。国内には本支店3拠点のほかに六つの工場を抱え、関係会社は50社に上る。

 現行業務への影響を最小限に抑えるため、番号収集・管理を外部委託し、マイナンバーは事務処理の最終段階で帳票に付加する体制を整える(図2)。安全管理措置についても、個人情報とは別にマイナンバー管理規則を作成。グループ各社も利用できるようにした。2015年5月には実施計画を策定し、6月に具体的作業を開始。現在は詰めのシステム改修を進めている。

図2 三井化学でのマイナンバーと帳票の流れ
マイナンバーは事務処理フローの最後に付加
図2 三井化学でのマイナンバーと帳票の流れ
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2014年8月に社内勉強会

 マイナンバー制度への対応で最も影響が大きいのは人事部の給与業務だ。人事部労制グループの古村達也サブグループリーダー 兼 報酬統括マネージャーは「逃げられないと覚悟を決めて対応を始めた」と振り返る。

 古村氏が自主的に旗振り役となり、マイナンバーに関係しそうな人事や経理、総務・法務部から人づてで人材を集め、2014年8月に非公式の社内勉強会を立ち上げた。勉強会には人事やシステム、経理、総務・法務部から各2人が加わり、手分けして様々なセミナーに参加し、新しい情報を持ち寄った。

 古村氏が最初に参加したセミナーでは、マイナンバー制度は日本版SOX法(J-SOX)以来の大きな影響があるので、リスクの面でも全社に及ぶため、「経営の重要課題としてトップダウンか経営企画部門が中心になって急いで対応を進めるべき」との内容だった。

 J-SOXは財務部門などが担当部門の中心だったが、マイナンバー制度への対応には全部署、全従業員が関わる。2014年の年末には、次年度の予算を策定する時期を迎える。正式な予算として計上するには、残り時間が少ない中で必要な情報を集めなければならない。古村氏も当初、全社プロジェクトにできないかと考えたという。

 しかし影響が一番大きいのは給与事務を扱う人事部だ。人事部として、情報収集を進めて影響範囲を確定させたうえで、どんな体制で進めるのか、どのくらい資金が必要か、といったことを把握し経営会議に諮らなければならない。古村氏は、社内勉強会の座長を引き受けるしかなかった。

各部が分担して情報収集

 勉強会では毎週定例ミーティングを開いて、各部が役割を分担し進捗を管理した。システム部は安全管理など技術的な部分も情報を集めてどんな技術的対応が可能かを検討。人事部は給与計算の業務プロセスを、経理部は社外の個人取引先への支払い調書に関する対応をまとめた。

 総務・法務部は、経営幹部にリスクを説明する際の過去の事例をそろえた。特定個人情報保護委員会のガイドラインの内容に沿って、プライバシーポリシー、マイナンバー管理規則、社則、業務委託契約をどのように作る必要があるか、についても検討する必要がある。他社がどの程度の水準で対応しようとしているかといった情報も探ったという。

 非公式な勉強会でまとめた対応ポイントを基に、法令順守やリスク対応を前提に最小限のコストを試算すると、システム対応を中心に数千万円ほど掛かることが見えてきた。その段階から人事部長や担当役員を通じて情報を経営幹部に伝え始める。2014年11月には、社内勉強会が公式の「マイナンバー対応プロジェクト事務局」として認められた。

200種の帳票にマイナンバー付加

 社内勉強会が公式プロジェクトとなった段階で、三井化学は外部のコンサルタントを活用することにした。法律やガイドラインに対応した全体計画やスケジュールを自前で全て作るのは限界があると判断したためだという。

 2015年3月に社内体制や予算について担当役員の承認を経る。その上で外部のコンサルタントに依頼し、1週間ほど掛けて人事部の給与事務や社会保障事務の関係者、経理部の支払調書、総務・法務部の持ち株会の事務関係者一人ひとりに、事務処理の方法についての聞き取り調査を進めたという。

 税務署・市区町村といった行政機関や健康保険組合などに提出する帳票のうち、マイナンバーを記載する必要があるものと関連する事務を全て洗い出した。マイナンバーを記載しなければならない帳票は200種類ほどあることが分かった。それらの帳票を扱う事務処理の流れは10パターンに及ぶ()。

表 人事・労務関連の帳票パターン
主な帳票だけで10パターン
表 人事・労務関連の帳票パターン
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 三井化学では、中国・大連にある人事業務委託会社に事務処理を外部委託して効率化している。給与計算には欧州SAPのERP(統合基幹業務システム)を使っており、ERPからのデータを基に始まる事務処理フローのパターンがある。そのほかに、従業員らが複写式の書類に手書きして申請して初めて事務処理が始まるパターンや、従業員らが申請システムを利用してデータを書き換えるパターン、従業員の申請によって人事部に情報が届くと社会保険労務士法人の担当者が社内で端末を見ながら手書きするパターンもある。

ペイロールに収集や管理を委託

 三井化学は、こうした事務処理フローの実情を踏まえて、二つの基本方針を定めた。

 一つは、現在の給与などの事務処理フローをできるだけ変えずに、必要最小限のコストでマイナンバー制度に対応すること。もう一つは、事務処理フローの最後の段階でマイナンバーを記載して行政機関や健康保険組合などに提出することだ。

 社内に、マイナンバーが記載された帳票を扱う事務処理の流れがあれば、安全管理措置が必要になり、隔離した作業場所を作るといった対応が求められる。できるだけ業務を従来通り続けられるようにするには、源泉徴収票や支払調書を行政機関などに提出する最終段階でマイナンバーを記載する方法が望ましい。

 例えば、源泉徴収票などは税務署に提出する段階でマイナンバーのデータを打ち出す。電子媒体で提出する場合は、システム的に最後の段階でマイナンバーを付加する。マイナンバーを扱うのは外部に書類を提出する分に限れば、社内システムにマイナンバーを残す必要がない。しかも、従業員らや個人取引先から直接マイナンバーを受け取らずに済む。

 そこで、マイナンバーの収集や管理を外部に委託する仕組みを採用。外部委託先の選定候補となった5社のうち、ペイロールに委託することにした。

 マイナンバー制度では、マイナンバーの取り扱いを外部委託する企業は、委託先を監督する責任を負う。そのため委託先候補を選定した際、実務上予想される混乱に対処できる能力の有無を重視した。

 マイナンバー制度では、従業員らにマイナンバーの提出を求めても、実務の現場では提出拒否や行き違い、期限に遅れるといったことが起こり得る。「ペイロールは、コールセンターで社員と直接対話してきた実績や書類不備といった実務対応の蓄積、大量の事務処理を行うインフラ、コスト競争力がある、という点で選んだ」(古村氏)。

管理規則をグループ全社と共有

 プロジェクトでは、安全管理措置について個人情報保護とは別にマイナンバー管理規則を作成することにした。

 従来の個人情報管理規則では、所管部署は人事部で責任者は人事部長と明確に決められている。当初はセミナーで情報収集した弁護士の助言を基に、個人情報管理規則を改定しようとした。しかしプロジェクトのメンバーの間で、個人情報管理規則を改定すると、社員にとって分かりにくいのではないかという議論になった。例えば委託先の監査や漏洩した際の対応策は個人情報とマイナンバーでは異なる。

 最終的に、個人情報管理規則とは別にマイナンバー管理規則を作った方がいい、と判断した。

 業務上の委託契約もマイナンバーの項目を個別に付け足すのは難しい。実際には、ペイロールとの委託契約を参考に、既存の業務上委託契約を生かす形でマイナンバーの取り扱いは別の覚え書きを締結する形式に落ち着いたという。

 三井化学はコストを最小化する基本方針に合わせて、全グループ会社がマイナンバー対応プロジェクトの決めたタスクリストなどの成果物を共有できるようにした。

 2015年4月にグループ会社の社長が集まる関係会社連絡会で基本方針を伝え、会社規模に応じて経営判断で最適なマイナンバー対応策を求めた。関係会社の人事担当者を集めて情報を共有している。

 当初はマイナンバー制度への初歩的な質問をしたり、慌てて準備を始めたりするグループ会社があったものの、2015年8月にプライバシーポリシーや情報管理規則案、マイナンバーを扱う給与計算などの業務委託の契約見直しをする際のひな形も提供した。各社が経営会議で承認を受ける必要があるからだ。Q&A集や社員への案内文も伝えた。

 各社で業務の洗い出しをして、どんな方針を決めたのか聴取をする段階になると、次第に同じ質問は寄せられなくなった。

 グループ会社のうち2社は番号収集からペイロールに委託するが、社内で収集してパソコンで管理する会社もある。ただ、各社が個別に対応法を考えなければならない。

 個人地主の敷地から工場の隣接地を借りていたり、個人名義の税理士や弁護士と取引があったりする場合、支払調書のためにマイナンバーを提供してもらう必要がある。どう説明するかは、各社が個別に考えた。

システム対応は後ろ倒し

三井化学 人事部労制グループサブグループリーダー 兼 報酬統括マネージャー古村達也氏(左)、人事部主席部員 三輪久美子氏(右)
三井化学 人事部労制グループサブグループリーダー 兼 報酬統括マネージャー古村達也氏(左)、人事部主席部員 三輪久美子氏(右)

 三井化学は現在、システム部が人事システムなどの詰めの改修作業を進めている。システム対応を、あえて後ろ倒しにしたのだ。「未公表の省令が多く、マイナンバーの記載が必要な帳票の形式が変更される恐れがあった」(人事部主席部員の三輪久美子氏)。

 システムの改修計画は早めに準備しておき、制度変更がないのを見極めてから着手し、手戻りを避けた。ペイロールからマイナンバーを取得する方法もシステム部と人事部で詰めている段階という。

 実際に、国税庁が給与所得の源泉徴収票など帳票形式を発表したのは2015年10月末。三井化学は、この公表を受けて改修を始めた。

 システム改修と並行して、社内への周知を図っている。イントラネットで、ペイロールが番号を収集することを社内に通知。11月には全社員対象のeラーニングも実施する。

 古村氏は、他社との意見交換を進めて「世の中のスタンダードを作りたい」と話す。そのための情報交換に積極的に応じる考えだ。