日経FinTech編集長の原 隆
日経FinTech編集長の原 隆

 職業柄、バーでなじみになるとクレジットカードの決済手数料を聞いてしまう癖がある。

 筆者は2013年の夏、スマートフォンに小型端末を差してクレジットカード決済端末として利用できる加盟店向けサービスの取材に回っていた。当時、会社の先輩によく連れて行ってもらって顔なじみになっていたバーのマスターに決済手数料について聞いた時の記憶が、最近になって蘇ってきた。

 当時、マスターは「ブランドにもよるけど5~8%くらいかな」と教えてくれた。筆者が取材していたスマホ決済サービスは加盟店が支払う手数料が3.24~3.25%という低い手数料を実現していたため、こういうサービスを利用しないのかとたずねると、対応ブランドを見て「私もね、VISAやMastercardだけ対応していればいいと思うんだけどね、こういう夜のお店だと特定のブランドが使えないと怒り出すお客さんがすごくたまにいるんだよ」と言った。

 マスターが言うにはお会計のときこそ、お客さんがどや顔で輝く瞬間なのだという。一緒に連れてきた後輩と思わしき部下や異性を前にさっそうと金色や白金色に輝くブランドカードを置く。「その瞬間に使えませんなんて言ったらメンツが潰れちゃうんだろうね」とマスターは笑っていた。

 日本でついに米アップルの「Apple Pay」や米グーグルの「Android Pay」が始まった。ふと、あのときにした会話が思い出された。クレジットカードをスマホアプリに登録して利用するこの手のサービスが世の中に広く普及したとき、どや顔をしていた人たちはいったいどうなってしまうのだろうと、疑問に思ったからだ。

 せめて航空会社のように搭乗時にステータスで鳴る音が変われば良いのだろうが、スマホをかざすと「ピコン」と同じ音がなるだけ。今でこそ使う場所は限られるが、もし、スマホが決済を飲み込み、ありとあらゆる場所でスマホで決済するようになったら、高い年会費を払っているブランドカードもまったく意味をなさなくなる。

 筆者は「どや顔をする人たち」を皮肉るつもりはまったくない。むしろ、このどや顔する人たちこそ、ブランドのマーケティング活動に確実に寄与してきたと考えているからだ。周囲に憧れを与え、ブランド普及の一端を担っていた。だが、決済がスマホに飲み込まれると、非情にもブランドは外観を消す。残るのは会員として受けられる特典だけであり、ピコンという変わらぬデジタル音とともに保持者の周囲に対する優越感は消え失せる。

 だが、こうした現象はいち早くほかの業界で起きていることでもある。