システム開発でのモデリングには「面倒だ」とのイメージがつきまとう。だが「四角」と「線」を使うだけでも効果は大きい。ビジネスモデルをモデル化することで新たな発想が得られる。

 「四角」と「線」を使って物事をシンプルに表現し、それを基に思考する。それだけでSE人生を変えるくらいのインパクトをもたらす──。

 「それって本当?」という声が聞こえてきそうです。しかし、筆者はこの考え方を多くの人に教えたり、自ら実践したりしてきました。その結果、以下のような効果が得られました。

  • 物事を深く理解できるようになる
  • 大勢の前でのプレゼンが成功する
  • 良い文章を書けるようになる
  • 新たな発想が生まれる

 いずれもSEに限らず、ビジネスパーソンにとって必須のスキルと言えます。特に強く求められているのは「新たな発想が生まれる」という効果でしょう。

 ビジネスの世界で「イノベーション(革新)」が重要なキーワードとして浮上している今、これまでにない新たな製品やサービスを生み出すイノベーション人材、すなわちイノベーターを企業は求めています。しかし、よほどの天才でない限り、普通のSEがイノベーターになるのは容易ではありません。

 この連載で紹介する「四角」と「線」を利用した思考法、すなわち「モデルベース思考」を使うと、イノベーターになるために必要な基礎体力が身に付きます。

図 プリンターとカミソリのビジネスモデル
「四角」と「線」で表現
図 プリンターとカミソリのビジネスモデル
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 なぜモデルベース思考を利用すると、このような効果を上げることができるのでしょうか。連載では具体的な例を挙げつつ、思考法について解説していきます。SEやITマネジャーとしての活動をレベルアップするために役立てていただければ幸いです。初回はモデルとは何かを取り上げます。

様々な「モデル」の共通点とは

 この連載をお読みのみなさんは「モデル」と聞いて何を思い浮かべますか。「ファッションモデル」と答える人もいれば、「ビジネスモデルでしょう」と言う人もいるでしょう。物理学で使う数式を思い浮かべる人がいるかもしれません。

 ファッションモデル、ビジネスモデル、物理学の数式──。モデルという概念は非常に多岐にわたり、明確な共通点はないように感じます。

 しかし、もう少し深く考えてみると、これら3つには共通点があることに気付きます。どれも「無駄なものを省き、物事の重要な部分をシンプルに表現している」のです。

 ファッションモデルは美しくないものを最大限削ぎ落として、美しさをシンプルに表現した人と言えます。ビジネスモデルは「お金儲けの仕組み」をシンプルに表現したもの、物理学の数式は「物理現象の仕組み」をシンプルに表現したもの、と呼べます。

 このように、モデルは「シンプル」という共通のキーワードで表現できます。

「構成要素」と「関係」を図示する

 モデルは「シンプル」というキーワードで表現できますが、それだけでは使い勝手が今一つです。モデルベース思考は様々な物事をできるだけシンプルに表現することを目指します。

 使うのは「四角」と「線」、これだけです。四角は「物事の構成要素」、線は「構成要素同士の関係」を表します。最大限シンプルに表現することで物事を理解し、新たな発想を生み出せるようになります。

四角:物事の構成要素
線:構成要素同士の関係

 「四角」と「線」で表現したものをモデル、物事を四角と線で表すことをモデル化と呼びます。

ビジネスモデルを表現する

 モデル化を通じて、物事の何が重要なのかが浮き彫りになります。試しに、プリンターのビジネスモデルを「四角」と「線」で表してみましょう。

 プリンターのビジネスは大きく、利用者による「プリンター本体の購入」と「プリンターで使うインクの購入」から成ります。ビジネスモデルは多くの場合、「プリンター本体の価格を安く抑えて購入を促し、消耗品であるインクを購入してもらうことで利益を得る」と表現できます。

 このビジネスモデルを「四角」と「線」で表すと、「プリンター購入」の四角と「インク購入」の四角が「促す」という線でつながる形になります。

 線に「促す」とあるのは、「プリンター購入」が「インク購入」を促していることを示しています。

 カミソリ本体のビジネスモデルも、基本的にプリンターと同じ構造です。「カミソリ本体の価格を安く抑えて購入を促し、消耗品である付け替え刃を購入してもらうことで利益を得る」わけです。

モデルの抽象化が鍵

 プリンターのビジネスモデルと、カミソリ本体のビジネスモデルを「四角」と「線」で表した2つの図を見て、どう思いましたか。「分かりやすくなったけれど、それだけではないか」──。こんな印象を抱いた人がいるかもしれません。

 モデルベース思考はモデルの図示にとどまりません。むしろ、ここからが本番です。図示した結果を基に、抽象化を進めていきます。

 先ほどの例を使って、2つの図の共通点や類似点を洗い出します。この抽象化こそ、モデルの神髄といっても過言ではありません。

 実際に抽象化をしてみましょう。プリンターとカミソリのビジネスモデルには共通点があります。利用者にとって、プリンター本体やカミソリ本体の購入は「初期投資」です。インクや付け替え刃といった消耗品の購入は「運用費の支出」とみなせます。

 つまり、2つのビジネスモデルは「初期投資を低く抑えて購入を促し、運用費の支出で利益を得る」となります。

 重要なのは、同じ仕組みを持つ物事は同じ構造のモデルとして記述できるという点です。プリンターのビジネスモデル、カミソリのビジネスモデル、抽象化したビジネスモデルはそれぞれ言葉の抽象度が違いますが、構造は同じです。

図 モデルの抽象化
同じ構造のモデルとして表現
図 モデルの抽象化
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抽象化したモデルを具体化する

 物事を抽象化したモデルを使うことで、新たな発想が得られます。抽象化したモデルを、別の領域(先の例ではプリンターやカミソリ以外の領域)で具体化してみるのです。

 例えば情報システムのビジネスに適用してみましょう。統合型サーバーなど、ハードウエアとして売られている製品を思い浮かべてください。

 初期投資は「システム本体の購入」などと具体的に表現できます。運用費支出は「保守運用費支出」のようになるでしょう。

 このように具体化することで、「システム本体の価格を安く抑えて購入を促し、毎月発生する保守運用費で利益を得る」という情報システムのビジネスモデルを表現できます。

 ここで示した例は単純すぎてピンと来にくいかもしれませんが、ある事業領域の成功例をモデルとして抽象化しておき、他の領域で具体化して適用することで、新たな発想が得られるわけです。

図 抽象化したモデルを具体化
別の領域に適用する
図 抽象化したモデルを具体化
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抽象度を調整し新たな発想を得る

 改めて整理してみましょう。

 モデルベース思考は「四角(構成要素)」と「線(要素の関係)」を使って、物事の重要な部分をシンプルに表現します。「四角」と「線」で表現したものをモデル、物事を四角と線で表すことをモデル化と呼びます。

 モデルを抽象化すると、一般的な知見を得られます。そのモデルを他の領域で具体化すると、新たな発想を得ることができます。モデルの抽象度を調整すると新たな発想が得られる、と言い換えてもいいでしょう。

 モデルベース思考を利用すると物事の理解が進むのに加えて、モデルの作成を通じて他者と情報を共有でき、新たな発想が得られるようになります。

図 モデルベース思考の特徴と意義
新たな発想が得られる
図 モデルベース思考の特徴と意義
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 次回からは、モデルベース思考の応用例を取り上げます。

吉田 塁(よしだ・るい)氏
東京大学教養学部 特任助教
博士(科学)。東京大学大学総合教育研究センター特任研究員を経て、現在は東京大学教養学部特任助教として学内外における教育改善を促進する活動・研究に携わる。学部時代にプログラミングを深く学び、2007年にCGアニメーション作品でオートデスク学生作品コンテスト一般教育部門Autodesk賞、2010年にプログラミングを駆使した画像処理に関する研究で東京大学工学部システム創成学科優秀論文発表賞を受賞。プログラミングは設計が重要であるとの意識から、UML(統一モデリング言語)を学ぶ。プログラマーではない人にも幅広くそのエッセンスを知ってもらうため、モデルベース思考の普及活動に携わる。著書に「スーパープログラマーに学ぶ最強シンプル思考術」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)がある。