筆者がまだ新人記者だったころ、あるデスク(副編集長)が満面の笑みで近づいてくることがよくあった。そのデスクは、朝はいつも不機嫌そうな顔をしていたし、仕事に厳しく怖い印象もある人だった。でも、こういうときは別人かと思うくらいにこにことして、全身から幸せオーラを振りまきながら近づいてくる。

 デスクの笑顔とは対照的に、私はいやな予感がして顔がこわばる。こういうときはたいてい、デスクが“無茶振り”をしてくるからだ。

「スーパーボス」のひとり、米オラクルのラリー・エリソン会長兼CTO(最高技術責任者)
「スーパーボス」のひとり、米オラクルのラリー・エリソン会長兼CTO(最高技術責任者)
2015年6月22日米国で開催した記者会見で撮影
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 「来週締め切りの3ページの記事、書いてもらうことになったから。よろしくね!」とさわやかに言う。「えっ、その件は取材が入りそうにないし、あの技術はよくわからないんです……」といった言い訳をぼそぼそと始めると、これ以上笑えないんじゃないかというくらいにこにこして「中川なら、できるよ!」と言う。まさに問答無用である。

 実はこのデスクは、厳しいけれど面倒見もよい。普段からいろいろと教えてもらっている筆者は、このデスクに笑顔で「できる」とまで言われると、正面切って「できない」と言うわけにもいかなくなる。それに、私の力不足でどうにもならなくなったら、このデスクなら何とかしてくれるという淡い期待もある。

 そうして筆者は、毎度デスクの“にこにこ無茶振り”に巻き込まれ、やみくもに仕事をしているうち、「無茶」と思えたことが少しずつ「普通」と思えるようになっていった。筆者自身は優秀だったとは言えないが、このデスクは何人もの優秀な記者を育てており、中には編集長になっている人もいる。

 こんな古い話を思い出したのは、新刊『SUPER BOSS』(スーパーボス)という本を編集したからだ。編集しながら、このデスクの満面の笑顔が何度も浮かんだ。