最近、記者が最も関心を持ったニュースがある。自動運転や人工知能(AI)の研究を手掛けるトヨタの米子会社が、Ethereum(イーサリアム)の企業連合に参加したというのだ。

 ブロックチェーン技術を含む分散台帳技術(DLT:distributed ledger technology)の未来を占う上で興味深い動きである。

 トヨタ自動車の研究開発子会社である米トヨタ・リサーチ・インスティテュート(TRI)が2017年5月22日、ブロックチェーンソフト「Ethereum」のビジネス応用を推進する企業連合に参加したという。

 Ethereumは、ロシア出身の技術者ヴィタリック・ブテリン氏が考案したブロックチェーンのオープンソースソフト(OSS)だ。Ethereumで構築したパブリック型ブロックチェーン上で通用する暗号通貨「Ether(イーサ)」は、2017年7月時点で時価総額165億ドル(約2兆円)とビットコインに次ぐ規模を誇る。

 なぜトヨタ子会社は、Ethereumに注目したのか。ビジネスに使える「業務用ブロックチェーン」の最近の動向を踏まえ、分析してみたい。

自動運転の開発に必要な走行履歴データをブロックチェーン上で売買

 TRIは、Ethereum企業連合に加盟したのと同日の5月22日、米MITメディアラボと共同で、自動運転の開発に必要な走行履歴や各種センサー情報を収集する基盤をブロックチェーンで構築する計画を明らかにした。

 データの追記は容易だが改ざんが難しいブロックチェーンの特徴を活用する。自動運転車のオーナーはブロックチェーンに電子署名付きの走行履歴データを記録することで、データの所有権を維持しながら、自動車メーカーなどにデータの使用権を販売できるという。個人と企業の間で走行履歴データを共有し、使用権を売買するマーケットプレイスをブロックチェーンで構築しようというわけだ。このほか、走行履歴を記録する機能をカーシェアや自動車保険の査定にも応用できるという。

 TRI モビリティサービス ディレクターのクリス・バリンジャー氏はリリースで「ブロックチェーンと分散台帳技術によって、クルマの所有者、貨物車両の運行管理者、クルマのメーカーの間で素早くデータを共有できる」とコメントしている。

 TRIはリリースの中でEthereumについて言及していないが、同日にEthereum企業連合に加盟していることから、マーケットプレイスを構築する業務用ブロックチェーンソフトの有力候補の一つとして、Ethereumに注目しているのは間違いないだろう。

ブロックチェーンソフトは百花繚乱も、スマートコントラクトは3種に収れん

 そもそも、TRIが採用を検討する業務用ブロックチェーンソフトとは何か。改めて概要を説明しよう。

   業務用ブロックチェーンソフトは、分散台帳技術をビジネスに応用するための基盤ソフトであり、Ethereumに限らず世界各地で開発が進んでいる。分散台帳技術とは、複数の参加者でデータやプログラムコードを共有し、互いに改ざんの有無などを検証しながら処理を進める技術の総称だ()。

図●従来の情報システムのアーキテクチャー
図●従来の情報システムのアーキテクチャー
これまでのシステムは、銀行の勘定系システムのような「中央集権型」と、クレジットカード決済ネットワークのような「メッセージ交換型」の混成だった。いずれも、中核システムを管理する組織への「信頼」に依存していた(出所:日経コンピュータ2016年7月7日号)
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図●ブロックチェーンが実現する分散台帳型アーキテクチャー
図●ブロックチェーンが実現する分散台帳型アーキテクチャー
改ざんが難しいデータを複数のプレイヤーが共有することで、信頼ある第三者を不要にしたシステムを構築できる。ただし、ブロックチェーンソフトやスマートコントラクトのプログラムコードへの「信頼」は不可欠になる(出所:日経コンピュータ2016年7月7日号)
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 分散台帳を構築するブロックチェーンソフトをビジネスに応用する場合、ビットコインのようにインターネットを通じて誰もが参加できる「パブリック型」ではなく、許可を得た参加者だけで構成する「パーミッションド型」で運用するのが一般的である。

*ブロックチェーン技術は、分散台帳型アーキテクチャーを実現する代表的な手段だが、分散台帳の実現には必ずしもブロック構造は必要ない。本稿では便宜的に、分散台帳型のシステムを構築するソフトをブロックチェーンソフトと総称する。

 仮想通貨のような電子トークン発行や、複数企業間でデータを共有するようなシンプルな用途では、日本を含む各地で多様なソフトが登場している。

 一方、データ使用権の売買のような複雑な処理を実行する場合、プログラムコードの実行環境「スマートコントラクト」を備えたブロックチェーンソフトを使うことになる。

 スマートコントラクトを使えば、参加者が合意したプログラムコードに基づいて共有データを処理でき、複雑な取引や手続きを自動的に実行できる。証券決済、不動産取引、シェアリングエコノミーなどで、対価の支払いや使用権の移転といった契約(コントラクト)行為を自動的に実行できる仕組みとして注目を集めている。

 このスマートコントラクトを備える業務用ブロックチェーンソフトは、多様化とは逆、つまり収れんする方向に進んでいる。スマートコントラクトはプログラム実行環境であり、プログラム資産の蓄積や開発者コミュニティの育成といった点で、規模の経済が働きやすいからだ。