コンピュータの歴史は集中と分散の繰り返しである――。最近、こんな言説を再び耳にするようになった。これまで「クラウド」へと集中を続けていたコンピュータが、今後は「エッジコンピューティング」の台頭に伴い分散に向かう、という主張だ。

 コンピュータの歴史における集中と分散の繰り返しとは、以下のようなものだ。1980年代までは「メインフレーム」がコンピュータの主役である「集中」の時代で、それが1980年代以降はパソコン(PC)やUNIX/PCサーバーがメインフレームに取って代わる「分散」の時代へと変わった。

 そして2000年代後半からは、世界中に散らばっていたサーバーがクラウドへと「集中」する時代に入り、今後はIoT(Internet of Things)が普及することで、ネットワークのエッジ(末端部)にあるコンピュータでの処理量が増える「分散」の時代へと転換するのだという。

 集中と分散の歴史が注目されるのは「10年ぶり」のことだ。10年前はクラウドの台頭がトリガーとなり、「コンピュータが分散から集中へ向かう」という議論が盛んだった。今回はIoTやエッジがトリガーであるため、過去10年とは逆方向となる「集中から分散へ向かう」という議論が盛んになっている。

VMwareのCEOが「集中から分散」を主張

 「集中から分散」を唱える論客の中でも印象的な存在が、米VMwareのCEO(最高経営責任者)であるPat Gelsinger氏だ。Gelsinger氏はVMwareの親会社である米Dell Technologiesが2017年5月に開催した「Dell EMC World」の基調講演に登壇し、「コンピュータの歴史は時計の振り子のように、集中と分散を繰り返している」「現在は、クラウドという集中から、IoT(Internet of Things)やエッジコンピューティングという分散へと向かっている」と主張していた(写真)。

写真●「Dell EMC World」で講演する米VMwareのPat Gelsinger CEO
写真●「Dell EMC World」で講演する米VMwareのPat Gelsinger CEO
[画像のクリックで拡大表示]

 VMwareといえば、物理サーバーを集約する「サーバー仮想化」と、デスクトップPCをサーバーに集約する「デスクトップ仮想化」が売り上げを支える“集中の権化”のような会社だ。そんな会社のCEOが「集中から分散」を唱えていたのが、とても興味深かった。

 実はVMwareは2014年2月に、モバイルデバイス管理(MDM)のソフトウエアベンダーである米AirWatchを買収し、MDM市場に参入している。これまでのMDMはスマートフォンやタブレットの管理が中心だったが、VMwareとしては今後はIoTデバイスの集中管理にもMDMを売り込んでいくという。そのための製品が5月に発表した「VMware Pulse IoT Center」だ。Gelsinger氏が「集中から分散」を唱えた背景には、IoTデバイスの管理製品を売り込む狙いがあった。

集中から分散へ“揺り戻す”のだろうか?

 確かに今後、エッジで稼働するコンピュータが増えるのは間違いない。コンピュータのトレンドは明らかに分散にある。しかし筆者はこの動きが、集中から分散への“揺り戻し”であるとは、あまり思えないのだ。

 そもそも、過去10年間のコンピュータのトレンドが「分散から集中」だったとも言い難い。確かにこの10年の間に、クラウドは目覚ましい成長を遂げた。オンプレミス(ユーザー企業の社内)にあったサーバーやデスクトップPCが、クラウドに集約されていったのも事実だ。しかしクラウドが成長する以上に、この10年間でスマートフォン(スマホ)も爆発的に普及した。過去10年間のコンピュータのトレンドを振り返ると、「分散から集中」よりも「ますますの分散」の方が勢いが激しかった。

 クラウド企業とスマホ企業の売上高を比較しても、圧倒的に後者が優勢だ。クラウドのリーダー格である米Amazon.comのクラウド事業「Amazon Web Services(AWS)」の売上高は、10年前の2006年にはほぼゼロだったのが、2016年には120億ドルを突破した。一方、米AppleのiPhone売上高は2006年には当然ゼロだったが(iPhoneは2007年の発売)、2016年には1367億ドルに達した。スマホの成長率はまさに“桁違い”である。