AI(人工知能)の隆盛が著しい。ネットや新聞でAIに関連する記事を目にしない日はない。AIを実現するアルゴリズムの中でもとりわけ脚光を浴びているのが、機械学習の一種であるディープラーニング(深層学習、多層ニューラルネットワークによる機械学習)だ。

 国立情報学研究所教授で人工知能学会長を務める山田誠二氏は、2017年10月25日に欧州SAPが開催したイベントの講演で、ディープラーニングの歴史をこう振り返った。「ディープラーニングに関する理論は30~40年前から提唱されていたが、当時は計算機の処理能力が低かったため簡単な文字認識くらいにしか応用できなかった」。

 その後、コンピュータの処理能力向上と、ネットの浸透などによって学習に利用するビッグデータの二つがそろった。これにより「応用分野が一気に広がりつつある」と山田氏は話す。

山田氏の講演スライド
山田氏の講演スライド
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AIの健全な普及のために克服すべき五つの壁

 既に米アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)、米マイクロソフト、米グーグル、米IBMなどの主要なクラウド事業者は、ディープラーニングの技術を使い、見る、聞く、理解する、話すといった人のような認知機能を実現するクラウドAIサービスを提供済みだ。

 学習済みで出来合いのAIであり、ユーザー企業は用途ごとに最適なニューラルネットワークを組み上げたり、学習用データを用意したりする必要がない。認知AIの機能を容易にシステムに組み込める利点は大きく、導入企業が増えている。

 山田氏はディープラーニングの進展によるAIの普及は、今後の社会を変えるほどの影響をもたらすと訴える。「AIが社会やビジネスの場に浸透することで、AIがやるべき仕事と人間が本来やるべき仕事の棲み分けが明確になる。AIは単に人間から仕事を奪うのではなく、近い将来は人間とAIが一緒に働く社会がやってくるだろう」。

 大きな可能性を秘めるディープラーニングだが、健全な普及には克服すべき課題がある。機械学習やディープラーニングを使いこなせる人材の不足といった環境上の問題もあるが、より本質的な課題として筆者は「データ」「プライバシー」「倫理」「セキュリティ」「アカウンタビリティ(説明責任)」の五つを挙げたい。本稿では最も重要な課題であるデータについて言及する。

AIの精度はデータ次第

 ディープラーニングの精度を左右する要因は、機械学習の手法や学習用の各種パラメータの調整など様々だが、一番影響するのは学習のための訓練データの量と質だ。日本マイクロソフトの榊原彰執行役員最高技術責任者(CTO)は、同社のクラウドAIサービス強化のために「訓練データは外部から購入しているものもある」と打ち明ける。