「持ち場で一生懸命やってくれるのは結構だが、それだけでは困る。中堅なのだからもっと先を観て新しいことを考えてほしい」

 上司からこう言われたらどうするか。

 「そういう貴方は新しい何かをしたのですか」などと問い返さないほうが勿論良い。上司はもう一段上の役員から同じ指摘を受け、そのまま下に伝えているだけかもしれない。

 納得できるかどうかはさておき、上司の発言が間違っているわけではない。蛸壺に閉じこもっているだけではなく、時には壺の外に出て新しいことに取り組む。それはそれで楽しそうだ。

 「仰る通りですが忙しい現場にいると考える時間をとれません。新規事業を考えられる部署に異動させて下さい」。こう頼んだらどうなるか。

 「現場の仕事をこなしつつ先のことも考える、それができてこそ中堅だ」と返されたら黙るしかない。認めてくれたらどうなるか。決まった時は嬉しいかもしれないが実際に立場を替えてみると現場とは違う苦しみに直面する。

 10数年前、志願して新しい媒体を考える仕事をさせてもらった。現場の編集部から異動になり、日々の締切に追われることが無くなったので今まで会えなかった人に会いに行き、新媒体を企画しようと張り切ったが案外早く行き詰まった。「先を観て新しいことを考え」るのは難しく、なかなか企画をまとめられない。

 すると心配になる。異動した後も前の編集部の近くに席があったため居心地が悪い。編集部の面々は仕事をばりばりこなしているのに自分は怠けているようだ、原稿を書かないと腕が鈍ってしまう、などと気になってくる。なんとか新しい媒体の企画を二つほど捻り出し、一つについては実際に取り組んでみたが結局うまくいかなかった。

現場にいると目の前の問題解決に頭の大半を使ってしまう

 先を観て考えるのがなぜ難しいかと言えば頭の使い分け、あるいは切り替えが上手にできないからではないかと思う。現場にいると目の前の問題解決に頭の大半を使ってしまうから先のことを考えようとしても閃かない。頭を使い分け、切り替えれば現場で忙しくしていても別の何かを考えられるはずだが簡単ではない。

 現場を離れて考える機会を得たとしても頭の使い分け、切り替えをやはり迫られる。前提や制約にとらわれず自由に発想しようとしても出てくるのは思いつきばかりになる。普段合わない人に会って相談するのは楽しいが会えば会うほど色々な情報が頭に入り、混乱したり発散したりする。思いつきも様々な情報も発散もすべて必要なのだが、肝心の企画に収束させることがなかなかできない。

 先を観て何かが閃く時の頭と、問題解決や企画書作成のように物事の筋道を明確にしてすべきことを順に片付けていく時の頭は使う場所が異なるのだろう。頭を頻繁に使い分け、切り替えなければならない。

 理想的な何かを思いついた後に頭を切り換え、それが企画になるかどうか検証する。現実的で詰まらない内容になってきたら頭を再度切り換え、良い意味の妄想を逞しくしてやり直す。この繰り返しになる。