「本当のチャレンジは、失敗と挫折の連続だ」。登山家の栗城史多氏は、このように話す。2012年の登山では重度の凍傷にかかり、9本の指を失った。それでも今年、6度目のエベレスト挑戦に臨む。目指すのは、成功者がほとんどいない秋のエベレストを無酸素で単独登頂することだ。厳しい挑戦を続ける栗城氏は毎回、登山の様子をインターネットで生中継している。経済的にも負担となる生中継を続ける真意はどこにあるのか。不屈の登山家に話を聞いた。

(聞き手は岡部 一詩=日経コンピュータ


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エベレストに登る様子をインターネット生中継されています。なぜでしょうか?

 失敗や挫折も含めた「冒険」をリアルタイムで共有したい。これが僕の思いです。世間にはどうしても、失敗は悪だという風潮がある。それを少しでも変えたい。

 本当のチャレンジは、失敗と挫折の連続です。僕が挑戦しているのは、秋期エベレストを無酸素で単独登頂すること。秋のエベレストは、春と違って大変厳しい世界です。実は過去にほとんど成功した人がいない。僕も2009年から登頂を目指し、5回にわたって失敗してきました。成功だけを伝えるのではなく、失敗する姿も共有することで、考え方が変わる人がいてくれればいい。そう思って、2009年から生中継登山を続けています。

 生中継することで、僕自身も報酬を受け取っているんです。感情的な報酬。やっぱり生中継で誰かが喜んでくれると僕も嬉しい。遠征中は毎日、Facebookのコメントを読んでいます。エベレストを登っているのは、なにも僕だけじゃない。みんな、自分の中に山があります。それを励まし合うムードができるといい。

 冒険の形は変わってきています。昔の冒険といえば、「誰がエベレストに初登頂するか」、「誰が南極点に到達するか」。地図的な世界でした。今の時代の冒険は違う。人の心の中にあると僕は思っているんです。だからこそ、共有することに意味がある。

山に登っていて初めて「ありがとう」と言われる

生中継を始めるきっかけは何だったんでしょうか?

 エベレストから生中継をやるという発想は、世間的にもありませんでした。1985年に日本のテレビ局がやったのですが、それ以降はほとんどなかったんじゃないでしょうか。そもそも登るだけでも大変なので。

 きっかけは2007年。標高8200メートルのチョ・オユーに登ろうとしていたとき、縁があって現地から動画配信をやらないかという話が持ち上がったんです。純粋に興味があって、やってみました。ところが動画配信のタイトルが少し刺激的だったこともあって、批判的なメールがけっこうあったんです。

 しかも、頂上まで残り1時間ほどのところで天候が悪化して下山する羽目になった。僕たち登山家は、ただリスクを求めているわけではありません。一番優先順位が高いのは生きて返ってくること。登頂はその次です。

 この日は、まず生きて返ってこれないほどの悪天候でした。猛烈な吹雪で足跡が見えなくなる。標高8000メートルでは酸素は3分の1。道に迷えば、すぐに動けなくなります。とても悔しかったけど、下山することにしたのです。すると、「やっぱり無理だった」といった批判がまた来る。

 悔しさのあまり、三日間だけ休養をもらってもう1度登りました。それで最後は登頂に成功した。そのとき、「登れないだろう」と今まで書いていた人が、「ありがとう」と書いているのを見つけたんです。これがうれしかったんですね。

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