世の中には、最後の一文字が違うだけで意味が全く異なる言葉がある。例えば、「被告」と「被告人」は使われる場面が違う。被告は民事訴訟で訴えられた側だ。被告人は、犯罪の嫌疑を受けて起訴された者で、こちらは刑事訴訟になる。

 筆者が通信社の記者として裁判の記事を書くときに、被告と被告人を書き間違えてはならないと教え込まれた。民事裁判と刑事裁判の区別すらできていないということになるからだ。だが、メディアの多くは被告に統一してしまっている。

 一文字ではないものの、最後の単語を省略して使ってしまっているために、現在も混乱を招いている事例がある。「マイナンバー」と「マイナンバーカード」である。

 ITproの読者にとってはもはや、いわずもがなだろう。マイナンバーは、国内に住む一人ひとりに振られた12桁の番号である。マイナンバーカードは、希望者に配られる顔写真が入った身分証となるカードだ。

 カード裏面にマイナンバーの記載はあるものの、カードの内蔵ICチップに搭載された公的個人認証(JPKI)を利用する場合、マイナンバーそのものは利用しない。JPKIは民間企業が既存のIDやパスワードの組み合わせよりも安全で強力な本人確認の手段として使える。マイナンバーカードを使うという場合は、一般にJPKIを使うことを指す。

 ところが、メディアの報道では「マイナンバー」と「マイナンバーカード」を混同した状態が続いている。マイナンバー制度は日本に住む全ての人がユーザーである。ユーザーが理解できない仕組みは、どんなに優れていても機能しない。つまり、現在のままではマイナンバー制度が機能しない恐れが高い。

メディアでの混同収まらず

 メディアの混同の例を紹介しよう。「図書館や病院など公共施設、『マイナンバー』で利用、総務省方針」。これは2016年8月27日付の日本経済新聞夕刊に掲載された記事の見出しだ。ところが、本文を読むと「利用者が施設でマイナンバーカードを提示すれば施設の利用に必要な情報を呼び出せるようにする」とある。マイナンバーは使わない。

 「契約書、ネットで発行、マイナンバーが『社印』代わりに、総務省」。日本経済新聞朝刊の2017年1月15日付に載った見出しである。これも本文を読むと、「印鑑代わりにマイナンバーカードを使って電子書類を発行できる」とある。見出しのマイナンバーとは関係ない。

 もう最近はこんな混同は起きないだろうと思っていたら、そうではなかった。2017年3月21日付の日本経済新聞朝刊に「三菱UFJの住宅ローン契約、マイナンバーで可能に」という見出しを目にしてしまった。ここまでくると、もはや勘違いだと笑えない。

 いずれも見出しはマイナンバーなのに、本文はマイナンバーカードになっている。見出しの字数の制約で「カード」の3文字を略しても違いはないと判断したのだろうか。あるいは違いを分かっていても、見出しなら略しても良いと判断したのかもしれない。

 だが、それは被告と被告人の違いを分かっていないくらいに略してはいけない文字だ。マイナンバー制度では、この2つは全く違う。これでは、行政機関が保有する個人データに様々な情報が、マイナンバーでひも付けられるという誤解を招いてしまう。公平を期すために付言すると、他の新聞やテレビでも似たような状態である。

 もう混同はなくなるだろうと思ったのは、内閣官房が2017年1月13日に、わざわざ「マイナンバーとマイナンバーカード」と題した新たな資料をマイナンバー制度を説明するWebサイトに掲載したからだ()。

図●「マイナンバー」と「マイナンバーカード」の違い
図●「マイナンバー」と「マイナンバーカード」の違い
(出所:内閣官房)
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