「情報システムをクラウドに移行しようとすると、SIベンダーの抵抗が凄い」「仮想サーバーなどの個別提案ばかりで、クラウドを前提とした全体のアーキテクチャーを示せる営業がいない」「何の強みもなくて、提案時に『何でもできます』という総合商社的な売り込みが一番つらい」。

 2016年10月21日、東京ビッグサイトで開催している「ITpro EXPO 2016」において、コーセー、スマイルズ、IDOMという、クラウドサービスを積極的に利用している企業3社が、「クラウドユーザー3社が語る ここがダメだよ クラウドSI」と題して、クラウドの活用におけるSIベンダーの課題と、クラウド時代のシステム開発手法について語った。モデレーターは日経コンピュータ編集の森山徹氏が務めた。

クラウドを活用しているユーザー企業3社によるパネルディスカッションの様子
クラウドを活用しているユーザー企業3社によるパネルディスカッションの様子
(撮影:中村 宏、以下同じ)
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 コーセーは化粧品メーカーで、2013年3月に構築したiPadによる店頭支援システムを皮切りに、クラウドサービスの利用を開始した。サーバーにかかる負荷の変動が大きかったので、クラウドとの親和性が高かった。その後も、マーケティング部門を中心にクラウドを使っている。

 スマイルズは、駅周辺のレストランやアパレルなどを手がけている企業。情報システムの保守が終了するのに合わせて、約2年半前にデータ利活用のための基盤システムをクラウドサービスのMicrosoft Azure上に構築した。デバイスやOSの種類を問わず、APIを介して分析用のデータをクラウドに吸い上げている。

 IDOM(旧ガリバーインターナショナル)は、自動車販売などを手がけており、現在はアジアを中心にグローバル展開を進めている。2009年くらいにGoogle Apps(現在のG Suite)を導入し、メールやグループウエアを自社でメンテナンスしなくてもよいようにした。その後も、サイジング(容量設計)の負担がかからないことからパブリッククラウドの利用を拡大。現在ではAWSを中心に、業務システムの9割ほどをクラウドに置いている。

アプリケーション開発においてクラウドの利用が必須に

 ディスカッションではまず、ユーザー3社が感じているクラウドの特徴と、オンプレミスシステムとの違いについて話した。

パネラーは左から、コーセー 情報統括部 部長 小椋敦子氏、スマイルズ 経営企画本部 情報システム部 副部長兼経営企画室 佐藤一志氏、IDOM ITチーム 月島学氏
パネラーは左から、コーセー 情報統括部 部長 小椋敦子氏、スマイルズ 経営企画本部 情報システム部 副部長兼経営企画室 佐藤一志氏、IDOM ITチーム 月島学氏
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 コーセー 情報統括部 部長の小椋敦子氏は、クラウドの特徴を「新しい機能やサービスが短期間で沢山登場する」と指摘。このため「インソースの人材だけでは使いこなしが難しい」と捉えている。クラウドを利用していくにあたっては、クラウドのインフラに強い社外のエンジニアのサポートを受けているという。

 スマイルズ 経営企画本部情報システム部副部長兼経営企画室の佐藤一志氏は、「新しい技術を使ってアプリケーションを作ろうとした際に、開発環境を整備する上でクラウドを使うしかなかった」と、クラウドの必然性を指摘。「エンドユーザーにプロトタイプを見せないとフィードバックが得られない。だからAzureでVisual Studioを使った」(佐藤氏)。

 IDOM ITチームの月島学氏は、iPadを使った業務システムを構築した際に「うまく行かなかった場合に、いつでもシステムを捨てられる、プロジェクトを辞めてしまえる」というフットワークの軽さを重視してクラウドを利用したという。「クラウドなら、システムがうまく行くかどうかを試してみて見極めることができる」(月島氏)。

既存のSIベンダーではクラウドの提案ができない

 クラウドを活用するにあたり、社外のSIベンダーからは期待通りのアウトプットを得られない、と3社は口をそろえる。

パネラーは左から、コーセー 情報統括部 部長 小椋敦子氏、スマイルズ 経営企画本部 情報システム部 副部長兼経営企画室 佐藤一志氏、IDOM ITチーム 月島学氏
パネラーは左から、コーセー 情報統括部 部長 小椋敦子氏、スマイルズ 経営企画本部 情報システム部 副部長兼経営企画室 佐藤一志氏、IDOM ITチーム 月島学氏
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 コーセーの小椋氏は、情報システムをAWSに移行する際に、既存のSIベンダーの抵抗を受けたという。「動作保証をしないとか、移行費用をたくさん見積もってきたりとか、AWSを使わせないための抵抗が凄かった」(小椋氏)。

 SIベンダーがやりたがらなかったため、内製で、システム移行を試してみたという。「クラウドなら、システムがちゃんと動くかどうかの検証環境をすぐに用意して、実際に試すことができる。最初の一歩を踏み出せる」(小椋氏)。

 SIベンダーの姿勢についてスマイルズの佐藤氏は、「システムをクラウドに上げるということは、クラウドを前提としたアーキテクチャーで考える必要があるのに、仮想サーバーの提案などバラバラの提案ばかり」と指摘する。

 スマイルズの佐藤氏は続けて、クラウド開発ならではのSI手法について、個々の独立した機能ごとに異なるSIベンダーを使っている、と説明した。「マイクロサービス的に、APIで連携するように開発している。我々が望む分析データだけをインタフェースを介して提供してくれればそれでいい」(佐藤氏)。

 新しいアプリケーションを開発するに当たって、旧来のSIベンダーでは付いてこられない傾向もあるという。IDOMの月島氏は、「現在では、情報の精度はユーザーもSIベンダーも変わらない。システムの提案時に何か強みがないと厳しい。何でもできますというような総合商社的な売り込みが一番つらい」と言う。

開発者とインフラ技術者の両方の知識が必要に

 どこまでを内製で開発して、どこから外部のSIベンダーに任せるのかの区分けについて、IDOMの月島氏は、「ERPなどは差別化できる要素がないのでパッケージを使ったりSIベンダーに任せたりする。一方でフロントのシステムは差別化できる要素なので内製する」とした。

会場の様子
会場の様子
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 コーセーの小椋氏は、「スマートフォンアプリケーションの開発などはスキルの習得が難しいので内製はしない。一方で、商品のマスターデータや分析基盤などのバックヤードは、社内の分析ニーズにこたえるために内製が必要」と位置付ける。

 内製の強化に当たっては、IDOMの月島氏は、社内での人材育成だけでなく、社外から人材を登用するスタンスをとっている。スマイルズの佐藤氏も、情報システム部員は佐藤氏一人だけであり、あとはフリーのエンジニアに時間を割いてもらっているという。

 クラウドを活用する上で必要なスキルについて、コーセーの小椋氏は、「開発者であってもインフラの知識が必要」と指摘する。スマイルズの佐藤氏は「コードが書けるアーキテクトが必要」と言う。「現役でコードが書ける必要はないが、何をどう組み合わせれば何ができるのかを設計できるのは、コードが書ける人だけだ」(佐藤氏)。