「ERPプロジェクトが計画通りに進まない。社内外のステークホルダーとの間で摩擦が生まれている」---。こうした声をよく聞く。うまくいかない原因は、ERPプロジェクトに求められる「戦略的思考」の欠如にある。戦は「戦わずして勝つ」のが理想だが、無駄な戦いをしているケースが目立つ。
ERPプロジェクトに戦略思考を持ちこむには、戦略論の古典で、約2500年前の中国の思想家の作とされる兵法書『孫子』が参考になる。『孫子』には「『彼』を知り『己』を知れば百戦危うからず」という有名な一節がある。情報収集の大事さと、「己」の実力を正しく把握することの重要性を説いている。
これをERPプロジェクトに当てはめると、「己」(自社)と「彼」(エンドユーザーやベンダーなど)の関係と見立てることができる(図1)。ここで「彼」は、敵にも味方にもなりえる存在だ。本来は味方としてふるまうべきエンドユーザーがERP導入の「抵抗勢力」になることがある。共通の目的達成に向かって協力し合うべきベンダーとの間で訴訟が起こることもある。
こうならないために、『孫子』の中で、総説に当たる「始計編」(プロジェクト開始前に熟慮すべき事項は何か)、「作戦編」(プロジェクトをどう計画すべきか)、「謀攻編」(戦わずして勝つ、の要道は何か)の三つには、兵法のエッセンスが凝縮されており、特に参考になる。
始計編:ERP導入の勝算が得られてから計画に着手せよ
始計編には、「いまだ戦わずして廟算(びょうさん)して勝つ者は、算を得ること多ければなり」と書かれている。戦う前から勝敗は決しているのである。
大きな投資が必要となるERPプロジェクトではいきなり走り始めるのではなく、ERPを導入・刷新する意義や効果を熟慮した上で、勝算が得られた段階で、初めて具体的な計画に着手する姿勢が重要になる。
始計編では、五つの事柄を深く理解することで、戦う前に勝敗を察知できるとしている。五つとは「道」(政治のあり方)、「天」(自然界の巡り)、「地」(土地の状況)、「将」(将軍の人材)、「法」(軍制)である。