写真:Getty Images
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宅配便の再配達を減らしたり、外国語の問い合わせに的確に答えたりするのに役立つ新技術がいま急速に普及している。チャット(会話)形式で機械が人の問いかけに答える自動対話技術「チャットボット」だ。自然言語処理などのAI(人工知能)技術の発展に加え、LINEや米フェイスブックなどが開発基盤を公開したことで、高度なサービスを容易に開発できるようになった。人手不足解消の切り札とも言える新技術の威力を追った。

図 IT各社が発表したチャットボット関連サービスの例
2016年以降、急増している
図 IT各社が発表したチャットボット関連サービスの例
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 チャットボットがあらゆる顧客応対サービスに広がり始めた。ヤマト運輸や航空会社のAIRDO(エアドゥ)、SBI証券などが消費者との新たなインタフェースとして採用するほか、業務システムへの適用も進む。

 チャットボットとは、人の質問に機械が答えを返す自動対話システムのことだ。自然言語処理などの人工知能(AI)技術と組み合わせることで、顧客の意図を高い精度で読み取ることができる。

 2016年以降、米フェイスブックや米マイクロソフト、LINEなどが、AI技術と組み合わせたチャットボットの開発環境を相次いで公開し、急成長するチャットボット市場に本腰を入れ始めた。

 「現在、AI関連で顧客企業からの引き合いが最も多いものの一つがチャットボットの開発だ」と語るのは日本マイクロソフト マーケティング&オペレーションズ部門 プラットフォーム戦略本部の大谷健 本部長だ。多くのユーザーがLINEなどを通じてチャット形式でのメッセージのやりとりに慣れていること、Webサービスのような画面設計が不要で短期に開発できること、会話のレパートリーを増やして柔軟にサービスを追加できることが、多くのユーザー企業を惹きつける。

 大手メッセージングサービスのユーザーを取り込めるのも利点だ。例えばLINEの国内ユーザーは、2017年1月時点で6600万人。このユーザー数に惹かれる形で、2017年1月時点で約150社のユーザー企業がLINEと契約してチャットボットを構築している。

表 チャットボットの導入事例
旅行や金融など多様な業界で活用が進む
表 チャットボットの導入事例
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物流問題の解決を手助け

 「チャットだけで再配達の依頼を完結できるようになった。ようやく顧客の要望に応えることができた」と、ヤマト運輸 営業推進部の荒川菜津美 係長は語る。同社は2016年11月、LINE上のチャットボットに会話の精度を高めるAIを組み込み、荷物の再配達をチャットで依頼できるようにした。

 ヤマト運輸がLINE上で自動応答の仕組みを構築できるサービス「LINE ビジネスコネクト」を利用して新サービスを始めたのは2016年1月のこと。チャットを通じて宅配予定日時の通知や荷物の問い合わせができるようにした。

 ただ当初は、再配達の依頼はできなかった。会話の精度が高くなかったからだ。再配達を依頼するにはチャットを離れてヤマト運輸のWebサイトへ移動する必要があった。同社は1カ月に1億5千万個以上の荷物を配達しているが、約2割が再配達になるとされる。「利用者からはチャットで手続きを完結したいという要望が挙がっていた」(荒川氏)。

 日常会話の感覚で再配達を依頼できる仕組みを開発するには、利用者の短いメッセージから要望を正確に把握する高度なAIが必要になる。ヤマト運輸は自然言語処理に強みのある企業のAIを採用し、約5カ月で開発を完了した。

 ヤマト運輸のチャットサービスは、同社の会員制サービス「クロネコメンバーズ」と連携することで利用できる。従来のメールでの通知からチャットの通知に変えることで、利用者の反応率は60%増えた。クロネコメンバーズは1500万人の会員がいるが、メールを使った従来のサービスは利用が伸び悩んでいた。再配達依頼など会員の利用を促進するには「毎日使う身近なSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)であるLINEを使うのが最も適していた」(荒川氏)という。

 チャットボットの利便性が向上するにつれて、サービス利用者の数も増え続けている。開始直後の2016年1月末には約100万人だったLINEの友達数が、2017年4月時点で706万人を超え、利用者との有力なコミュニケーションの手段となりつつある。

 ヤマト運輸には、利用者からは「配達の直前にLINEに通知して欲しい」といった依頼が寄せられているという。チャットボットが持つ柔軟性を生かせば、こうした機能も追加できそうだ。経路情報などを基に配送順をドライバーに示すシステムを開発したうえで、チャットボットと連携させ、配送先にメッセージを自動で送る仕組みを構築すれば、顧客が望むサービスを実現できる。

図 対話機能を強化したヤマト運輸のサービス
AIを組み込んで再配達の依頼を受け付け(写真提供:ヤマト運輸)
図 対話機能を強化したヤマト運輸のサービス
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相互対話で新しいユーザー体験

 チャットボットを通じて双方向にやりとりすることで顧客との距離を縮め、有効なマーケティング活動につなげているのが航空会社のAIRDOだ。

 同社は2017年3月にLINEのチャットを通じて航空券のプレゼントキャンペーンを実施。開始直後からアクセスが殺到して1分でサーバーがダウンするほどの反響があった。「テレビやWebサイトなどで一方的に広告を配信する場合と比べ、LINEのチャットを通じた配信では顧客からの反応が驚くほど良かった」とAIRDO 営業本部 営業部 販売促進グル―プの山本侑希子スタッフは手応えを感じている。

 同社は2016年10月から、航空券の予約・確認や搭乗手続きなどをLINE上でまとめて完了できるチャットボットサービス「AIRDO ONLINE Service」を展開している。旅行に関わる手続きをチャットボットに集約して利便性を高めた。AIRDOはこのサービスを利用者とのコミュニケーションツールとして位置付ける。

 「今は航空券をスマホで購入できる時代。一方通行のメディア戦略では他社との差異化が図れない。顧客とコミュニケーションしやすい、LINEやFacebookなどのSNSを自社サービスにどう生かすかが課題だった」(同グループの山田遥スタッフ)。

 そこでAIRDO ONLINE Serviceでは、LINE上のチャットを通じて北海道の観光地や見どころなどを案内する「旅ナビ」機能の開発に注力した。探究心や遊び心をくすぐる情報を、チャットを通じて発信する。

 AIRDOの従業員が顧客と同じ目線に立ってコンテンツを作成することで、顧客が親しみを感じやすいサービスを目指した。「チャットボットを通じて顧客とのコミュニケーションを充実させることでユーザー体験を高め、リピート率の向上につなげることを狙った」(山本氏)。

 国内の航空業界でLINEのチャットボットサービスを導入したのはAIRDOが「初の事例」(同社)という。2016年7月からシステムの開発を始め、3カ月後の10月にはサービス開始にこぎ着けた。開発に関わったのは総勢で10人ほど。AIRDOの担当者が数人で設計やデザインを決め、社外のパートナー企業に実装を依頼した。結果的に自社でスマートフォンアプリを開発するより、コストや開発期間を減らせたという。

図 AIRDOのチャットボットサービス「AIRDO ONLINE Service」
利用者との双方向のコミュニケーションでユーザー体験を向上(写真提供:AIRDO)
図 AIRDOのチャットボットサービス「AIRDO ONLINE Service」
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 同社は将来の構想として、顧客とリアルタイムにコミュニケーションをとれる利点を生かし、天候不良やトラブルなどで急な搭乗便の変更が生じた場合にLINEのチャットボットから通知することも検討している。

 欠航が生じると搭乗便の確認や変更などの手続きが必要になるため、窓口やコールセンターに利用者からの連絡が殺到する。一度に多数とコミュニケーションがとれるチャットボットがあれば、こうした混乱を緩和できると期待する。

AIが進化、広がる用途

 ヤマト運輸やAIRDOのようなチャットボットサービスが普及する背景には、自然言語処理や深層学習(ディープラーニング)などAI技術の進化がある。チャットを通じてユーザーの意図を精度よく読み取れる対話エンジンが相次ぎ登場したことで、適用できる用途が広がった。

 金融業界では、SBI証券が2016年12月に「SBI証券 カスタマーサポート」を導入した。口座の開設方法などに関する問い合わせをAIが自動で回答する。AIベンチャーPKSHA Technologyの子会社であるBEDOREの汎用型対話エンジン「BEDORE」を活用することで、会話や学習による精度向上が見込めるという。BEDOREの安野貴博 社長は「当社のAIはディープラーニングによる学習機能が強みだ。現場のスタッフでも簡単に精度を高められるので、実用的だ」と語る。

 顧客対応だけでなく、社内業務の効率化にも活用が進む。日本IBMは2017年4月、同社のAIサービス群「Watson」を活用してシステム開発の効率を高めるサービスを始めた。その一環で、計画段階の見積もりや、開発中のプロジェクト管理などをチャットボットで支援できるようにする計画だ。「人手よりも作業の品質を担保しやすく、開発を効率化できる」(同社 グローバル・ビジネス・サービス事業本部 アーキテクト統括の二上哲也 技術理事)。日本IBMは2017年7月ごろにもチャットボットサービスを開始する考えだ。

チャットボットの技術基盤が充実

 AI技術の進化に加え、AIを組み込んだチャットボットサービスを短期間で構築できる開発基盤が登場したことも追い風だ。

 LINEは2017年4月に、企業のコールセンター向けに特化したチャットボット基盤「LINE カスタマーコネクト」の提供を開始した。同基盤を使うと、米IBMのWatsonやPKSHA TechnologyグループのBEDOREなど、ベンダーのAIを組み合わせて高度なチャットボットを構築できる。

 「基盤の提供を通じてチャットボットのエコシステムを盛り上げていきたい」と、LINE Bizセンター 広告・ビジネスプラットフォーム室 カスタマーコネクト事業企画チームの砂金信一郎マネージャーは語る。既にSBI証券や通販サイトのLOHACOなどが先行して活用している。

図 LINE カスタマーコネクトの機能とツールベンダー
チャットボットに組み込める機能が充実
図 LINE カスタマーコネクトの機能とツールベンダー
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 海外でのサービス展開にあたって、多言語に対応した開発基盤を活用する取り組みも始まっている。SBIリクイディティ・マーケットとSBI FXトレードは2017年4月、FX(外国為替証拠金)取引で個人顧客からの問い合わせに自動応答するサービスを開始した。採用したのは、多言語に対応したマイクロソフトの開発基盤「Bot Framework」だ。

 「FXの定着していないアジア地域でサービスを展開する際、多言語対応のチャットボットサービスがあれば現地の言葉で24時間対応できる」(SBIリクイディティ・マーケットの吉川裕太 開発本部長)。Bot Frameworkのほか、機械学習に「Azure Machine Learning」、視覚や聴覚、音声に関する情報は「Cognitive Services」などのAI技術を利用する。将来は顧客の口座情報や取引状況、顧客の行動傾向などを分析した上で、人間のオペレーターと同等レベルのサービス提供を目指す。

図 SBIリクイディティ・マーケットとSBI FXトレードによる自動回答の流れ
AI技術の発展でマルチリンガルな対応も可能に(SBIリクイディティ・マーケットの資料を基に作成)
図 SBIリクイディティ・マーケットとSBI FXトレードによる自動回答の流れ
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 企業の基幹システムにチャットボットを導入できる基盤も現れた。日本電通グループはIBM Watsonを活用した中小企業向け開発基盤ソフト「CB1」を2017年3月から販売している。Watson APIを組み込むことで、問い合わせに自動応答する機能を標準搭載する。業務パッケージの基幹システムと連動した業務支援が可能で、問い合わせのほかに総務や経理、人事などの業務にも適用できる。

 現在、保険業界から引き合いがあるという。銀行やアパレル、不動産といった分野への提供も見込む。

図 日本電通グループの法人向けチャットボットソフト「CB1(シービーワン)」
IBMのWatson APIを使いチャットボットを開発(日本電通グループの資料を基に作成)(写真提供:日本電通グループ)
図 日本電通グループの法人向けチャットボットソフト「CB1(シービーワン)」
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音声対応でインタフェースが多様化

 チャットボットとのやりとりで使えるのは、テキストだけとは限らない。チャットボットに音声認識と音声合成の機能を組み合わせると、声で答えられる。PCやスマートフォンにとどまらず、スマートウォッチや家電製品、自動車などのIoT(インターネット・オブ・シングズ)機器にもチャットボットを広げやすくなり、顧客との接点を増やせる。

 先に紹介したAIRDOは、将来構想として音声認識と組み合わせたチャットボットサービスがアイデアとして挙がっているという。例えば、急な出張が入ったときに「今日出発の北海道行き飛行機を予約」とスマートウォッチに話しかければ、その場で候補を示してくれるのが理想だ。

 音声チャットボットが普及する兆しは既にある。音声AI「Alexa」を搭載した米アマゾン・ドット・コムのスマートスピーカー「Amazon Echo」は、米国を中心に人気を博している。米グーグルは2017年4月、複数の人の音声を識別できる機能をスマートスピーカー「Google Home」に搭載した。LINEは2017年3月、音声AI「Clova」を搭載したスマートスピーカー「WAVE」を発表し、音声チャットボット分野に参入する意向を示した。

 「次のインタフェースは音声だ。AIの進化で音声操作の実用化が期待できる」。日本マイクロソフトの大谷氏はこのように述べる。同氏は実際の開発例として、エンドユーザー向けパーソナルアシスタント「Cortana」を挙げる。様々なデバイスを通して、秘書のように利用者を支援できる。

 現在、Cortanaの利用はPCやスマホなどに限られるが、今後は自動車やロボットなどのIoT機器でも利用できるようにしてシームレスにサービスを提供する構想を明らかにしている。例えば朝起きてスマートウォッチに天気を聞き、運転中に車載器に1日のスケジュールを音声で確認し、移動の合間にスマホで買い物をするといった生活が可能になる。

図 パーソナルアシスタント「Cortana」による音声操作のイメージ例
自然言語AIが音声操作の道を開く
図 パーソナルアシスタント「Cortana」による音声操作のイメージ例
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 マイクロソフトは2017年1月の米技術見本市「CES 2017」で日産自動車と組み、コネクテッドカーにCortanaを載せる構想を発表している。

 マイクロソフトはクラウドを介してロボットにもAI機能を提供しており、既にいくつかの店舗でサービスを導入した。ラーメン店「鶏ポタラーメンTHANK」はヴイストンのロボット「Sota」にマイクロソフトのAIを搭載し、常連客を識別して接客している。

 チャットボットサービスは、多様な機器を通じて顧客と密接につながるために不可欠な技術になるだろう。PCやスマホ、スマートウォッチなどのIoT機器を通して、あらゆる場所で顧客と対話ができる。

 アマゾン・ドット・コムのAlexaのように、既に音声インタフェースは生活インフラの一部となりつつある。業種を問わず、様々な企業が自社のサービスにチャットボットをいかに組み込んでいくかを検討する必要に迫られている。活用の巧拙が企業の競争力に直結する時代はもうすぐだ。