ユーザー企業を取り巻く様々な難題に、IT部門はどう立ち向かっているのか。1071社のIT部門長への調査を基に、ユーザー企業のIT投資・活用の最新動向を5回連載で分析してもらう。第1回はIT投資について取り上げる。

 人工知能(AI)やIoT(インターネット・オブ・シングズ)など急速に進化する技術の取り込みが、企業にとって急務になっている。一方で、高度化するサイバー攻撃の脅威や情報基盤の老朽化、IT人材の高齢化といった課題も山積している。

 ユーザー企業のIT部門にとって、2017年は一つのターニングポイントと言える。今こそ、経営層や事業部門と連携して的確なIT戦略を立案・遂行し、ビジネスのデジタル化を推進する役割が求められている。

 本連載では、日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)が実施した最新の調査結果をまとめた「企業IT動向調査2017」(概要は63ページ参照)を基に、2017年度のIT戦略の重要テーマを5回にわたって紹介する。第1回はIT投資の動向について解説する。

投資は活発だがピーク越え

 2014~2017年のIT投資の増減を図に示す。「計画」は調査実施年度の計画値で、当該年度のIT予算の実績値に近い数値と考えられる。「予測」は、次年度の予測値を示している。

 2016年度計画を見ると、企業のIT投資が活発化している様子がうかがえる。回答企業の約半数(45.8%)が、2015年度計画よりも増加したと回答している。

 IT予算の増減傾向を分析するために、IT予算が「増加する」割合から「減少する」割合を引いたディフュージョン・インデックス(DI)値を見てみると、2016年度計画は21.7である。IT予算を増やす企業が、減らす企業を大幅に上回っていることが分かる。2017年度予測でもDI値は17.7と、IT予算を増やす企業が多い。

 一方で、ここ数年続いてきた増加傾向は鈍化しそうだ。リーマンショック前後からの予測値のDI値の推移を見ると、リーマンショック直後の2009年度に調査した2010年度予測で、マイナス4.0と底を打っている。以降はほぼ増加の一途をたどってきたが、2017年度予測でいったんピーク越えを迎えていることが分かる。計画値についても、同様のことが言える。

図 過去3年間のIT予算の増減
積極的なIT投資が続くも、予算増加傾向はピーク越え
図 過去3年間のIT予算の増減
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 とはいえ、IT投資意欲はいまだ高い水準にある。2017年度予測のDI値は、直近の2016年度、2015年度に続いて過去10年間で3番目に高い。また2017年度予測の増減の内訳を見ても、約半数が「不変(前年並み)」と回答している。増加し続けてきたIT予算を、そのまま高い水準で維持しようとする企業が多いと見て取れる。

図 IT予算(次年度予測)増減の推移
予算の伸びは過去10年間で3番目
図 IT予算(次年度予測)増減の推移
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 売上高規模別で見ると、中堅中小規模の企業でIT投資を増やす動きが目立っている。

 最も投資意欲が旺盛なのは、売上高が100億円以上1000億円未満の企業。2016年度計画のDI値は23.6と、全体を上回っている。また2017年度予測のDI値は20.7で、ほかのどの層よりも高い。

 100億円未満の企業も、IT投資を増やす意向を強めている。2016年度計画のDI値は14.2、2017年度予測のDI値は18.6と、2017年度予測が2016年度計画を上回っている。

 1000億円以上1兆円未満の企業は、2016年度計画のDI値は30.2と高い。だが、2017年度予測のDI値は13.6と大幅に減少している。代わりに、不変が15.2%から42.4%に増加している。積極的なIT投資を維持する計画だと見て取れるが、増加傾向は一段落したと考えられる。

図 売上高別IT予算の増減
売上高1000億円未満の企業で、IT投資が活発に
図 売上高別IT予算の増減
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大企業ではIT投資が減少

 IT予算減少の動きが目立つのが、1兆円以上の企業。2016年度計画のDI値は12.2、2017年度予測のDI値は6.1で、IT予算を減少させる企業の割合が最も多い。この層の企業はここ数年でIT投資を拡大させており、その反動と推測できる。

 業種別に2017年度予測を見てみる。大幅な増加を示しているのが建築・土木。DI値は39.5と、2016年度計画に比べて22.5ポイント高い。

 この業種に属する企業を売上高別に見ても、減少と回答した企業はいずれの層でも10%未満にとどまった。2020年の東京オリンピック・パラリンピックの開催を控えて建設需要が高まっていることなどが、投資増の背景にあると見られる。

 建築・土木に次いで2017年度予測のDI値が高い業種は、社会インフラだ。同じく、東京オリンピック・パラリンピックで好況が見込める業種である。

 反対に大きくDIを減らしたのが、金融のマイナス21.1。2016年度計画のプラス24.2から急激に減少している。前年度からの反動減などによると考えられる。

図 業種別IT予算の増減
建築・土木の投資意欲が高く、金融は低下
図 業種別IT予算の増減
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ITへの期待は「効率化」がトップ

 企業はIT投資でどんな課題の解決を狙っているのだろうか。IT投資で解決したい中期的な経営課題の上位3つを回答してもらった。

 「業務プロセスの効率化」「迅速な業績把握、情報把握」を1位に選択した企業が多い。ITや情報がもたらす直接的な効果として期待されるものであり、過去の調査と同様の傾向である。

 3位の回答まで合わせると、「企業としての社会的責任の履行(セキュリティ確保、個人情報の保護等)」や「社内コミュニケーションの強化」の選択率が高くなっている。サイバー攻撃への対処やワークスタイル改革など、このところ関心の高いテーマに関連する課題である。

 また、「営業力の強化」「ビジネスモデルの変革」などを挙げる企業が増えている。ITを企業の競争力強化に生かしたいとの考えがうかがえる。

 こうした経営課題にIT投資を優先的に振り向けているのかについても尋ねた。企業規模によって傾向が異なることが分かる。

 売上高100億円未満の企業で「振り向けられている」と回答した企業は、15.1%。これに対して、1兆円以上の企業では55.8%に達している。売上高が小さいほど、限られた資金を「経営課題の解決」に振り向けるのが難しいということだろう。

 自由記述からは、経営課題にうまくIT予算を振り向けられている企業は経営との共通認識がしっかりできているということも明らかになった。

 IT部門が経営に近い立ち位置を確保する、ビジネスサイドの要求にうまく応えるなど社内でIT部門が不可欠と認識されれば、経営課題に対してIT投資を振り向けられるようだ。

 一方、経営課題にうまくIT投資を振り向けられていない企業は、経営者との共通認識の形成に苦戦していることがうかがえた。新たな提案をしたくても、予算や人員の確保に苦労しているという企業も多かった。

図 IT投資で解決したい中期的な経営課題(上位3位)
業務効率化、迅速な情報把握が主目的
図 IT投資で解決したい中期的な経営課題(上位3位)
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大企業ほど経営にITは不可欠

 ここまで見てきたように、適切なIT投資によって経営課題を解決するには、経営陣に事業とITの関係をしっかりと認識してもらうことが重要である。そこで、経営戦略とIT戦略の関係についても調査した。

 売上高別に経営戦略とIT戦略の関係を見ると、売上高が大きい企業ほど、経営戦略とIT戦略の関係が強い。企業の売上高の規模が大きくなるにしたがって、日々の業務や情報の管理を効率的にこなす必要がある。このため、ITが企業経営にとって必須の存在になっているのだろう。

図 IT投資の経営課題への優先振り向け状況
大企業ほどIT投資を経営課題の解決に振り向けている
図 IT投資の経営課題への優先振り向け状況
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 業種別に見ると、経営戦略とIT戦略の関係性が強いのは、金融や社会インフラだった。金融は商品自体の情報システムへの依存度が高い。また社会インフラを手掛ける企業の多くは、大規模なインフラや設備を維持するために大量のデータを処理しなくてはならない。こうしたことが背景にあると考えられる。

図 経営戦略とIT戦略の関係
経営戦略を実現するため、IT戦略は不可欠の存在に
図 経営戦略とIT戦略の関係
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IT重視の企業ほど新領域に挑む

 ITを経営戦略上重要なものと位置付けている企業ほど、ITを活用したビジネスイノベーションに対する取り組みにも積極的である。ビジネスイノベーションへの取り組み状況を、経営戦略とIT戦略の関係別に集計した結果、明らかになった。

図 ITを活用したビジネスイノベーションに取り組んでいる企業の割合
ITを重視する企業ほど、イノベーションへの取り組みが進展
図 ITを活用したビジネスイノベーションに取り組んでいる企業の割合
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 「経営戦略を実現するためにIT戦略は無くてはならない」と回答した企業は、全ての分野について取り組みが進んでいる。中でも目立つのが、「新しい商品、サービスの創出」「データ分析の高度化などによる情報活用」「集客・売上向上のための仕組みづくり」など、ITを使って新たなビジネス価値を生み出そうとする取り組み。「経営戦略の一施策としてIT戦略がある」「経営戦略はIT戦略以外の戦略が重要となる」などと答えた企業に、大きく差を付けている。

 一方で、「サプライチェーンのプロセス改革」「規制改革や新たな制度に応じた事業改革」など、これまでもITが活用されてきた分野では、それほど差が付いていない。

 業種による特性の違いもあるため、このグラフだけで断定するのは難しいが、経営戦略とIT戦略の関係が強い企業ほど、新たな領域でのIT活用にいち早く取り組んでいる傾向が浮かび上がった。

調査期間:2016年9月30日から10月18日
調査対象:東証一部上場企業とそれに準じる企業、計4000社。各社のIT部門長に調査票を郵送し、1071社から回答を得た。有効回答率は27%
内訳:建築・土木8.4%、素材製造19.9%、機械器具、製造25.7%、商社・流通15.3%、金融5.5%、社会インフラ8.3%、サービス16.9%
日本情報システム・ユーザー協会 調査部会
ITユーザー企業のための情報活用推進を目的とした一般社団法人。調査部会は1994年から「企業IT動向調査」を毎年継続して実施している。