シリコンバレーでIT関連の投資活動をする筆者が最新のVR(仮想現実)情報を紹介する。新連載の初回はVR用ヘッド・マウント・ディスプレー(HMD)の現状と、米国がけん引する世界市場のトレンドをお伝えしよう。

 この1~2年ですっかりおなじみの言葉になったVR(仮想現実)。テレビなどで報道される機会が増えて、実際に体験してみた読者も多いのではないだろうか。

 現在のVRブームを作った立役者は、やはりITベンチャーの米オキュラスVRだろう。オキュラス(Oculus)とはラテン語で目という意味で、現代の英語では目の形をした丸い穴やデザインを指す。

 カリフォルニア州立大学ロングビーチ校を中退したパルマー・ラッキー(Palmer Luckey)氏が、クラウドファンディングサービスの「Kickstarter」上でVR用HMD「Oculus Rift」の資金調達キャンペーンを開始したのは2012年8月のことだ。

 同キャンペーンでは資金調達額の目標として設定していた25万ドル(2750万円)をわずか1日で達成した。最終的には240万ドル(2.6億円)あまりを集めた。

 2年後の2014年、オキュラスは米フェイスブックに20億ドル(2200億円)で買収された。この一件を境に、VRを取り巻く環境は激しく変化し始める。世界の大手IT企業や携帯電話メーカーが、こぞってVR市場への参入を表明。2015年末から2016年にかけて、消費者向けの主要なVR用HMDが出そろうことになった。

図 主なVR用HMD
世界のIT大手が相次ぎ参入
図 主なVR用HMD
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米国とアジアの企業が入り乱れる

 スマートフォン(スマホ)の世界市場シェアが20%を超える(米IDC調べ)韓国サムスン電子はオキュラスと組んで、VR用HMD「Gear VR」を2015年11月に発売した。Gear VRはサムスン製スマホ「Galaxy」をHMD前面に装着し、ディスプレー兼コンテンツ再生装置として使う。PCと有線接続する必要のある既存のVR用HMDと異なり、ワイヤレスで利用できるモバイルVRの先駆けとなった。

 フェイスブック傘下となったオキュラスVRも2016年3月、初の消費者向けRiftの出荷を開始。台湾の携帯電話メーカーであるHTCがPCゲームのオンラインサービス運営で有名な米バルブ(Valve)と組み、同年4月にVR用HMD「Vive」を発売した。

 日本企業ではソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)が「PlayStation VR」の出荷を同年10月に開始。米グーグルも同社初の本格的なモバイルVRである「Daydream」を同年11月に発売した。AR(拡張現実)向けヘッドセットを開発・販売する米マイクロソフトも含めると、主要な米IT企業とアジアを代表するメーカー3社が入り乱れる、群雄割拠の産業となりつつある。

 日本でVRブームに火が付いたのは2016年ごろだ。SIEがPlayStation VRを発売した2016年10月13日には、待ちきれない消費者が開店前の家電量販店に列を作った。この一件で、VRの存在は一般向けにも認知され始めたと言える。

 とはいえ筆者は、日本市場は米国に比べて今ひとつ盛り上がりに欠けると感じている。理由の一つとして考えられるのが、PCゲーム市場の規模が米国に比べて小さいことだ。調査会社DFC Intelligenceによると、2015年のPCゲーム市場は米国が42億ドルに対して日本は18億ドルと半分以下にとどまる。

 現在の主流であるOculus RiftやHTC ViveといったVR用HMDは、高性能なゲーム用PCを使うことを前提にしている。VR用HMD本体の価格は7万~10万円。加えてゲーム用PCの価格は10万円以上だ。ゲーム用途の高性能なPCが普及している米国に対して、高価なPCを買い足す必要がある家庭が多い日本では、PC接続型のVR用HMDは苦戦しているように見える。

 モバイル型のVRも日本での普及はこれからだ。グーグルはDaydream用HMDである「Daydream View」の日本での発売日を発表していない。

 現時点の国内VR市場は、米国の周回遅れといった状況。伸びしろが大きい市場とも言える。

ビジネス用途とソフトがけん引

 VRに関する世界の市場動向はどう変化していくのだろうか。二つの調査結果を基に今後を占ってみたい。

 調査会社IDC Japanによれば、世界のVR市場は2017年の139億ドル(1兆5550億円)から、2020年に1433億ドル(16兆330億円)まで増える。一方、米ゴールドマン・サックス・グループが2016年初めに発表したVR/ARの市場予測では、2020年の市場規模は280億ドル(3兆円)前後だ。

 調査の前提が異なるため、市場規模予測の絶対額の違いにはさほど意味がない。重要なのは、それぞれの調査が示す内容の変化だ。

 IDC Japanの調査によれば、今後の市場拡大のけん引役はビジネス用途だ。ゲームなど消費者向けVR市場の割合は2017年時点で全体の4割を超えていたが、2020年には2割に低下。組み立て製造業や小売業をはじめとする、ビジネス用途の割合が8割を超えるまでになると予想する。

図 世界のAR/VR関連市場の支出額予測
ビジネス向けが急拡大
図 世界のAR/VR関連市場の支出額予測
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 一方、ゴールドマン・サックスの調査は、ソフト市場が急拡大してハードと並ぶ規模に成長するとみる。2016年のVR市場はほぼ全てがHMDの売り上げで構成された。2018年ごろから徐々にソフトウエアの割合が増えていき、2020年ごろには半分を占めるようになるという。

図 VRのハードとソフトの市場規模予測
ソフトの比率が急拡大
図 VRのハードとソフトの市場規模予測
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 筆者もソフトやコンテンツの充実がVR市場拡大のカギを握ると考えている。PCやスマホと同じく、VRもハードの普及とソフトの充実は自動車の両輪のような関係にある。VRについても、まずは消費者とのタッチポイントであるハードウエア(HMD)の普及期があり、徐々にコンテンツや関連ソフトウエアが増えていくだろう。2017年初めの時点では、VR用HMDの累計出荷台数は全世界でおよそ700万台だ(筆者調べ)。

図 世界全体での主要なVR用HMDの累計出荷台数
全世界でまだ700万台足らず
図 世界全体での主要なVR用HMDの累計出荷台数
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 今のところコンテンツ市場で目立つのはゲームだ。HTCのViveを共同開発したバルブが運営するPCゲーム配信サービス「スティーム(Steam)」ではVive向けVRゲームも販売しており、タイトル数は1500を数える。バルブの2017年2月の発表によれば、25万ドル(約2600万円)を超える累計売上高を達成したVRゲームタイトルが30本に達したという。

 スティームで配信するVRゲームでよく売れているタイトルの一つが「Job Simulator」だ。様々な職業をVR空間の中で体験できるゲームで、米オースティンを拠点にするオウルケミー・ラボ(Owlchemy Labs)が2016年4月に発売した。同社は2016年を通じて300万ドル(3.3億円)以上を売り上げたと発表している。同社に対してはグーグルが2017年5月10日に買収を発表した。

 VRゲームで最も人気のあるジャンルはシューティングゲームだろう。代表作が米ロサンゼルスに本社を構えるサービオス(Sur vious)が開発する「ローデータ(Raw Data)」。2016年7月に約40ドルで発売され、最初の1カ月で売上高が100万ドル(1.1億円)を超えた。目の前に迫るヒト型ロボットを銃や剣で倒すゲームで、そのクオリティの高さが利用者に支持されたとみられる。

不動産分野での活用も進む

 ゲーム以外では不動産分野でも活用が進む。米サニーベールにある2010年設立のマターポート(Matterport)は、不動産向けVRサービスの先駆け的な存在だ。

 同社のサービスは独自開発した3Dカメラを使い、戸建てやマンションの部屋の3Dモデルを作り出すというもの。不動産会社はマターポートの3Dカメラで撮影した3Dモデルをつなぎ合わせて、販売したい不動産の仮想的なモデルルームを作成し、買い手や借り手にVR内覧を提供できる。利用者も不動産会社も実際に現地に行く時間と手間を省ける。

 インサイトVR(InsiteVR)は建築事務所を顧客にする。同社が提供するのは、建物の設計を受託する建築事務所と設計を発注した不動産デベロッパーが、VR空間で設計図面データを共有できるサービスだ。

 建築事務所にとって設計図面を不動産デベロッパーとの間で何度もやり取りする作業は負担が大きい。設計図は基本的には紙ベース。もし3Dモデルを作っても、これまでは2次元のコンピューター画面を通じてしか共有できなかった。

 インサイトVRのサービスを使うと、建築事務所は設計図面データなどを基にVR用の3Dモデルを作成できる。不動産デベロッパーは実際の寸法に沿った建物の外観や間取りをVR空間内で閲覧でき、平面的な設計図面データよりも完成版のイメージをつかみやすい。建築事務所は同サービスを活用することで、不動産デベロッパーとのミーティングの回数を減らせる。

 ソフト開発会社だけでなく、VR用HMDのメーカーもコンテンツの充実を急いでいる。オキュラスは2016年10月に開催した開発者向けイベント「Oculus Connect 3」で、これまでに2億5000万ドル(275億円)をコンテンツ開発に投資したと発表した。今後も同規模の投資を続けていくという。新たな投資のうち1000万ドル(11億円)は、教育向けコンテンツの拡充に振り向けるとしている。

 HTCは2016年4月に1億ドル(110億円)を投じて、VRに特化したアクセラレータプログラム「Vive X」を始めた。アクセラレータプログラムとは大企業とベンチャー企業を結びつけて、新規事業の創出を促す取り組みだ。

 業界を挙げて進むVR用コンテンツの充実。なかでも最近になって目覚ましい発展を遂げているのが、医療分野でのVR/ARの活用だ。内容は大きく分けて患者向けの治療やリハビリの支援、医師や看護師のトレーニング/シミュレーションなど。次回はこれらを解説する。

筒井 鉄平(つつい・てっぺい)氏
米GREE VR Capital CEO(最高経営責任者)
2011年7月にグリーに参画し、米オープンフェイントやポケラボの買収を含め、財務・M&A 実務責任者として数多くの買収・戦略投資を実施。2014年11月からは米国子会社GREE Internationa(l 現GREE International Entertainment)で主に非ゲーム領域における戦略投資をリード。2016年4月にGREEVR Capitalを米国で組成し、最高経営責任者に就任(現職)。グリー入社前はモルガン・スタンレー証券でM&Aアドバイザリー業務、三菱商事でネット事業の立ち上げや日系メーカーの海外事業開発に従事。