6月7日、経営や事業とそれらを支える情報システムに長年関わってきたベテラン2人からまったく同じ言葉を伺った。「手を動かす」である。とにかくやってみることが大事という指摘であった。

 最初に会ったのは『SEが考えていることは常に正しい』が持論の横塚裕志氏である。特定非営利活動法人CeFILの理事長であり、情報サービス産業協会(JISA)の理事長でもある。

 東京海上日動火災保険で情報システム部門の責任者を務めた横塚氏によると、SEとは「新しい仕事のやり方や問題解決の手だてを考え、その取り組みに必要となる情報を提供する仕掛けを用意する人」を指す(『「重要と思い込んでいる事」を守って「本当に重要な事」をつぶすな』参照)。

 ただしCeFILの活動は情報システム部門やJISAの会員であるソフト開発会社のSEたちに向けたものではない。CeFILは日本経済団体連合会の有志企業が設立した組織で、経営幹部やその候補生にデジタルビジネスを考え、取り組む機会と場を提供する。そのために5月20日、「デジタルビジネス・イノベーションセンター」(DBIC)を設置した。DBICには国内企業27社が参加し、参加企業同士や国内外のベンチャー企業、教育機関が連携、デジタルビジネスの担い手を育てていく。

 DBICの仮称は「デジタルビジネス・イノベーション研究所」だった。こちらの方が漢字が入っており良い気がするが、それでも長いし片仮名が多い。筆者は一時、『数字と英文字を組み合わせて劣悪な労働環境を示す造語を一切使わない会』の会長をしており、横塚氏は会員だった(『あなたの仕事を英語を使わずに説明できますか』参照)。元会長として元会員に苦言しようと思い、「組織名が変わったが」と口火を切ったところ、即座に横塚氏から次のように言われてしまった。

 「研究だけしていても駄目ではないかと考え、センターという名前にしました。実レベルの実プロジェクトをやっていきます。自分で手を動かす、プラクティカルに取り組む。これがなにより大事だと思っています」

なぜわざわざ新しい言葉を持ち出すのか

 実践を通じてこそ「デジタルビジネス」の担い手が育つという意味である。ところでデジタルビジネスとは一体何か。ITリサーチ最大手の米ガートナーは次のように定義している。「物理の世界と仮想の世界が渾然一体となることで創造される新しいビジネスデザイン」。ここで物理の世界とは自動車やドローンなど機器だけではなく業務も入る。仮想の世界とはコンピューターソフトウエアによって作られた世界である。

 この定義なら既存の情報システム利用もデジタルビジネスとみなせると筆者は考える。それなら新語を持ち出さないほうがよい。デジタルビジネスや「攻めのIT経営」あるいは「SoE」といった言葉はできれば使いたくない。『英文字ないし片仮名を並べて情報ステムの話を新しいかのように見せかける造語を一切使わない会』を結成したいところだが、かつてと違い、横塚氏の賛同は得られないだろう。

 デジタルビジネスという、少なくとも筆者にとっては新しい感じがしない言葉をガートナーやCeFILが持ち出したのは「新しいビジネスデザイン」という点を強調するためだろう。ビジネス側の人が「新しい仕事」を生み出すことが今まで以上に期待され、そうした人が育つように支援する、それがデジタルビジネス・イノベーションセンターの役目になる。

 もちろんデジタルビジネスにおいても「新しい仕事のやり方や問題解決の手だてを考え、その取り組みに必要となる情報を提供する仕掛けを用意する人」、すなわちSEは不可欠である。したがって、ビジネス側の人とSEの人の意思疎通がこれまでと同様に欠かせない。