写真:Getty Images、iStock
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「コンピュータ付きブルドーザー」と呼ばれていた田中角栄元首相が日本を高速交通網で結ぶ「日本列島改造論」を発表してから45年。人工知能(AI)が建設機械を運転する時代が到来しようとしている。AIは熟練の技術者たちの匠の技を吸収し、道路や橋などの整備や老朽化対策に役立ち始めた。深刻な課題となっている労働力不足を解決する力も秘める。AIで新たな日本改造に挑む建設現場の最新事例に迫る。

 ドドドドドド――。道路の整備や盛り土などの工事で使う振動ローラーの轟音が鳴り響く。車体前方の鉄製のローラーが小刻みに振動し、地面を押し固めている。振動ローラーの操作には、経験豊富なベテランの技が必要だ。運転者は感覚を研ぎ澄まし、地面の微妙な凹凸を感じながら、操作レバーやハンドルを調整。見る間に地面を平らに舗装していく。

 不慣れな人間が運転するとそうはいかない。路面に押し固めていない箇所が生じてしまうため、何度も往復する必要がある。

 「振動ローラーの運転に必要とされる匠の技をAIに覚え込ませて、今後の課題となる人材不足を解消したい」。こう話すのは大成建設の今石尚技術センター生産技術開発部長だ。同社は2017年4月、AIを搭載して無人運転を実現する振動ローラーの開発に乗り出した。建設現場では労働者不足が課題となっており、振動ローラーの運転者の減少を解決するのが狙いだ。

 同社は2019年度から道路工事の現場で実証実験を開始。2025年度内にも一部の建設現場で本格利用を始め、順次実用化していく計画だ。

図 大成建設が開発中の、振動ローラーを運転する仕組み
建設機械の無人運転が現実に
図 大成建設が開発中の、振動ローラーを運転する仕組み
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深層学習がハンドルさばきを覚える

 AIを搭載した振動ローラーは最初から無人運転できるわけではない。学習させる必要がある。まずはベテランの運転者がAI搭載の振動ローラーに乗車し、運転してみせる。AIは深層学習(ディープラーニング)の技術を使い、ベテランの“ハンドルさばき”を操縦履歴データとして収集。車体に取り付けたセンサーが収集するデータを組み合わせて分析し、最適な操作方法を学ぶ。この作業を繰り返して「AIの運転技術をベテランの技に近づけていく」(同社の片山三郎技術センター先進技術開発部課長代理)。

 走行中に作業員などと接触するのを防ぐ「安全停止システム」も開発中で、AIを搭載した振動ローラーに実装する。安全停止システムでも深層学習を使う。運転席の屋根の上に設置したカメラが撮影した映像を解析して、周囲の作業員などの存在を認識。人間の接近を検知すると警報を鳴らしたり走行を停止したりする。

トンネルを掘るのもAI

 建設現場でAIの実用化を狙うのは大成建設だけではない。清水建設は道路や下水道などのトンネルを掘り進むシールド機の運転を、AIに代替させようとしている。

 シールド機は地中を横方向に掘り進める建設機械だ。前面いっぱいの円盤に取り付けたカッターが回転しながら土を砕き、発生した土砂を後方に排出。掘り進めた壁面は、コンクリートブロックで固めていく。

 シールド機の運転操作も振動ローラー同様に簡単ではない。「熟練のオペレーターが個人の経験や技量に基づいて運転操作する。ノウハウは簡単に身に付くものではない」。清水建設の中谷武彦土木技術本部シールド統括部課長はこう説明する。

 シールド機の運転操作を間違えると、当然のことながら事故につながるリスクが高まる。例えば、シールド機の進むスピードと土砂の排出量のバランスを考慮しないと、トンネルが崩れる可能性がある。シールド機の運転操作は自動制御されているわけではない。ベテランのオペレーターが、シールド機の速度やカッターが接している土砂の圧力、地質の軟らかさなどの条件を総合的に判断し、微調整しているのだ。

 清水建設はAIを搭載したソフトウエアを開発しており、既に熟練オペレーターの運転操作の約7割を再現しているという。AI搭載ソフトでもやはり、熟練の運転者にシールド機を運転させて操作履歴データやシールド機の稼働データを収集・蓄積するところから始める。稼働データとはシールド機の速度やカッターに接する土砂の圧力などである。これらをAIに学習させ、ベテランの技を“継承”する。この作業を清水建設は、名古屋大学の研究チームと共同で進めてきた。

 ベテランの運転操作の手順をモデル化するには、機械学習の手法の一つである「決定木」を使う。多数のデータを読み込み、条件によって振り分けて、構造化する手法である。

 今後は決定木だけにこだわらず、機械学習の様々な手法を比較・検討し、AIがベテランのオペレーターを代替できるようにしていく考えだ。「既に深層学習の利用も始めている。こちらも有力な手法として使えそうだ」と中谷課長は手応えを見せる。

 同社は2020年をめどに、建設現場の一部でAI搭載ソフトをシールド機の操作に導入する方針。最初から完全自動運転を想定するのではなく、当面はAIと人間のオペレーターがタッグを組むという。「しばらくは安全性を考慮して完全自動運転にはしない。緊急時などには人間の判断が必要になると考えている」(中谷課長)。

写真 清水建設がAI搭載ソフトでの 運転を目指すシールド機(左)とシー ルド機を運転室で操作する様子
写真 清水建設がAI搭載ソフトでの 運転を目指すシールド機(左)とシー ルド機を運転室で操作する様子
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下水道管の点検スピードを10倍に

 様々な建設分野でAIを活用する取り組みが活発になってきた。先行する企業や研究機関などが狙うのはいずれも生産性の維持・向上だ。作業の一部もしくは全部をAIに代替させるというわけだ。

 対象範囲は道路やトンネルなどといったインフラの新設工事に限らない。既に整備されたインフラの維持点検にも期待がかかる。

 老朽化した下水道管を効率よく点検するため、AIを活用するのが地質調査の川崎地質だ。下水道管は老朽化が進むと、道路の陥没事故を引き起こしかねない。下水道管の一部に穴が開いたり管と管の接合部に隙間ができたりすると、周囲の土砂が入り込んで周囲に空洞を発生させるからだ。空洞が大きくなると地表に穴が開く。国土交通省によれば、下水道管の老朽化が原因で発生した路面の陥没事故は2015年度だけで実に約3300カ所に及んだという。

 陥没事故を防ぐには、地中の空洞の有無を早期に発見する必要がある。川崎地質は地中の空洞探査に深層学習を活用している。既に試験導入したところ、作業時間が10分の1に減った。

 AIを使った空洞探査の手順はこうだ。まず、専用のレーダー装置を搭載した車両を、下水道が埋設されている道路上を走らせる。レーダー装置は地中に電磁波を放射し、反射してきた波形を基に「レーダー画像」を合成する。このレーダー画像の解析に深層学習を使う。

 調査作業は従来、熟練の技術者が担当してきた。ベテラン数人がレーダー画像を目視し、勘と経験に基づき、空洞があるかないかを見分けていた。道路100キロメートル分のレーダー画像をベテラン技術者が解析する場合、1カ月ほどかかるという。AIを併用すると約3日で完了するようになった。異常のない場所を全て除去できるからだ。もちろん最終的な判断は人間が下す。川崎地質は同社が手がける調査業務に試験導入を進めており、2017年7月から本格利用を始める計画だ。

 建設現場のIT活用を進めるために、建機メーカーは建設現場向けのソリューションを整備している。コマツは2015年2月に「スマートコンストラクション」を、日本キャタピラーは2016年4月に「Cat Connect Solutions」を開始した。いずれも、調査・測量で収集した3次元データを施工などの工程でも共有して活用できるのが共通点だ。そうしたデータを基に、センサーやGPS(全地球測位システム)などを搭載した建機で施工を自動化。各工程で必要なデータは、それぞれが提供するクラウド上で管理するという。

表 2016年以降に発表された建設現場でのAI活用の主な取り組み
深層学習を採用する建設分野の企業が増加
表 2016年以降に発表された建設現場でのAI活用の主な取り組み
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10年で110万人の匠がいなくなる

 建設現場でAI活用に取り組む企業が増えている最大の理由は、労働力不足が深刻だからだ。建設現場で働く技能労働者は2024年までの10年間で、全体の約3分の1に当たる約110万人が離職する見通し。避けがたいこの課題を解決するため、建設分野の各企業がこぞってAIを使って生産性を高め、作業品質を維持しようとしている。

 深刻な状況を打開するために、国も動きだしだ。代表例は国交省が2016年度に本格的に推進し始めた、建設現場にITを活用する取り組み「i-Construction(アイコンストラクション)」だ。石井啓一国交相は「2025年度までに建設現場の生産性を2割向上する」と目標を説明する。

 i-Constructionは調査・測量から設計、施工、検査、維持管理・更新まで、建設現場の全工程を対象としている。これまでのIT活用は主に施工工程が中心だった。

 調査・測量の工程ではドローン(小型無人機)や3次元のレーザースキャナーを使って測量を自動化。測量にかかっていた期間を短縮するとともに、精度を上げる。

 収集したデータを基に、3次元の設計図面のデータを作成。施工計画などのデータも組み合わせて、建機が自動で施工を進める。3次元データを活用すると維持管理や更新の工程を見据えた保守性の高い設計が可能になる。建設現場での設計情報やその後の点検内容を記録しておけば、点検や診断、修繕工事の手間も削減できる。

建設現場でソフト開発力が必要に

 i-Constructionを実現するには官公庁や地方公共団体など工事を発注する立場の各機関に加え、建設会社や測量機器メーカー、建機メーカー、IT企業などの連携が欠かせない。

 こうしたことから国交省は2017年1月に推進組織「i-Construction推進コンソーシアム」を設立。2017年6月時点で企業や大学、自治体など730社・団体が参加している。大手ゼネコンのほか、コマツやキャタピラージャパンなどの建機メーカー、富士通や日立製作所、日立ソリューションズなどのIT関連企業が名を連ねる。IoT(インターネット・オブ・シングズ)やAI、ビッグデータ分析などの新技術を取り入れやすくするのが狙いだ。

 「これまでは顧客と建機に詳しければよかったが、これからはITを駆使するデジタル技術も取り込まなくてはいけない」。キャタピラージャパンのザック・カーク会長は今後の人材戦略をこう話す。

 振動ローラーにAIを搭載しようとしている大成建設もソフト開発力の強化を進めたい考えだ。「AIに強いベンチャーや大学など外部との連携を視野に入れている」(大成建設の片山課長代理)。

 建設会社や建機メーカーにとっては新たな人材を獲得する必要がある一方、IT業界の技術者から見れば活躍のチャンスがこれまで以上に広がりそうだ。

図 国土交通省が推進する「i-Construction」
最新ITで人手不足を解決
図 国土交通省が推進する「i-Construction」
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建設現場の誰もが“天才”になれる
国土交通大臣
石井 啓一 氏

なぜ「i-Construction」に取り組むのですか。

石井 啓一(いしい・けいいち)氏
石井 啓一(いしい・けいいち)氏
1958年生まれ。1981年東京大学工学部卒業、建設省入省。道路局課長補佐を経て1992年に退職。1993年に衆院選挙で初当選。財務副大臣、公明党政務調査会長などを歴任した。2014年の衆院選で8期目の当選を果たし、2015年10月に国土交通大臣に就任。現在に至る(写真:吉成 大輔)

 測量から設計、施工、検査、維持管理に至る全ての事業プロセスでICTを活用し、建設現場の生産性を飛躍的に向上させることを目指しています。IoTやAIといった革新的な技術を建設現場に取り入れることで、国内の労働人口が減っていくなかでも、それを上回るだけの生産性向上を実現し、経済成長を果たしていきたい。

 安倍内閣では、名目GDP(国内総生産)を現状から約100兆円増やして、2020年までに600兆円とする目標を掲げました。国土交通省は目標の実現に向けて20項目にわたる「生産性革命プロジェクト」を進めています。i-Constructionはその目玉施策の一つという位置付けです。

本格始動は2016年度でした。

 そうです。2016年度はまず「土工」から手を着けました。他の工種(建設工事の種類)に比べて効率化が遅れていて改善の余地が大きいからです。

 土工とは山を削る「切り土」、土を盛る「盛り土」の工事を指します。まずは国交省が発注する大規模な工事を対象に、ICTを活用した土工、いわゆる「ICT土工」を全国で584件実施しました。

ドローンで測量作業を短縮

 具体的に現場で取り組んだのは、工事に入る前の測量にドローン(小型無人機)を活用して地形の3次元データを取得したり、ICT建設機械に3次元の設計データを入力して半自動で施工したりといったことです。

 これまでは2次元の図面を基に工事を進めてきましたから、3次元データを使おうとすると、そのための基準が必要になります。ですので、2016年春に新たに基準を整備しました。これについては、国交省の職員が一生懸命に取り組みました。

ICTの活用による効果は、どの程度ありましたか。

 従来は人手で実施していた測量にドローンを用いることで、データの整理も含めて2週間ほどかかっていた作業がわずか数日で済むようになりました。また、ICT建設機械を導入すれば、熟練オペレーターでなければ難しい作業も少し練習するだけでできるようになります。

 実は、ICT建設機械については2016年にコマツに協力してもらって試乗しました。あまりに上手に操作できるので「ひょっとして俺は天才じゃないか」などと勘違いするくらい(笑)。

 改めて手動で操作してみるとやはり全然ダメ。いかにICT建設機械の施工精度が高いか、大いに実感しました。

 ICT建設機械の周囲には作業の補助者を配置する必要が無くなるので、接触事故を起こすリスクが下がった点も効果の一つだと感じています。

 ICT土工では工事終了後の検査にもドローンなどを活用しています。これまでは設計通りに完成しているかどうかを人手をかけて数十メートルごとに測っていたのですが、ドローンなどを使えば全体を素早く計測できる。計測結果も3次元データで提出してもらうなど、手続きを圧倒的に簡素化しました。

成果が得られ始めているのですね。

 工事の受注者を対象とするアンケート調査では、測量から検査までにかかる作業時間が平均で約23%も減少したという結果が得られています。

 政府の未来投資会議では、建設現場の生産性を2025年までに2割向上させる目標を掲げました。具体的な指標などが決まっているわけではありませんが、作業時間や現場に投入する職人の人数などを比較することで効果を評価できると考えています。