写真●一橋大学大学院国際企業戦略研究科の楠木建教授(写真:井上裕康)
写真●一橋大学大学院国際企業戦略研究科の楠木建教授(写真:井上裕康)
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 「モテない人がモテようと『モテるスキル』なるものを磨こうとすれば、ますますモテなくなる。モテるのはスキルではなくセンスだからだ。同様に、経営者に必要なのもスキルではなくセンスだ」――。

 一橋大学大学院国際企業戦略研究科の楠木建教授(写真)は、2015年7月8日から10日にかけて東京・ホテルニューオータニで開催中のイベント「IT Japan 2015」(主催:日経BP社)で「グローバル化の3つの壁」と題し講演。日本企業がグローバル化に失敗する背景には複数の認識の誤りがあると指摘。とりわけ経営者に対しては、体系化されて誰もが習得できる「スキル」ではなく、独自の意思や行動力といった「センス」を持つ人を見つけ、そうした人が自然に育つ環境を用意するのが重要だと説いた。

 冒頭で楠木教授は、一般に言われる「日本は内向きで、グローバル化に後れを取っている」との見方に対し「そうは思えない」と疑問を呈する。楠木教授の父親が20代後半で南アフリカ共和国に機械部品メーカーの支社長として赴任し、幼少期の楠木教授も現地で暮らした経験を紹介しつつ「当時はヨハネスブルグだけでなく世界中に日本人が行っていた。当時の日本はあまり豊かでなく、駐在員として南アフリカに行く方が良い暮らしができ『ちょっと海外駐在に行ってくるか』という感覚だったのだろう」と振り返る。

 現代の若者が内向きでグローバル志向がないと言われることについても「むしろ戦後日本の偉大な達成。人間は環境に適応する生き物だから、日本がこれだけ発展すれば日本に居たくなるのは当然で、それをとらえて内向きだというのは一面的だと思う」と指摘した。

 そのうえで、現代の日本企業においてグローバル化を妨げる3つの壁として「英語」「人材の多様化(ダイバーシティー)」「経営者」を挙げる。

 英語については「流暢な英語を話す一部の人にひきずられ、勝手にハードルを上げて勝手に挫折しているだけ」と一刀両断。「冠詞を付けなくても、単数形と複数形を使い分けなくても通じるし、疑問文は語順を変えなくても語尾が上がっていれば分かる。シェークスピアのような美文を書きたいわけではなくビジネスができれば十分なのだから、ひどい文法でも気にせず話せばいい」とする。

 ダイバーシティーについては、隣国と陸続きの欧州や、多数の民族が暮らす米国やシンガポールなどは、もともと異なる言語・文化・宗教が存在し、自然と多様性をマネジメントしていると指摘。「そうした環境にない日本の企業は、人為的に組織の中の多様性を高めて必要性を感じるようにするしかない。ただし重要なのはダイバーシティー自体ではなく、抱え込んだ多様なものを統合することにある。自分たちが統合できるものしか統合しない『手のひらの上の多様性』に陥ってはいけない」と警鐘を鳴らす。

 楠木教授が「一番高いハードル」とするのは経営者。「経営者に必要なのはセンス、担当者に必要なのはスキル」とした上で、経営者と担当者、センスとスキルを混同する過ちを犯す企業が多いと語る。楠木氏はスキルとセンスの違いについて「スキルは標準化されていて近代的な分業に向き、誰でも努力すれば身に付くもの。センスは全方位的なもので一人ひとり異なり、代替できず育てることもできない」と説明する。「グローバル人材というとスキルが優先でセンスは劣後しているように言われるが、実際に必要なのは『俺がちょっとインドネシアへ行って事業を立ち上げてくるわ』と言って現地に飛び込めるセンスの持ち主だ」とする。

 企業内には高いスキルを持つ人もいるが、そうした人はあくまで担当者として力を発揮すべきで、経営者になるべきではないと語る。「商売の大原則は自分の意思でやること。『未来はこうなるだろう』ではなく『未来をこうしよう』と語って動けることが大事だし、そういう経営を楽しめないといけない。スキルが高くてもセンスのない『代表取締役担当者』では商売が他人事になってしまうし何も生み出せない」と手厳しい。

 ただ楠木教授は、「スキルはできれば全員あった方がいいが、経営センスは100人中2~3人でいい。またセンスを育てるのは難しいが、自然とセンスが育つ土壌を作ることは可能だ」と語り、センスのある社内の若手を次世代の経営者としバトンを渡していくことは不可能ではないとする。

 具体的には、「商売の基本は『創って作って売る』という3要素。これを分業にせず3つとも経験できる事業を社内にいくつも用意し、早いうちから試行錯誤を重ねさせる。あるいは経営学修士(MBA)プログラムなどでアジア人や欧米人と議論する経験を重ねる、センスのある経営者と話す機会を設けて彼らの経営センスを肌感覚で知る、大勢の前で「こういう商売を自分にやらせてくれ」と演説する機会を設ける。そうした経験を重ねることで経営のセンスは育っていく」との認識を示した。