優れたIT活用事例を紹介する日経コンピュータ主催の「IT Japan Award」。11回目のグランプリにファナックが輝いた。製造業向けIoTプラットフォームの先進事例だ。7月5日の贈賞式と特別講演の内容とともに、ファナックが世界に問う先進事例を紹介する。準グランプリのMonotaROとストロベリーコーンズ、特別賞の旭鉄工と福岡県糸島市の事例も併せて掲載する。

(日経コンピュータ編集部)

 他にも優れたIT活用事例があるのに、完成前のIoT(インターネット・オブ・シングズ)プラットフォームをグランプリに選定すべき――。今年のIT Japan Awardの審査委員会はこの点に議論が集中した。

 対象となったのは、ファナックの「FIELDsystem」。自社製品だけでなくライバルの工作機械や産業用ロボットなども連携することで、工場全体のデータ共有と効率化を実現する。故障予知や制御の最適化を可能にする機械学習機能を実装したアプリなどを提供するほか、API(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)を公開し、ベンチャー企業などにもアプリ開発を促す。

 まさに「日本版インダストリー4.0」と呼び得る先進の取り組みだが、システムはまだ構築途上にある。それでも、「欧米の取り組みに対抗する日本発のIoTプラットフォームとして、オープンなスタンスで取り組んでいる意義は大きい」(審査委員の宮下清 日本情報システム・ユーザー協会常務理事)としてグランプリの受賞となった。

注:第4回まで、グランプリは経済産業大臣賞
注:第4回まで、グランプリは経済産業大臣賞
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 ほかにも2件のIoT活用事例が受賞した。準グランプリのストロベリーコーンズと特別賞の旭鉄工だ。宅配ピザ店を展開するストロベリーコーンズは、ピザ生地の温度管理など店舗でのIoT活用により収益向上につなげた。自動車部品メーカーの旭鉄工は、工場装置の動作のムダを見つけるため、IoTを導入し、2億円のカイゼン効果を上げた。

 準グランプリのもう1社は工具などのネット通販を手掛けるMonotaROで、自社で運営する大規模なEC(電子商取引)サイトをマイクロサービス化しての受賞だ。特別賞に輝いた福岡県糸島市は、移住希望者に人口知能(AI)でお薦め地域を紹介する地域活性化の取り組みで受賞。まさにデジタル先進事例が賞を総なめにした。

 IT Japan Awardは日経コンピュータが2007年に創設した。優れたIT活用事例に光を当て、成功のノウハウを広く共有するのが狙い。今年度の審査対象は日経コンピュータ2016年5月12日号から2017年4月27日号に掲載した事例である。

ファナック
オープンなIoT基盤創る ライバルの機器も連携

特別講演を行う松原俊介 取締役専務執行役員 研究統括本部長
特別講演を行う松原俊介 取締役専務執行役員 研究統括本部長

 「まだリリース前のFIELD systemがグランプリに選ばれ、身が引き締まる思いだ」。ファナックの松原俊介 取締役専務執行役員研究統括本部長は、IT Japan Award 2017贈賞式の後の特別講演で切り出した。FIELDsystemのコンセプトや概要を説明したうえで、2017年秋からFIELD systemの機能を順次提供することを明言した。

 FIELD systemは顧客企業の工場に設置されたファナックや他社の工作機械、産業用ロボットなどをネットワークで結び、センサーなどIoTの仕組みを使って各機器の稼働データを集めて分析できる環境を提供する。これにより工場全体の監視やカイゼンによる最適化を容易にする。さらに機械学習などのAI機能を提供することで、機器の故障予知なども目指す。

図 FIELD systemのソフトウエア構成
2種類のAPIを公開し、機器メーカーやITベンダーに参加を促す
図 FIELD systemのソフトウエア構成
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 概要だけを聞くと、ドイツが国策として推進するインダストリー4.0をはじめとする製造現場のIoT化と同様に思える。FIELDsystemは全てのデータをクラウドに吸い上げるIoTプラットフォームと異なり、主にエッジ側(例えば工場の機器とネットワークでつながれたコンピュータなど)でデータを処理する。ファナックはこれを「エッジヘビー」と呼ぶ。膨大なデータを発生源の近くで処理することで、安全で安定的な運用を図る。

200社巻き込むエコシステム

 ファナックはFIELD systemをオープンなプラットフォームとして育てようとしている。具体的にはFIELD systemで2種類のAPIを公開している。一つは他社製の工作機械やロボットのデータを、共通のデータモデルに変換して取り込む「コンバータAPI」。もう一つが収集したデータにアプリからアクセスできるようにする「フィールドAPI」だ。これにより様々な機器をFIELD systemに接続できるようにするとともに、顧客企業やベンチャーなどの外部企業も独自のアプリを開発することが可能になる。

 業界大手のファナックがオープンなスタンスで取り組んだことで、2016年8月の時点でITベンダーや通信事業者なども含め200社のパートナーを集めた。さらに、AIベンチャーのPreferred Networks(PFN)と資本提携して、機械学習機能を実装するアプリの開発も進めている。こうした先進のエコシステム(生態系)の構築を目指していることがIT Japan Awardの審査委員会で高く評価され、グランプリの決め手の一つになった。

図 FIELD systemの提供方法
パートナー企業がユーザーに提供
図 FIELD systemの提供方法
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 「メーカーや機器を選り好みしない公平なオープンプラットフォームを創る。ものづくりをこの日本から変えていきたい」。松原専務は講演で力を込めた。2017年秋にもデータを収集・分析するアプリをまず提供し、2018年には機械学習機能を実装したアプリをリリースする。ファナックの“志”の真価が問われるのはまもなくだ。

MonotaRO
ECサイトをAPIで分割 マイクロサービス化に挑む

MonotaROの中村武徳 IT部門長兼BPM推進室長
MonotaROの中村武徳 IT部門長兼BPM推進室長

 「システム構築のトレンドは、基幹系も含めてマイクロサービスに向かっている。その先駆的な大規模事例として高く評価できる」。審査委員である松本隆明 情報処理推進機構ソフトウェア高信頼化センター所長は、MonotaROが準グランプリを受賞した理由について指摘する。

 工具や建材など900万点の商品を扱うECサイトを運営するMonotaROは、ECサイトをはじめ受発注や在庫管理などの主要システムをマイクロサービス化で再構築する取り組みを推進してきた。マイクロサービスはアプリを機能分割し、それらを疎結合することでシステムを形作る手法だ。大規模化し複雑化したシステムの課題解決の決め手として注目されている。

 MonotaROは全てのシステムを自ら作る「完全内製」の開発方針を当初より貫いた。約70人のIT担当者をチームに分け、アジャイル手法でシステムを構築してきた。ただ、売上高を2011年12月期の222億円から2016年12月期には696億円と、5年間で3倍以上に増やしており、急成長に対応できるシステム基盤の構築が課題だった。

特命チームでDevOpsも推進

 一般にマイクロサービスを採用する目的は、システムを構成するアプリ(サービス)を部品化して改修しやすくすることだ。アプリ同士をHTTPベースのAPIで連携させるので、アプリ同士の相互依存が低く、あるアプリを変更しても全体への影響を低く抑えられるわけだ。

 それに対してMonotaROの場合、事業拡大に耐えられるよう、システムの拡張性を高めることが主な目的だ。

 例えばECサイトでは当初、リレーショナルデータベースのMySQLを採用したが、データの入出力をAPI化することで、データベースを柔軟に変更できるようにした。さらにトランザクション処理が必要なアプリと、そうではないアプリによってアクセスするデータベースを分けた。トランザクション処理が不要なアプリ向けにはNoSQLを使っていくが、データの入出力をAPI化することで、データベースを切り替えても、基本的にアプリの変更は不要になる。

 マイクロサービス化と併せ、DevOpsにも取り組んだ。アジャイル開発では、アプリのリリースに当たって開発チームとインフラチームの双方が“お見合い”してしまい、作業が遅延するケースがあるからだ。そこでDevOps推進の特命チームが、アプリのリリース作業の自動化環境を整備し、2016年9月から社内での利用を開始した。CI(継続的インテグレーション)ツールを活用して、自動で構築、テストできるようにしてシステムの品質向上につなげた。

図 MonotaROのIT部門の組織概要
開発体制を試行錯誤
図 MonotaROのIT部門の組織概要
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ストロベリーコーンズ
IoTで店の冷蔵庫を見張る LPWAで通信費を大幅削減

 「SIGFOXをいち早く採用してシステムを構築し、実際に効果を上げている点が評価できる。本事例はLPWAによってIoTが身近になることを証明しており、とても参考になるのではないか」。審査委員長の桔梗原富夫 日経BP総研 イノベーションICT研究所所長は、準グランプリのストロベリーコーンズの取り組みについて、こう評価する。

 宅配ピザ販売店「ナポリの窯」を全国に130店展開するストロベリーコーンズは2017年2月、冷蔵庫に温度センサーを取り付けてインターネットにつなぎ、食材の廃棄ロスを減らすIoTシステムを稼働させた。本社社員やスーパーバイザーらが24時間、店の冷蔵庫の温度をスマートフォンで確認して、異常があれば店に連絡できる仕組みだ。

 ナポリの窯の売りは手作りのピザ生地だが、重要なのが厳格な温度管理だ。工場で1次発酵させて店に運んだピザ生地は、冷蔵庫で寝かせて2次発酵させる。その際の温度管理で許容できる誤差は2~3度と厳格さが求められる。注文が続いて冷蔵庫のドアをきちんと閉めなかったり、店の室温が高過ぎたりすると冷蔵庫内の温度が上昇し、ピザ生地が発酵しすぎて売り物にならなくなる。

図 ストロベリーコーンズが導入した温度管理システムの仕組み
データ収集にLPWAのSIGFOXを採用
図 ストロベリーコーンズが導入した温度管理システムの仕組み
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 そこでストロベリーコーンズは、冷蔵庫などの温度をスマホで確認する仕組みを検討。業務用の温度センサーを使えばよいというところまでは見通しが立ったが、問題は通信手段だった。薄利多売の宅配ピザ店にとっては、月額1万円以上はおろか1000円程度でも導入することは難しいからだ。

防犯用途への活用も探る

ストロベリーコーンズの宮下雅光社長
ストロベリーコーンズの宮下雅光社長

 宮下貴弘副社長らが頭を悩ませていたところ、以前から懇意にしていたベンチャー企業のアイ・サイナップから、LPWA(ローパワー・ワイドエリア)の無線通信サービス「SIGFOX」を使うアイデアを持ちかけられた。日本では京セラコミュニケーションシステムがサービスを提供しており、通信費は1店当たり年間で1000円程度だ。

 これで一気にIoTシステム導入のめどが立った。温度センサー付の子機5台と親機1台のシステムを、まず60店の直営店に導入。店内の冷蔵庫と冷凍庫のほか、店舗入口や調理スペースにも子機を取り付けた。温度データを親機からSIGFOXで15分ごとにクラウドに送り、スマホで確認できるようにした。導入効果を見極めたうえで、フランチャイズ店のオーナーに導入を提案していく計画だ。

 「ドアセンサーや人感センサーと組み合わせれば、高額の警備サービスを不要にできる可能性もある」(宮下副社長)と防犯用途への活用も探る。

旭鉄工
手作りIoTでカイゼン活動 効果抜群で2億円を節約

旭鉄工の木村哲也社長
旭鉄工の木村哲也社長

 「生産現場で創意工夫を凝らしてIoTに取り組んでいる点が評価できる。カイゼンの成果も明確で、日本の製造業の現場力が見える事例」(審査委員の伊藤重隆 情報システム学会会長)。

 特別賞の旭鉄工もIoTシステムの事例だ。特徴は、同社の木村哲也社長が主導して、ほぼ自前でシステムを作り上げたことだ。東京・秋葉原の電気街で購入した50円の光センサーや250円の磁気センサーなどを使ってシステムを構築し、生産現場のカイゼンに活用して大きな成果を上げた。

 旭鉄工は自動車のエンジン部品やサスペンション部品などを製造する。エンジン部品の一つであるブッシングバルブガイドは、トヨタ自動車向けでは国内シェア85%を占めるという。IoTシステムはこうした部品を製造する装置に取り付けたセンサーによってデータを収集。無線LANを通じて工場内のスティック型PCに集め、そこからクラウド上のシステムに送ってデータを加工して、PCやスマートフォンから参照できるようにした。

 「データを正確に測れないのであれば、自動で測る仕組みを作ればいいではないか」。IoTシステムの開発は、木村社長の言葉をきっかけに始まった。ストップウオッチを片手に持った従来のカイゼン活動では、動作速度の速い製造装置の動きを正確に測れない。そこで、データを自動で測定することにしたが、「システムは製造装置が動いたかどうかを記録できればよい」と割り切った。

 IoTシステムを使ったカイゼン活動の結果、計画していた製造装置の追加購入が不要になり2億円超の節約につながるなど、劇的な効果を上げた。手応えを実感した旭鉄工は、レッドハットのBRMS(ビジネスルール管理システム)ソフトなどを活用して、システムの構成や操作性を刷新し、自社の様々な製造ラインに横展開を図っている。

図 旭鉄工が構築したシステムの概要
手作りのIoTで工場を可視化
図 旭鉄工が構築したシステムの概要

福岡県糸島市
地方への移住をAIで促進 希望者にお薦め地域紹介

糸島市の月形祐二市長
糸島市の月形祐二市長

 「過疎化、高齢化という多くの自治体に共通の社会的課題にAIで挑んだ点は先進的。成功すれば他の自治体への横展開などの応用が期待できそうだ」(審査委員の大和田尚孝日経コンピュータ編集長)。

 もう一つの特別賞には、福岡県糸島市が輝いた。福岡県最西部にある人口約10万人の糸島市が九州大学、富士通研究所と共同で狙うのは、AIを活用した移住促進だ。

 システムでは、まず希望者に属性を尋ねる。属性は性別や年齢、職業、自動車の有無、勤務地、自然志向か、子供の有無(子供がいる場合、未就学か)、収入、農業をしたいか、景観を重視するか、など20項目弱。属性を基にAIが市内の163行政区からお薦めの地域を選び、どの項目を重視したかとともに提示する。「市の担当者が持つ、希望者から本音を引き出す会話ノウハウも実装していきたい」と九州大学マス・フォア・インダストリー研究所の穴井宏和教授は話す。

 AIシステムでは、移住希望者の属性と好みとの関係を表す数理モデルを利用する。統計手法の回帰モデルやマーケティングの選択モデルなどに独自手法を加えたという。モデルは機械学習で改善していく。担当者のノウハウは「もし…なら~せよ」というルールベースで実装する予定だ。

 糸島市は自然の豊かさと、福岡の中心部から約30分というアクセスの良さが評価され、移住希望者は増えているという。AIで市の担当者の作業負荷を減らし、「希望とズレている」といったミスマッチの解消を狙う。機械学習を続けることで、マッチングの精度向上を目指す。

 2017年3月末で終えた当初の実証実験では、システムは糸島市の担当者による説明を補佐する役割を果たした。今後はWebサイトにシステムを実装して一般公開する。2017年7~12月の予定で市への移住相談者、移住・定住支援イベント参加者などを対象に、さらなる実証実験を進めたうえで、2017年度中の実用化を目指す。

福岡県糸島市の定住促進サイト「糸島生活」のページ(上)と、AIマッチングシステムの画面例(右)
福岡県糸島市の定住促進サイト「糸島生活」のページ(上)と、AIマッチングシステムの画面例(右)
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「IT Japan Award 2017」は、ITベンダー各社の協賛により実施した(社名の表記はアルファベット順)

シスコシステムズ、Dell EMC / EMCジャパン、HDE、日立製作所、日本ヒューレット・パッカード、日本IBM、日本マイクロソフト、日本オラクル、日本リミニストリート、日本ユニシス、野村総合研究所、NTTデータ、レッドハット、セールスフォース・ドットコム、シグマクシス、シリコンスタジオ、新日鉄住金ソリューションズ、トレンドマイクロ

IT Japan Award 2017審査委員会

審査委員長は日経BP総研 イノベーションICT研究所所長の桔梗原富夫(右から2人目)。審査委員は情報処理推進機構ソフトウェア高信頼化センター所長の松本隆明氏(左端)、情報システム学会会長の伊藤重隆氏(右端)、日本情報システム・ユーザー協会常務理事の宮下清(左から2人目)。本誌を代表して編集長の大和田尚孝(中央)も参加した。