アプリ導入の「自由」をどう確保するか

 iPadを現場に浸透させるうえで、盗難や紛失、マルウエア感染、SNS利用によるトラブルなどのリスクは無視できない。そこでセキュリティ対策の基盤として、2013年のiPad mini導入時から、MDM製品「Optimal Biz」を導入した。紛失時には、端末をリモートで初期化できるリモートワイプ機能を備える。またMDMの導入によって、セキュリティを確保しつつも、一定の範囲内で、現場の裁量によるアプリ導入を認める運用が可能になった。

 「現場の管理職に、大まかなガイドラインを渡してあり、部下からのアプリ導入申請の可否を判断してもらっている。禁止しているのはゲームやSNSなどだけだ」と三井氏。ユーザーには、危険のない範囲で自由に試行錯誤してもらいたいとの考えから、アプリのインストールを物理的に禁止することはしない。IT部門はMDMでアプリの導入状況を確認できるので、もし問題のあるアプリが導入されても、削除を依頼するなどの対応がとれる。

 一定の裁量を認めたことで、JR東日本では、現場の社員ならではのお役立ちアプリやサイトが多数“発掘”され、活用されるようになった。例えば駅員が自発的に見つけて使っているものに、筆談アプリ、駅周辺の案内アプリ、JR以外の私鉄も含めた案内アプリなどがある。ユニークなのは、ロッカーの場所を忘れてしまった利用客向けに作った、鍵の形状からロッカーの所在が分かる案内資料だ。横浜駅の駅員がプレゼンテーションソフト「keynote」で作成したもので、日々活躍している()。

鍵の形状からロッカーの所在が分かる案内資料。横浜駅の駅員がプレゼンテーションソフト「keynote」で作成した
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鍵の形状からロッカーの所在が分かる案内資料。横浜駅の駅員がプレゼンテーションソフト「keynote」で作成した
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鍵の形状からロッカーの所在が分かる案内資料。横浜駅の駅員がプレゼンテーションソフト「keynote」で作成した

リッチなコミュニケーション支えるインフラ

 画像を使ったリッチなコミュニケーションや情報共有に欠かせないインフラの第一は、通信ネットワークだ。JR東日本は2013年の時点で、大手キャリア3社に提案を求めた。特に重視したのが、通信回線の速度と品質だ。

 そこでJR東日本は3社からiPhoneを借り、東北を含む同社エリアで電波を測定した。「これはあくまでも当時の状況」と断ったうえで、三井氏は調査結果を説明する。「首都圏では3社とも大差なかったが、地方の山の中になると、各社の特徴が明確になった。高速LTEに関してはau(KDDI)が格段によかった。画像を多用することを考えると、高速通信は必須だった」。

 iPadを有効活用するためのインフラは通信だけではない。今回のiPad導入に合わせ、IT部門内に、「活用支援事務局」を発足させた。役立つアプリや使い方のヒントや注意事項など、iPad活用のノウハウを蓄積し、各地の支社を通じて現場に還元していくのがミッションだ。

 また、現場での活用を促進するもう一つの仕組みとして、24時間365日のヘルプデスク窓口を用意した。JR東日本情報システム(JEIS)が担当しており、紛失時の対応や、使い方についての疑問に答える。解決が難しい問題については、KDDIにさらに対応を依頼する体制だ。

 JR東日本の事務所の各所には、インパクトあるカレンダーが掛けられている。過去に発生した様々な鉄道関連のインシデントを、日付順にまとめたものだ。新聞の一面に載ったような大事故から、軽微なヒヤリハット事例まで広範なインシデントが、写真や図面など共に掲載されている。なかには大正か明治時代のものかと思われる古い写真や資料もある。

 鉄道会社としてのJR東日本には、業務知識はもちろんのこと、長年醸成し、現場の社員に染み渡ってきた倫理観や価値観、企業文化といった同社ならではの見えない財産がある。現場が自由に使えるツールの投入によって、それらが日々、顕在化しつつある。

東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本)
本社所在地:東京都渋谷区代々木二丁目2番2号
設立:1987年4月1日
資本金:2000億円
従業員数:5万9240人(2014年4月1日現在)
主な事業内容:旅客鉄道事業、貨物鉄道事業など