IT×金融の「FinTech」、IT×農業の「Agritech(AgTech)」といったX-TECH(クロステック)があらゆる分野に広がっている。その波が純文学の世界にまで押し寄せてきた。ヤフーと三島由紀夫賞受賞作家である上田岳弘(たかひろ)氏、新潮社、デザイン会社のタクラム・デザイン・エンジニアリングが2017年9月に始めたのは「純文学テック」と呼べる取り組みだ。

 4者の取り組みを一口に言うと「スマートフォンを対象とした電子書籍」となる。これだけだと新鮮味が乏しい印象を受けるが、既存の電子書籍とは目指す先が異なる。やや大げさに表現すれば、Webや出版の未来を見据えてWeb事業者、小説家、出版社(編集者)、デザイナーがタッグを組んだ壮大な実験とみなせる。

 「読書体験をアップデートする。この取り組みが純文学のシンギュラリティ(技術的特異点)となる可能性もある」。2017年9月に開催したメディア向け説明会で、ヤフーの岡田聡Yahoo! JAPANメディアチーフエディターはこう意気込みを見せた。

左からタクラム・デザイン・エンジニアリングの渡邉康太郎氏、新潮社の矢野優氏、小説家の上田岳弘氏、ヤフーの岡田聡氏
左からタクラム・デザイン・エンジニアリングの渡邉康太郎氏、新潮社の矢野優氏、小説家の上田岳弘氏、ヤフーの岡田聡氏
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「9」がモチーフの小説をスマホで味わう

 4者が目指すのはスマホで純文学を味わえる環境づくりだ。素材は上田氏の最新小説『キュー』。ニュースリリースの内容概要には、以下のようにある。

高校時代に出会った前世の記憶を持つ少女。彼女と同じ名の女性が目の前に現れた時から、平凡な心療内科医は、人類の進化を巡る闘争に巻き込まれた。長年寝たきりの祖父がその鍵を握るというのだが──。シンギュラリティへのカウントダウンが始まった人類のその先を予言する、想像力の冒険が始まる。

 キューは「9」を意味しており、様々な形でこの数字が登場する。「この作品はキューという音に引っ張られている。デビュー前から『キュー』という作品を書きたいと周囲に言っており、ようやく書けるようになった」と上田氏は話す。

上田岳弘氏
上田岳弘氏
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