コンピュータに関わる仕事はシステム設計にせよプログラミングにせよ日々の運用にせよ細かな作業の積み重ねであり着実に進めなければならない。にも関わらずコンピュータ業界は革命、変革、革新あるいは破壊といった大袈裟な言葉を好む。

 コンピュータ業界には報道関係者も含まれるが筆者は別だと勝手に思っている。「谷島宣之 革命」でインターネットを検索すると1570件が選ばれるが「いまや完全に死語になったIT革命について」という書き出しの記事が出てくる程度である。

 ただしコンピュータ関連の物書きの仕事に就いて30年以上経ち、初期の10年間に書いた記事は紙の雑誌にだけ掲載したからインターネット上に存在しない。雑誌の記事で革命という言葉を使っていた可能性はあるわけだが覚えていない。

 今後も革命や破壊を前向きに使うことはない。言葉だけ大仰にしても驚いたり感銘を受けたりする読者はいないのではないか。革命と言えばギロチンや粛清が出てくる血生臭い話だし、同時に創造が行われるとしても破壊は破壊なのだが、濫用され過ぎて読者は慣れてしまったに違いない。

革命と破壊の報道はまだまだ続く

 それでもここへ来て革命と破壊に言及する記事の類をしばしば見かける。現在何度目かの産業革命が起き、創造的破壊あるいは破壊的革新が進行しているそうだ。革命や破壊を唱える人はそれらが不可避であり、生き残るには革命や破壊を自ら進めるしかないと主張する。

 革命が来るから革命に参加しろと言われても本当に革命が来るのかどうか分からない。その点を問うと「来るか来ないかではなく、いつあなたの業界に来るのか、時期が問題」と返される。実例を見せて欲しいと頼むと「○○を保有しない世界最大の○○関連会社」の話を聞かされる。○○には例えばタクシーが入る。

 30年間の執筆活動を振り返ると革命や破壊があったようにも思えるし何も変わらなかった気もする。物凄く変わった点もあれば、ほとんど変わらない点もあるということだ。

 ハードウエアの進化やインターネットの登場は前者でありソフトウエア開発の難しさは後者である。そういえばソフトウエア開発における革命として4GL、CASE、OO、SOAなどがあった。