BtoB(企業間商取引)の世界でも、デジタルを駆使した営業の「空中戦」が本格化している。その中核となるのがマーケティングオートメーション(MA)。だが使いこなせず成果が出ない例も多い。前編に続き、BtoBマーケティングの第一人者、シンフォニーマーケティングの庭山一郎氏が連載「科学と感性のBtoBマーケティング」の特別編として、元凶に迫る。
日本では、米国から約15年遅れの2014年から導入が始まりました。しかし2年半が経過し、MAの「屍しかばね」の山ができつつあるのが現状です。本来BtoB企業の営業生産性を大きく高めるはずだったMAが、なぜこんなことになるのでしょうか?私は二つの理由に収れんすると思い、前編で「マーケティングの基本設計『前』に道具を選んでいる」ことを説明しました。
同じ会社に40個以上の「社名」
第二の問題は、データが「汚れている」ことです。MAをプラットフォームにしたデマンド・ジェネレーションは、「正しく管理された洗練されたデータ」が存在しなければ実現できません。正直に言うなら、箱(MA)より、中身のデータの方がずっと重要で、その「データの質」こそが結果と強い相関を持っているのです。
企業内には途方もない数の顧客情報が、様々なフォーマットであちこちに分散して放置されています。営業パーソンのデスクの引き出しには平均で2000~3000枚の名刺があるとも言われます。社歴の長い経営幹部はもっと保有していますし、セールスエンジニアやサポート部門も顧客と会えば名刺交換をします。
展示会やセミナーではアンケートや名刺、バーコードのデジタルデータが収集できます。CRM(顧客関係管理)やSFAのシステムには顧客や営業先のデータがあり、メンテナンス契約をしていれば、保守・修理履歴に担当者の個人情報が含まれているでしょう(図2)。
こうした個人情報には、表記の異なる同じ会社が複数存在し、同じ人が複数存在することがあります。これを整理することを「名寄せ」、または「マージ」と呼びます。あまり知られていませんが日本のデータの名寄せは世界でも類がないほど難しいのです。
例えば「日本電気株式会社」は、日本を代表する企業ブランドの一つですが、同時に日本で最もシンプルな社名でもあります。ある企業のデータで実際に見たのですが、約4万人の顧客・見込み顧客データには日本電気の社員が300人ほど含まれていました。セミナーやイベントへの参加申し込みなどで本人がウェブから登録したデータと、名刺交換をした営業担当者が入力したものが大半でした。
この300人の登録企業名は実に40パターン以上に上りました。最も少なかったのは「日本電気株式会社」という正式名称でした。圧倒的に多かったのが「NEC」ですが、これも全角・半角、大文字・小文字、そのミックスもあれば、カタカナ表記での「エヌイーシー」もあります。
これらのほか「日電」もあり、アルファベットでNECと書いた後ろに株式会社と書いたり、(株)が付いたり、さらにこれらのどこかに中黒(・)が入っていたりして、こんな単純な社名ですらここまで揺れるものかと驚いたのを覚えています。
人間は柔軟性がありますが、コンピュータに扱わせる場合はそうはいきません。揺れている企業名を全て「日本電気株式会社」に変換しないと名寄せはできないのです(図3)。最もシンプルな社名でこれですから、他の企業がどれほど表記揺れをするか想像がつくと思います。