写真:Getty Images
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NTTデータが約4割のトップシェアを誇る地方銀行の勘定系システム戦線に異変が生じている。各地域のトップ地銀を顧客に持つ「古豪」日本IBMが、地銀再編の波に乗じて巻き返し始めた。日立製作所のLinux勘定系を新規採用する動きも判明した。全国の地銀105行の最新動向に加えて、地方別に見たシェアの動向、次世代勘定系の行方についても調べた。最新データを基に争奪戦を追う。

 「感慨深いものがある」。第三次オンラインの開発要員として入行したという栃木県・足利銀行の砂田浩昭IT統括部部長は、しみじみと語る。足利銀は「Chance地銀共同化システム」に合流する方針を固めた。現在はNTTデータが運営する「地銀共同センター」を利用しているが、2020年1月に移る。

 きっかけは2016年10月。茨城県の常陽銀行との経営統合にある。2行でめぶきフィナンシャルグループを発足させたのを機に、常陽銀が参画するChanceに一本化する。

 Chanceは三菱東京UFJ銀行のシステムをベースとした共同利用型のシステム。日本IBMが開発と運用を担う。足利銀の砂田部長が「感慨深い」と表現したのは、足利銀がNTTデータの地銀共同センターに参加する前に使っていた自前の第三次オンラインも、旧三菱銀行の勘定系を基にしていたからだ。

 2000年代前半にChanceの構想がスタートした際は足利銀も参加の意向を示していた。ところが一時国有化により断念。自前の勘定系を手放し、2011年にNTTデータの地銀共同センターの利用を始めた経緯がある。

図 全国の地方銀行105行と勘定系システムの担当ベンダー
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図 全国の地方銀行105行と勘定系システムの担当ベンダー
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年20億円の削減を見込む

 足利銀はなぜ、一度は諦めたChanceに復帰を決めたのか。統合相手の常陽銀がChanceを導入していた点と、常陽銀の方が経営規模が大きかったことが一因ではあるが、ほかにも理由がある。料金体系の違いだ。

足利銀行本店(左)と常陽銀行本店
足利銀行本店(左)と常陽銀行本店
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 地銀共同センターを運営するNTTデータは預金や振り込みなどのトランザクション件数に応じた従量制の料金体系を導入している。一方のChanceは定額制だ。「携帯電話の料金と同じで、取引量が少ないと従量制の方が安い。ただし大手行にとっては、必ずしも最適な選択肢ではない」(砂田部長)。実際、2行そろって地銀共同センターに加入するケースと比べたところ、コスト面ではChanceに軍配が上がった。

 2行合わせて300に上るサブシステムの統合にも手を付ける。Chanceと接続するサブシステムについては常陽銀の既存システムに合わせる。開発と移行に投じる金額は約110億円。年間約20億円の削減効果が期待できるといい、5年半で回収できる算段だ。

有力地銀に強い日本IBMが地力

 NTTデータの地銀共同センターは共同化陣営の中では最大勢力。2004年のサービス開始以降、利用行を増やし続けてきた。だが、足利銀の離脱に象徴されるように風向きが変わり始める可能性がある。足利銀と常陽銀のように、かつては考えられなかった有力地銀同士の統合が増えつつあるからだ。

 システム共同化が急速に進んだ2000年代にNTTデータは地銀の勘定系システムを全国で相次ぎ獲得。2008年10月にシェアを29%まで高め、さらに直近では37%まで引き上げた。「顧客行同士のコミュニティーが確立している点が評価されているようだ」と、NTTデータの森谷浩太郎第二金融事業本部企画部長は控えめに分析する。

 ただし今後は、シェア2位に甘んじる古豪の日本IBMの巻き返しが有力視される。経営統合や合併を主導する有力地銀の顧客を数多く抱えているからだ。

 地銀全体を対象とした日本IBMのシェアは現在24%にとどまる。だが各都道府県で経営規模が最大のトップ地銀47行だけでみるとシェアは40%。NTTデータを10ポイント上回る。経営統合や合併でシステム統合する場合、規模の大きな銀行に合わせることが多い。日本IBMの顧客行が再編を仕掛けるほど、同社のシェアは高まる。

 再編の火種は全国でくすぶる。金融庁は2016年9月に公表した「平成27事務年度 金融レポート」で、2015年3月期に地銀の4割が本業で赤字に陥っていると指摘。2025年3月期には6割超まで拡大すると予測する。「(地銀は)地元の商圏で採算が取れるかを真剣に検討する必要がある。1県に複数行が生き残るのが難しいなら、生存できる数まで減らすしかない」(金融庁)と厳しい見方をする。

 いま、3行以上がひしめく都府県は14に及ぶ。そのうち三重県では三重銀行と第三銀行が、新潟県では第四銀行と北越銀行が、どちらも2018年4月の経営統合を予定する。無期延期中ではあるものの、長崎県ではふくおかフィナンシャルグループ(FFG)と十八銀行が経営統合を目指している。

 「地銀各行は業界動向を見極めており、現時点で勘定系への投資には慎重だ」と富士通の坂本真司第一金融ビジネス本部本部長代理は明かす。特に小規模地銀は経営統合などの外的要因によって既存の勘定系を手放す可能性がある。刷新や他ベンダーへの乗り換えといった判断を下すにはリスクが高く、IT投資は「再編待ち」というわけだ。

 しかし、日本IBMの顧客でもあるトップ地銀は例外だ。自ら再編を仕掛けて、新たなシステム共同化に動く。

図 地方銀行の勘定系システムにおけるITベンダーのシェア*1
トップ地銀だけを見ると、日本IBMがシェア首位
図 地方銀行の勘定系システムにおけるITベンダーのシェア*1
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周辺系からの戦略が奏功、ついに本丸へ

 2017年5月8日、岡山県の中国銀行が「TSUBASA(翼)プロジェクト」の基幹系共同システムの利用を始めた。千葉銀行のシステムをベースに、複数の地銀が利用できるように改修したシステムだ。2016年1月に千葉銀、2017年1月に第四銀が使い始めており、中国銀の加入で3行体制となった。千葉銀はハードウエア更新とは別に、アプリケーション改修に10億円をかけて共同システムを構築した。割り勘効果が働き、運用費は同行だけで年3億円減るという。

 TSUBASAの源流は、2006年に日本IBMが企画した「次世代金融サービスシステム研究会」に遡る。千葉銀と第四銀、石川県の北國銀行が共同化の検討を始め、中国銀と愛媛県の伊予銀行、富士通ユーザーの東邦銀行(福島県)が加わった。営業店やCRM(顧客関係管理)などの周辺系システムから共同化を進めるなど、勘定系の担当ベンダーに縛られない、緩やかな連携だった。

 部分的な共同化によって交流と検討を重ねた取り組みが奏功し、ついに本丸の勘定系の共同化に踏み込めた。千葉銀の宇野晃彦システム部部長はTSUBASAについて「各地の雄が集まるプロジェクトだ」と胸を張る。TSUBASAの勘定系は日本IBM製メインフレームで動作する。他行に飲み込まれる可能性が低い、安定した共同化陣営の誕生で、日本IBMは顧客をつなぎ止めやすくなり、再編によって新たな顧客を手に入れられる可能性も高まる。

図 「TSUBASA(翼)プロジェクト」の共同化の経緯
ついに勘定系システムまで共同化
図 「TSUBASA(翼)プロジェクト」の共同化の経緯
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 類は友を呼んだ。2015年にTSUBASAに加わった北海道の北洋銀行は2017年5月、千葉銀などと基幹系システムの共同化を本格検討することに合意した。北洋銀は第二地銀だが北海道では経営規模が最大。預金量は地銀105行中6位を誇る。

 北洋銀は、経営破綻した旧北海道拓殖銀行の営業譲渡を受けたのに伴い、旧拓銀の日本IBM製システムを使い続けてきた。日本IBMにとっては、TSUBASAをテコに既存顧客を囲い込めた格好だ。

 対照的に大きな獲物を逃がしたのは日立製作所だ。北洋銀は旧拓銀の営業譲渡を受ける前は、日立の勘定系システムを利用していた。静岡銀行と次世代オープン勘定系パッケージを開発する日立にとっては有力な売り先の候補だった。

システム統合の行方を大胆予想

 地銀の経営統合による勘定系争奪戦の行方を予想してみる。

 福岡銀行と長崎県の親和銀行、熊本銀行を傘下に持つFFGと十八銀の経営統合が実現すれば、FFGと広島銀行が共同利用する基幹システムへの片寄せが確定的だ。地銀全体で3位の福岡銀を傘下に抱えるFFGと十八銀との間には、預金残高で約10兆円の差がある。

図 注目のシステム統合の行方を大胆予想
経営統合を機に新たな陣取り合戦が
図 注目のシステム統合の行方を大胆予想
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 一方で、2015年10月に経営統合した熊本県の肥後銀行と鹿児島銀行はほぼ同規模。システム統合の方針は想定しにくい。

 肥後銀は青森県のみちのく銀行とLinuxで稼働する勘定系システムの導入に着手していることが判明した。担当ベンダーは日立。同社が静岡銀と開発中の新パッケージとコンセプトは同じだ。一方、BankVisionを採用する鹿児島銀の勘定系は2011年に稼働したもの。

 最新の機能やニーズを盛り込んだ肥後銀行側に片寄せする可能性が高くなってきた。ただし、2行での並行稼働を保つ道も残る。

 第四銀と北越銀による経営統合は、預金残高が北越銀の2倍近い第四銀が使うTSUBASAに統合するのが順当だ。

 悩ましいのは三重銀と第三銀である。規模の面では大差ないが、第三銀は第二地銀。常道ならば三重銀に片寄せすることになる。ただ三重銀はNECの勘定系システムを単独利用している。第三銀は日立の「NEXTBASE」を利用しており、コスト削減にもつなげやすい。統合先としてNEXTBASEを選ぶ可能性もある。

道州制が統合促す、混戦は中部

 将来的には、さらなる地殻変動要因が待ち構えている。現在の都道府県を廃止し、広域自治体に再編する「道州制」だ。

 仮に道州制が実現すれば、州単位での地銀再編が促される。そこで道州別に現在のITベンダーのシェアを調査。区割案は複数あるが、ここでは9道州制を前提とした。

図 「道州」別にみた勘定系システムのシェア
地域ごとに強さの濃淡が
図 「道州」別にみた勘定系システムのシェア
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 各州でトップシェアを握るITベンダーは、中核地銀となり得る有力行を顧客に持つ例が多い。地域ごとに強さの濃淡が見て取れる。東北ではNTTデータのシェアが6割を占め、東京を含む南関東でも同社が過半を握る。北関東信越では日本IBMが強さを発揮。関西はNTTデータ、中国・四国は日本IBMのシェアが抜きん出ている。九州はNTTデータと日本IBMが激突しそうだ。NTTデータは福岡県の西日本シティ銀行や第二地銀6行などを獲得している。ただし中核行の本命であるFFGは日本IBMの顧客である。

 異彩を放つのが中部だ。日立と日本ユニシスがトップシェアを分け合う。日立は地域最大の静岡銀と新勘定系を開発しており、日本ユニシスの顧客には北國銀行、静岡県のスルガ銀行、岐阜県の大垣共立銀行と個性的な地銀が並ぶ。2強のNTTデータと日本IBMに一矢報いたいところだ。

欧州の共同化、パッケージを統一へ

NTTデータ経営研究所 桑島 八郎 アソシエイトパートナー

 欧州の地方銀行は1970年代以降、競争のためにIT投資を急速に増やした。その結果、体力に劣る中堅行以下は自前で情報システムを運営するのが難しくなっていった。これは日本の地銀とも共通する傾向だ。

 スイスの地銀は比較的規模が小さいこともあり、早い段階で共同化のスキームが発達した。最初のきっかけは1993年の不動産危機だ。翌1994年、コスト最適化に迫られた地銀の半分近くが共同出資してRBAホールディングスを設立。同社の子会社であるエントリスは、地銀に幅広い共同化サービスを提供している。共同利用型のシステムにとどまらず、BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)や商品開発まで請け負うのが特徴だ。

 コア・バンキングシステムには、スイスの金融ITサービス大手フィノーバのパッケージを採用している。

 ドイツでは州立銀行を含む貯蓄銀行でシステム共同化が進んできた。大きくは独フィドゥーシアの「agree」と独GADの「bank21」を採用する陣営に分かれていたが、2015年に両社が合併。パッケージを統一する運びになっている。

 スイスやドイツでは共同化グループが集約され、コア・バンキングのパッケージも統一の方向で進んでいる。EU(欧州連合)では銀行におけるオープンAPI(アプリケーション・プログラミング・インタフェース)の導入が義務化されることになっているが、対応もしやすいだろう。

 翻って日本の地銀は規模が比較的大きいこともあり、今は複数の共同化グループが並び立っている。

 ところが業界再編は、システム共同化のグループとは関係なく進むため、システム統合が発生することになる。これはコスト負担が大きい。

 すべての共同化グループで勘定系パッケージを統一するのは非現実的だが、標準化は避けられないと見ている。標準化できれば、経営統合に際しては口座データを移行するだけで済む。

 勘定系システムの標準化が進めば、システム統合の経営戦略的な意味合いは薄まる。今の共同化グループは、実質的に意味がなくなる方向に収れんしていくはずだ。

 その代わり、知恵の共同化が重要性を増してくる。共同化グループに地銀以外が参画する形があってもいい。そうでなければ、地銀は立ち行かなくなるだろう。

胎動する次世代勘定系へのニーズ

 2017年6月、滋賀銀行は行内に次世代基幹系システムの検討プロジェクトを設置した。同行は同年1月に富士通製の勘定系システムを更新したばかりだが、次期システムでは「ソフトウエアの更改も見据えている」と、中島浩之執行役員システム部長は明かす。他ベンダーのパッケージ採用や共同化陣営への参加も含め幅広く検討するため、早い段階で動き出した格好だ。

 滋賀銀に限らず、複数の地方銀行で次世代の勘定系システムを模索する機運が高まっている。経営統合を契機とするシステム統合とは違い、製品次第ではどのITベンダーにも勝機がある。

 現時点で検討対象の有力候補となり得るのが、日立製作所の次世代オープン勘定系パッケージだ。静岡銀行と開発するLinuxベースの勘定系システムを基にパッケージ製品として販売する計画。千葉県の京葉銀行が採用を決めている。静岡銀での稼働予定時期は2017年から2019年1月にずれ込んだが、完成の見込みが立ったら、日立はすぐにでも提案攻勢に打って出るだろう。

 日立は訴求力を高めるため、複数の地銀をぶらさげる金融持ち株会社が全体で顧客情報を名寄せできる新機能も計画する。持ち株会社制での経営統合を安価に実現したいというニーズを取り込む考えだ。

 富士通は2025~2030年をターゲットに、次世代パッケージを投入する。現在は基幹系システムが担っているバッチ処理やチャネル制御といった機能を分離。シンプルなパッケージを目指す。現在の地銀はエンドユーザーの需要に応えるためにカスタマイズを重ねているが、「10年後ならば(標準機能でもよいなど)割り切れる部分が多くなっているはずだ」と谷田貝敦男執行役員は語る。

 NTTデータは7~10年後をめどに、次世代の銀行サービスに必要な製品群をそろえる。ポイントとして掲げるのが、顧客管理データベース(DB)だ。行動履歴や接客履歴なども蓄積するDBを提供し、一人ひとりの顧客をキーに分析したり、モバイルバンキングやATM(現金自動預け払い機)などと連携したりしやすくする。

 「FLEXCUBE」を提供するオラクルフィナンシャルサービスソフトウェアは、2017年から地銀への営業を本格化させている。FLEXCUBEは業務機能ごとのモジュール単位で導入できるのが特徴。勘定系システムを丸ごと受注するのはハードルが高いが、「共同利用型システムには含まれないことが多い外為機能や貿易金融機能などは受注のチャンスがある」と、宮國均リージョナルセールスディレクターは語る。

図 ITベンダーが提供する勘定系パッケージの変遷
地銀向けでは10年間、新パッケージの稼働実績なし
図 ITベンダーが提供する勘定系パッケージの変遷
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