「書いた記事のことは48時間で忘れろ」

 昔、記者が初めて大きなスクープを出したとき、たまたま居合わせた別の部署の上長に言われた言葉だ。曰く、書いた記事をいつまでも後生大事に覚えているのは書いた本人だけ。日々、生み出される膨大なニュースを前に、人の興味はすぐにほかに移り、ほとんどの記憶はすぐに消え去ってしまう。

 それとなくかけられた言葉だが、今でも大事にしている。

 だが、ふとした瞬間に過去の記事を思い出し、当時の記憶が蘇ることがある。日経コンピュータは2015年12月14日、ムック「FinTech革命」を発行した。FinTechブームの追い風もあり、増刷が決まった。このムックに収録するコンテンツを選ぶ過程で、2013年に日経ビジネス時代に執筆した特集を見つけた。スマホ決済サービスを手がける米スクエアを取り上げた「スクエア・インパクト」だ。

 この特集は鮮明に記憶が残っている。当初、この企画を提案した際にもらえたページ数はわずか4ページだった。その後、米国に飛び、CEO(最高経営責任者)のジャック・ドーシー氏をはじめとする取材活動を終えて戻ってきたときに改めて企画案を出したが、それでも8ページにしか増えなかった。

 諦めきれなかった記者は再度、編集長に直談判に行き、ようやく特集として採用されることになった。当時の編集長から「普段やる気のないやつがそこまで言うんだから何かあると思うだろう?」と採用した理由を後から聞いた。日ごろの行いが逆に働くという珍しいケースだった。

 前倒しされた締め切り日まで副編集長(デスク)と記者と3人で奔走した。周囲の絶大な協力もあって、国内の経済誌としては初めて真っ正面からスクエアを取り上げることに成功した。当時の編集長、副編集長、記者には今もずっと頭が上がらない。

 ムックに再収録するに当たり、ぱらぱらと読みながら当時の熱い記憶を思い出していた。だが、余韻に浸るのもつかの間、その後、たいそうな苦労が待ち受けていた。スクエアの取り巻く環境が大幅に変わり、加筆や修正が相次いだからだ。