米IBMで量子コンピュータの研究開発を統括する責任者が来日し、「2020年~21年ごろに量子コンピュータを実運用する」という計画を明らかにした。同社研究機関のIBM Researchで量子コンピュータや人工知能などを統括するロバート・スーター副所長が、2017年10月25日に日本IBMが開いた記者会見で発言した。

 実運用とは、金融工学や運送など様々な分野で現実の最適化問題を解いたり、量子力学が支配する化合物や材料の分子構造を高精度にシミュレーションしたりする処理を、従来型コンピュータよりもはるかに高速にこなす状況を指す。スーター氏は、このような量子コンピュータが明らかに優位な分野を確立して、現実の問題解決に活用しているフェーズを「Quantum Advantage(量子コンピューティングの優位性)」と呼び、IBMは2020年代の早い時期、2020年~21年ごろにもこの段階に踏み出すとの見通しを明らかにした。

 米IBMは「量子ゲート型」と呼ぶ方式の量子コンピュータの開発を長く続けており、実動機を2016年5月にインターネット上で希望者に広く一般公開した。スーター氏によれば、このクラウドサービス「IBM Quantum Experience」は現在までに利用者が全世界で5万4000人に達し、100万件以上の演算を処理したという。量子コンピュータの一般公開は世界初かつ「現在でも唯一」(スーター氏)とする。

 スーター氏は、このクラウドサービスの稼働によって、IBMの量子コンピュータは第1フェーズである「Quantum Science」から第2フェーズの「Quantum Ready」、つまり基礎的な研究開発から実動機開発の段階に移ったと位置付けた。2016年から2020年ごろまでがQuantum Readyのフェーズになるという。

 Quantum Readyのフェーズで実動機の開発を加速するため、IBMは2017年にプロジェクト「IBM Q」を発表した。現在の第1世代のIBM Qは16量子ビットの実動機を開発済みで、「第2世代となる17量子ビットのマシンがそろそろ稼働する」(スーター氏)。

IBM Qの写真スライドを前に開発状況を説明するロバート・スーターIBM Research副所長
IBM Qの写真スライドを前に開発状況を説明するロバート・スーターIBM Research副所長
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 スーター氏はQuantum Readyのフェーズにおいて、量子コンピュータの実動機の処理規模を上げるほか、ベンチマーク計測方法を標準化する、システム基盤やソフト開発環境を充実させる、などの開発事項に取り組むとした。処理規模の向上は量子ビット数を増やすことと量子ビットのエラー発生率を抑えることの両面で進める必要があり、エラー発生率は冷却方法や材料の見直しにより改善を進めているという。

 ソフト開発環境では、プログラミング言語「Python」を使って量子コンピュータの演算処理ライブラリーを利用できるようにするオープンソースソフトウエアのプロジェクトなどを紹介した。さらに、量子コンピュータで様々な問題を効率よく解くためのアルゴリズムの研究も進め、商用化のフェーズであるQuantum Advantageを迎えたい考えだ。

 IBM Qは、絶対零度に極めて近い「0.015ケルビン」という極低温に冷やして運用している。2020年以降に迎える商用化段階でも、原則としてIBMがマシンを運用する必要があり、利用したい企業や外部の研究機関などにはクラウドサービスとして提供することになる。