「QCD(品質・コスト・納期)の目標はありません」。

 最近の取材で強く印象に残ったコメントだ。これまでシステム開発の現場を取材するたびに、QCDの計画を順守する苦労を数々のプロジェクトマネジャーから聞いてきた。「人手不足というのに、納期が以前よりも短くなってて本当に大変だった」といった具合である。それだけに、プロジェクトにQCDの目標がないという話は新鮮だった。

 冒頭のコメントは、野村総合研究所の吉田純一REシステム事業部上級システムアナリストのもの。吉田氏は不動産企業の営業関連業務のデジタル化を支援するプロジェクトマネジャーである。

野村総合研究所の吉田純一REシステム事業部上級システムアナリスト
野村総合研究所の吉田純一REシステム事業部上級システムアナリスト
[画像のクリックで拡大表示]

 吉田氏が支援するユーザー企業は、「営業関連業務をデジタル化する」という方向性こそ決まっているものの、具体的にどんなシステムを開発するのかは様々な可能性を模索している段階。そこで吉田氏らのチームでは、開発対象のアイデアを複数出したうえで、有力そうなものを形にし、営業部門の現場で試す。その結果、ビジネスにとっての価値を確認できたら、本格的に開発するというサイクルでプロジェクトを回している。

 冒頭のコメントの通り、QCDの目標はほとんど設定しない。QCDの目標を設定するのは、本格的に開発するフェーズに入ってビジネスの目的を達成するために必要と判断したときくらいという。ではQCDの代わりに、何を目標にプロジェクトを運営するのだろうか。吉田氏は「顧客のビジネスにとって価値があるかどうかに注目している」と話す。

 具体的には、開発したシステムを営業担当者に試してもらい、「使い続けたい」と回答する人数や、システムを使った結果として有力な見込み客を開拓できた件数などを目標に設定している。これらの数値が上がれば、システムによって営業の業務が活性化し、受注というビジネスの価値につながると期待できるからだ。

QCDを守るだけではユーザーは満足しない

 吉田氏らのプロジェクトのような、QCDの目標をほとんど設定しない案件は珍しいかもしれない。とはいえ、「QCDの目標よりもまず、ビジネスにとっての価値に注目してプロジェクトをマネジメントする」という発想は、今後のシステム開発プロジェクトにおいて重要であり、大きく広がるのではないかと筆者は考える。開発対象のシステムが移り変わってきているからだ。

 最近は利用部門だけでなく、利用部門にとっての顧客や取引先も関わる、ビジネスにとって結びつきの強いシステムの開発プロジェクトが増えている。いわゆるデジタルビジネス向けのシステムが典型的だ。