クラウドへの移行対象が基幹システムに広まるなか、ソフトウエアライセンスが課題として浮上してきた。多くのソフトはオンプレミス環境での利用を想定している。クラウドに移行されることでオンプレミス環境との整合性が取れず、価格体系が崩れるソフトは少なくない。オンプレミスで利用中のライセンスをクラウドに持ち込む「BYOL(Bring Your Own License)」の考え方もベンダーによって異なる。主要ソフトをクラウドに移行した際、ライセンスがどう変わるかを明らかにする。

 寝耳に水だった。顧客に説明する資料もまだ直せていない」。

 こう話すのは、キヤノンITソリューションズの崔陽一クラウドインテグレーション事業推進室アドバイザリーITスペシャリストだ。同社はオンプレミスからAmazon Web Services(AWS)へのシステム移行サービスを提供しているが、米オラクルが2017年1月23日にクラウド上でのソフトウエアライセンス料を2倍に引き上げたため、移行費用の見積もり直しを余儀なくされた。過去に移行サービスを提供した企業へのフォローも必要だという。

 料金を引き上げたのはオラクルのクラウドサービス「Oracle Cloud Platform(OCP)」以外であり、AWSとAzure上でオラクル製ソフトを使う企業を狙い撃ちにした形だ。

 オラクルに限らず、ソフトをクラウド上で動かすための条件を新たに定めることで、従来のライセンス価格体系が崩れる場合がある。オラクルや米IBM、米マイクロソフトや欧州SAPなどが提供する主要ソフトを、クラウド移行した際のライセンスを調べた。

ライセンスは変わる

 ソフトウエアライセンスの改定はこれまでもあったが、オンプレミスに加えクラウド上での利用を考慮する必要が出てきた。

 ソフトウェア資産管理評価認定協会(SAMAC)の篠田仁太郎事務局長は「小さなものを入れればライセンス規定の変更は毎年のようにあり、注意しないと違反になり得る。クラウド関連の規定は特に複雑だ」と話す。意図せずライセンスに違反し、ベンダーから賠償金を請求されるケースが少なくないという。

 オンプレミスで利用中のシステムをクラウドに移す企業は、所有するライセンスを規定違反せずに有効活用する方法を求めている。可能であればライセンスをクラウドへ持ち込む「BYOL(Bring Your Own License)」を利用して、移行コストを抑えたい。代表的なソフトであるデータベースで、クラウドでの利用条件を確認しよう。

オンプレとは異なる考え方

 多くのソフトはオンプレミスとクラウドでライセンスの考え方が異なる。例えばOracle Databaseは、1ライセンス当たりで使えるCPUが変わる(図1)。

図1 Oracle Database Standard Edition 2のライセンスをクラウドに持ち込むケース
クラウドのライセンス料金改定、DB性能が半分に
図1 Oracle Database Standard Edition 2のライセンスをクラウドに持ち込むケース
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 日本オラクルの桑内崇志 Database&Exadataプロダクトマネジメント本部 ビジネス推進部部長は「オラクル製ソフトのライセンスは、基本的に物理的なCPUに紐付いた形態」と説明する。

 例えばOracle Database Standard Edition 2(SE2)をオンプレミスで使う場合、CPUソケット一つに対して1ライセンスが必要で、導入できる最大性能は1サーバー当たり2CPUソケットまでだ。仮想マシン(VM)上でソフトを動かす場合でも、一部の仮想化ソフトを使う場合を除いてVMが動作する物理サーバーが搭載するCPUソケット数分のライセンスが必要になる。

 ところがVMを提供するIaaS(インフラストラクチャー・アズ・ア・サービス)ではオンプレミスと同じライセンス規定が適用できない。オラクルはOCP、AWS、Azureに限りクラウド上でソフト利用を認めているが、オンプレミスの場合とはライセンス規定が異なる。クラウドの場合はVMに割り当てたCPUコア数に応じてライセンス数を決めており、2017年1月の改定前はオンプレミスでの1CPUソケットはクラウドでの4CPUコアと等価としていた。

 SE以外のオラクル製ソフトの場合、オンプレミスでもクラウドでもライセンス数はCPUコアの数を使って計算する。オンプレミスの場合は、CPUの種類で決められた係数を使ってライセンス数を計算する。例えば係数が0.5のCPU「Intel Xeon」は、2CPUコアに対して1ライセンスが必要だ。クラウド上でソフトを使う場合も、2017年1月の改定前は2CPUコアに対して1ライセンスを要求していた。

クラウド上の性能が半分に

 どのクラウドを使うかによって、適用される規定が異なる場合もある(表1)。前述のオラクルによるライセンス改定は、自社クラウド以外が対象。影響を受けるのはAWSとAzure上でオラクル製品をを使う場合だ。

表1 主要ソフトウエアの1ライセンスで使えるCPUの数
ベンダーによってバラバラ、複雑さを増すライセンス形態
表1 主要ソフトウエアの1ライセンスで使えるCPUの数
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 改定後のライセンス規定文では、SE2の1ライセンスはAWSで「4 Amazon vCPU」、Azureで「2 Azure CPU Core」に相当する。従来の説明に合わせれば、どちらもクラウドでの2CPUコアがオンプレミスでの1CPUソケットと等価となる。Amazon vCPUとAzure CPU Coreの数が違うのは、AWSが一部のVMを除き一つのCPUコアを二つのCPUコアのように使う「ハイパースレッディング」技術を適用しているためだ。

 ライセンス改定により、SE2はクラウド上でソフトを使う場合の上限性能が半減することにも注意したい。改定前はAWSやAzure上で8CPUコアまで使えたSE2は、4CPUコアまでしか使えなくなった。「導入企業数は性能上限のあるSEシリーズのほうが、Enterprise Edition(EE)より多い」(Oracle Database販売パートナーのアシストでデータベース技術本部ビジネス推進部部長を務める岸和田隆氏)。改定の影響は小さくない。

 ライセンス改定後もAWSやAzureでOracle Databaseを8CPUコアのVM上で利用したいなら、EEライセンスの購入が必要になった。EEライセンスも改定され、AWSとAzureでは1CPUコア当たり1ライセンスとなったため、8CPUコアのEEライセンス料は4560万円(税別)。初年度サポート料は1003万2000円(税別)だ。改定前は420万円(税別)のSE2ライセンスで使えたことを考えると、同じCPUコア数に必要な料金が10倍以上に値上がりしたことになる。

SQL Serverは原則書い直し

 米マイクロソフトのデータベース「SQL Server」の場合、クラウド移行に際しBYOLが原則使えない。日本マイクロソフトの北川剛データプラットフォーム製品マーケティング部エグゼクティブプロダクトマネージャーは、SQL Serverのライセンスを「利用者が専有するハードウエア上でソフトを使う権利」と説明する。

 クラウド上でSQL Serverを使うにはソフト利用権を拡張する「ソフトウエアアシュアランス(SA)」の購入が必要だ。SAにはクラウド上での利用権の他に「別のサーバーへライセンスを移す権利」も含むため、購入している企業はオンプレミスのSQL Serverをクラウドへ持ち込むことができる。しかし「オンプレミスでSQL Serverを使う場合、SAを導入している企業は少ない」(北川氏)。

 SAの導入が少ないのは、料金が1年当たりライセンス料金の約25%かかるためだ。オンプレミスでSQL ServerとSAを購入して4年後にクラウドへライセンスを持ち込む場合、クラウド移行時にSQL Serverを買い直すのと支払う金額が変わらない。

 SAはクラウドへのライセンス持ち込みを可能にするほか、「同一構成のスタンバイシステムを使う権利」や「バージョン更新する権利」といった権利も付帯するが、4年を超えてオンプレミスのシステムを継続利用する場合はクラウド移行時に買い直したほうが割安になるため、SAを導入しない企業が多い。

 多くのソフトウエアライセンスは仮想コアで数えるが、SQL Serverでは、オンプレミスでもクラウド上でも見かけ上のCPUコアと同数のライセンスが必要になる。

 例えばハイパースレッディング技術を使うと、仮想コアは一つなのに、ソフトウエアからは2コアに見える。こうしたVM環境では、求められるSQL Serverのライセンス数が増えるので注意が必要だ。ライセンス最小利用数は四つと定められていて、4CPUコアでも1CPUコアでも4ライセンスが必要だ。

IBMは「クラウド対応ライセンス」

 米IBMが定める「DB2」などのライセンス規定は前の2社に比べると単純だ。提供するPVU(プロセッサ・バリュー・ユニット)とVPC(バーチャル・プロセッサ・コア)の二つのライセンス形態は、条件ごとの例外が少なく、クラウドでもオンプレミスと同じような考え方でライセンスを購入すればよい。

 PVUは永続ライセンスで、CPUコア数とCPUごとに決まっている係数に応じたライセンスを要求する。係数が70のIntel Xeonを10コア使う場合は、700のライセンスを購入するという具合だ。Bluemix、AWS、Azure、Google Cloud Platformなど主要なクラウドのIaaSは、CPUの係数を70としてオンプレミスと同様に計算する。計算に使うCPUコアは仮想コアを数える。

 PVUの課題は「最大負荷に合わせてライセンス数を購入しなければいけないこと」と、渡辺公成IBMクラウド事業本部クラウド・ソフトウェア事業部長 執行役員は話す。言い方を変えれば、余裕を持たせて購入数を決める永続ライセンスは「普段に必要なライセンス数より多く購入しなければならないことがある」(同)。

 クラウドはVMに割り当てるコア数を後から変えられる。「コア数が増減した時に追従できなければ、クラウド対応したライセンスと言えない」(渡辺事業部長執行役員)として日本IBMは2016年9月にVPCのライセンスの提供を始めた。

 VPCは1カ月単位の従量課金制ライセンス。CPUごとの係数はなく、オンプレミスでもクラウドでもCPUコア数と同数のライセンスを要求する。PVUではシステムの稼働状況を監視する常駐ソフトの導入が必要だが、VPCでは不要とした。

利用コスト+運用コスト

 オンプレミスで利用中のソフトをIaaSに持ち込むことを想定してライセンスをみてきたが、クラウドには各ベンダーが提供する「マネージドサービス」を使うという選択肢もある。マネージドなら、修正パッチの適用や障害からの復旧処理などは自動で実行されるので、運用の手間が減らせる。マネージドサービスには、BYOLが選べるサービスと、ライセンス込みの利用料が必要なサービスがある。

 BYOLとライセンス料込みの両方が選べる「RDS for Oracle」を例に、AWS上で年間の利用料金を試算してみた(図2)。マネージドサービスの利用料はIaaSに比べてクラウドの利用料が高額になるが、「IaaSで運用作業に必要だった人件費を含めてコストを計算すれば、IaaSよりもマネージドサービスの方が割安だと判断する企業が多い」(マイクロソフト製品のライセンスコンサルタントをしている富士ソフトの石田将営業部部長)。

図2 Oracle Database Standard Edition 2をAWSに移行する選択肢
安い仮想マシンか、手間が省けるマネージドサービスか
図2 Oracle Database Standard Edition 2をAWSに移行する選択肢
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 RDS for OracleはSE2ライセンス料込みで8CPUコアのVMを提供しているが、2017年1月の上限性能のライセンス規定変更により8CPUコアのVMでBYOLは使えない。BYOLが使えるVMで比較すると、ライセンス料込みのサービスはBYOLよりも割高になる。しかし休日や夜間などはVMを停止するといった運用により、この関係は逆転することがある。

 クラウドベンダーはそれぞれマネージドサービスを提供している(表2)。利用料はライセンス料込みが普通で、一部はBYOLが選べる。キヤノンITソリューションズの田中太郎クラウドインテグレーション事業推進室室長は「ソフトベンダーのサポートを受けたい企業はライセンス持ち込みを、特にこだわらない企業はライセンス料込みを選ぶケースが多い」と話す。

表2 主要なクラウドのデータベースサービス
マネージドサービスで運用の手間いらず
表2 主要なクラウドのデータベースサービス
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ERPライセンスはクラウドに乗る

 業務システムの代表であるERP(統合基幹業務システム)も、クラウドにライセンスを持ち込めるか確認する。

 ERPのライセンスはクラウド対応が進んでいる(表3)。クラウドでもオンプレミスでも、ライセンス料金が変わることが少ない。というのも、主要なERPのライセンス形態は利用者人数に依存するため、システム基盤を変えても料金計算に影響しないからだ。

表3 ERPライセンスのクラウドへ移行する権利の概要
主要ERPはクラウド移行可能、支援プログラムも
表3 ERPライセンスのクラウドへ移行する権利の概要
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 欧州SAP製のERPは「IaaSへライセンスを持ち込む方法を用意している」(SAPジャパン広報)という。ライセンス料はERPを利用する従業員数で決まる。使えるIaaSの条件などは「顧客が個別に問い合わせてほしい」(広報)とする。

 オラクルのERPもIaaSへライセンスを持ち込める。利用できるクラウドは、「ERPの動作要件を満たせること」(日本オラクル広報)が条件。ミドルウエアと違ってベンダーを制限をしない。ライセンス料はSAPと同じく、利用する従業員数で決まる。

 マイクロソフトのERP「Dynamics AX」は「オンプレミスでもSAの購入が必要なソフト」(日本MS広報)なため、クラウド移行ができる。ライセンスは利用者人数分のCAL(クライアント・アクセス・ライセンス)と、サーバー台数分のサーバー・ライセンスの両方が必要だ。

 マイクロソフトが開発し、日本語版をパシフィックビジネスコンサルティングが販売している「Dynamics NAV」は、SA無しにIaaSへライセンスを持ち込める。ライセンス料は基本料金と同時アクセスする利用者数で決まる。総利用者が100人でも、ERPへ同時アクセスするのが最大30人なら、30人分のライセンス料だ。

 ERPのクラウド移行には、既存のライセンスを捨ててベンダーが提供するSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)へ切り替えるという方法もある。既存ユーザーはSaaSへ移行する時に、ベンダーが用意する移行支援プログラムなどが受けられる。

DBに振り回されるパッケージ

 「クラウドへのライセンス持ち込みを認めたくても認められない」。あるISV(独立系ソフトウエアベンダー)の営業担当者は不満を隠さない。SQL Serverを組み込んでいる同社のパッケージソフトは、マイクロソフトの規定によりクラウドへSQL Serverのライセンスを持ち込めない。

 SAMACの篠田事務局長は「ミドルウエアベンダーがOEM(相手先ブランドによる販売)やISVのパートナー企業に再配布を認めているソフトウエアのライセンス形態は、直接顧客に提供する時と異なることがある」と話す。使っているミドルウエアがクラウドへ移行できる場合でも、パッケージでは移行できない場合がある(図A)。

図A クラウド上でパッケージソフトが使えない理由
パッケージではクラウド移行できないことも
図A クラウド上でパッケージソフトが使えない理由
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 パッケージベンダー側の都合でクラウドで使えないことも「よくあるパターン」(キヤノンITソリューションズの田中室長)だ。パッケージベンダーが「サポートできないと言って対応をしない」(同)ことがある。

 業務パッケージはアプリケーションとデータベースを組み合わせている。パッケージライセンスをクラウドへ持ち込むには、両方のソフトがクラウドに対応しなければならない。