政府が推進する電力自由化にともなうシステム障害が、続発している。特に長引いているのが、東京電力グループのトラブルだ。2016年4月の小売り全面自由化に向け開発したシステムに不具合が発生。企業や一般家庭に対する電気料金の請求遅れや誤請求が数万件単位で発生し、4カ月以上解消していない。国内最大規模の顧客を持つ東電グループのシステムトラブルに迫る。

 「利用者に、電気料金を請求できない」「送られてくるデータがどこまで正確なのか分からない」―。

 2016年4月に電力小売り市場に新規参入した企業から、東京電力パワーグリッド(東電PG)に対して、不満の声が相次いでいる。東電PGは、4月に分社化した東京電力ホールディングスの事業会社だ。

 不満の声が上がっているのは、東電PGが小売り各社に送付するはずの電力使用量データが届かず、毎月の電気料金を請求できない事態に陥っているためだ(図1)。なかには、請求はしたものの、使用量データに誤りがあり、実際の数十倍の料金を請求してしまったケースもあった。

図1 電気使用量の通知遅延に関する主な動き
新規参入の小売電気事業者は電気料金が請求できず
図1 電気使用量の通知遅延に関する主な動き
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 被害に遭っているのは、自由化で電力販売事業に新規参入した「小売電気事業者」。具体的には、通信会社やガス会社などである。従来の電力会社よりも割安な、独自の料金プランを設定。東電PGなどから受け取った電気使用量データを基に、利用者や利用企業に電気料金を請求する。

 しかし、その電気使用量データが届かない。東電PGが2016年4月に本格稼働した「託送業務システム」にトラブルが発生したためだ。東電PGの発表によれば、その数は最大時に3万件を超えた。8月19日時点で未通知の件数は1万8503件。徐々に件数は減少しているものの、2万件弱を推移している。

 国内最大のシェアを占める東京電力管内で起きた請求遅れや誤請求は、電力自由化の足を引っ張っている。三菱総合研究所 環境・エネルギー研究本部 エネルギー事業戦略グループリーダーの佐々田弘之主席研究員は「新規参入した事業者の営業活動に水を差した」と指摘する。

 小売電気事業者が東電PGに対し、請求できない電気料金について、補償を求める動きもある。ある小売電気事業者の担当者は、「誤請求は新規参入の事業者に切り替えたせいだと利用者に受け止められる」と嘆く。

通知遅れを4カ月以上も解消できず

 東電PGが電気使用量の通知遅れについて初めて認識したのは、システム本格稼働1週間後の4月8日のことだ。5月初旬の連休明けに、通知遅れの件数が増加。この時点でようやく、事態の深刻さを認識した。

 経済産業省が5月20日、東電PGに対して報告を求め、東電PGは31日に報告書を提出している。しかし実は「その時点では、通知遅れがどうして発生したか、分かっていなかった」。東京電力グループで自由化関連システムのプロジェクトを統括する、東京電力ホールディングス経営企画ユニット システム企画室の高谷淳 副室長は明かす。

 東電PGが調査を進めたところ、託送業務システムで不具合が発生していたと分かった。託送業務システムは、東電PGの送配電ネットワークでやり取りされる電気使用量を管理するシステムだ。

 一般家庭や企業が、電気の購入先を切り替えても、送電のインフラは変わらない。東電PGのような「一般送配電事業者」が、送配電ネットワークを管理する。

 東電PGは、発電所から電力を受け取って一般家庭や企業といった最終消費者まで送電する。これが「託送」である(図2)。電気小売事業者は送電設備を持つ必要はない。

図2 東京電力パワーグリッドの託送業務システムと託送の仕組み
電気使用量の通知や料金計算をする「託送業務システム」に不具合
図2 東京電力パワーグリッドの託送業務システムと託送の仕組み
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 しかし託送業務システムに不具合が発生すると、小売電気事業者は顧客の電気使用量を把握できず、電気料金を請求できなくなる。小売電気事業者各社は5月中旬からホームページ上に、「請求書発行の遅延のお知らせとお詫び」と題し、顧客に向けた謝罪文を掲載し始めた。

 東電PGは託送業務システムに不具合があると認識したものの、不具合を解消できないまま、6月に突入。事態を見かねた電力・ガス取引監視等委員会が6月17日、業務改善勧告を通達した。

 東電PGは7月1日に報告書を提出。個別の対策をとりまとめた。その内容は、人手や簡易プログラムを使ってデータを再集計、再登録するという暫定的な対策だった。

 通知遅れは減少傾向にはあるものの、抜本的な解消には至っていない。また託送業務システムで発生している不具合の原因も、8月時点で解明されていない。

電気使用量のデータが「欠損」

 託送業務システムで、一体何が起きているのか。主な不具合事象は、大きく三点ある。

 まず、一般家庭や企業から収集した電気使用量のデータが不足する「欠損」だ。具体的には、「検針値管理」と呼ばれる託送業務システム内のサブシステムに、料金請求に必要なデータがそろわない。

 検針値管理サブシステムは、二つのシステムから電気使用量データを受信する仕組みになっている。通信回線を使って直接スマートメーターのデータを集約する「メーターデータ管理システム(MDMS)」と、従来からある旧型メーターのデータが登録される「営業料金システム」だ。

 利用者ごとに、スマートメーターを使っているか、旧型メーターを使っているかは異なる。このため検針値管理サブシステムは、利用者ごとのメーター情報を管理する「地点・計量器管理」サブシステムのデータベース「地点DB」を参照して、どちらのメーターからのデータを受信するかを判断していた。

 ところが、この地点DBの情報が契約実態と合っていなかった。4月の小売り自由化以降、契約を新電力に切り替える利用者が増加したたため工事担当者の人手が不足し、情報の更新が遅れた。「5月初旬の連休前後に旧型メーターからスマートメーターへの切り替え工事が集中し、想定数を上回った。そのため切り替え作業に遅れが出た」(高谷氏)。

 実は当初東電PGは、契約者のほとんどがスマートメーターを利用すると想定していた。しかしスマートメーターの設置工事に遅れが出たために、旧型メーターのまま契約を切り替える利用者が増加した。

 さらに設置作業だけでなく、メーターを切り替えたという情報を、地点DBに登録する作業まで滞った(図3)。この結果、スマートメーターを設置済みの利用者を、託送業務システム内では旧型メーターを使っていると判断してしまった。MDMSではなく、営業料金システムに電気使用量データを要求し、結果として料金請求に必要なデータが得られなかった。

図3 東京電力パワーグリッドの託送業務システムの主な不具合
検針値管理のDBとパッケージソフトのDBのデータが同期できず
図3 東京電力パワーグリッドの託送業務システムの主な不具合
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 さらにこの事象が引き金となり、検針値管理サブシステムで集めた使用量データを送信できない、という事象も発生した。検針値管理サブシステムで電気使用量データが不足すると、小売電気事業者に通知しても、正しく電気料金を精算できない。そのため、「DBにロックがかかる仕様になっている」(東京電力ホールディングスの高谷氏)ためだ。

 この二つの事象について東電PGが進めている対処策は、人海戦術での人手の処理と簡易プログラムでのデータ調査が主だ。スマートメーターの設置場所に作業員を再び向かわせて欠損データや計器の登録情報を補完する、スマートメーターで遠隔から電気使用量データを収集する、などの手段に頼る。

DBの情報を取り込めない

 託送業務システムで起きたもう一つの事象は、社外公開用データを作成し託送料金を算出する「託送契約・料金」サブシステムでの、データ同期の失敗だ。地点DBの情報を契約情報に変換するテーブルが、電気使用量データをひもづけられず、料金を計算できない。

 託送契約・料金サブシステムが電気使用量データを処理するには、地点DBが管理するスマートメーターの計器情報や設置場所の情報が必要になる。そこで、地点・計量器管理サブシステムにある地点DBの情報をリアルタイムに同期し、取り込んでいる。この同期がうまくいかない。

 地点DBは米オラクルのデータベース管理ソフトを使って構築しているものの、東電PGはどのような技術でデータを同期しているか明らかにしていない。「詳細な原因は分かっていない」(東京電力ホールディングスの高谷氏)という。

 同期などせずに、マスターDBである地点・計量器管理サブシステムの地点DBを直接参照するという選択肢もある。東電PGと、開発を担当した三菱電機がそうできなかったのは、託送契約・料金サブシステムの構築に使った三菱電機の電気事業者向けパッケージソフト「BLEnDer」の仕様による。託送契約・料金サブシステムは、内部に地点DBと同じデータを持つ必要があった。

 東電PGは8月時点では原因がわからないため、リアルタイムの同期機能を停止している。年内メドの改修を目指すという。

「間に合わないとは言えない」

 東電PGによる託送業務システムの開発は、当初からスケジュールを不安視する声があった。開発ベンダーとして三菱電機を選定したのは、2013年10月。2016年4月からの小売り自由化まで、開発期間は実質2年あまりしかなかった。

 分社前の東京電力が、2015年7月に開かれた、電力システム改革小委員会のワーキンググループに提出した資料には、「難易度の高いシステム開発」「要件定義の決定に先立って仮決めで開発を進めてきた」「現時点においては工程がひっ迫している」といった文言が並ぶ。

 「難易度の高いシステム開発」との記述はは、3カ月後の2015年10月に開かれた電力基本政策小委員会で提出された資料にもみられる。このとき、東電PGの開発人員数は約2000人月と、ピークに達していた。

 この10月の委員会では、出席した東京電力の山口博副社長が、「必要なサービスを提供できないリスクを内包している」と、異例の発言をした。つまり、制度開始まで半年の2015年10月時点で、東京電力は「全ての機能を提供できない可能性」を認識し、公に発言もしていた。

 さらに託送業務システムが自由化に対応できるかを見極められるタイミングを2015年12月とした。東京電力ホールディングスの高谷氏は、「12月末に、100%ではないが主要機能のテストが完了する計画だった。その時点で判断すべきと考えた」と話す。

 しかし、12月末に主要な機能のテストが完了した際にシステム上の欠陥が見つかったとしても、残された期間は3カ月しかない。4月の自由化新制度の開始時期が決まっている以上、その時点で不可能だと判断しても制度の開始を遅らせるのは無理だ。

 小売の全面自由化は政府の閣議決定によるもので、電気事業法の改正も伴う。電力の小売り事業に参入する企業も、2016年4月に向けて準備をしてきた。

 「無理があったとしても、間に合わないとは言えない。最悪の場合はExcelなどのソフトを使ってでも、何とか業務を推進しようと考えていた」(高谷氏)。

 結果的に、託送業務システムは公表していた計画通り稼働したものの、不具合が多発する事態となった。

新制度だから仕様を決められない

 「自由化の制度設計やルールを決めながら、並行して要件定義をしなければならなかった状況に無理がある」(電力分野に詳しいコンサルタント)という指摘もある。東電PGが開発に着手した2013年末時点では、仕様の詳細は全く決まっていなかった。

 開発のスケジュールを振り返ると、サブシステムの機能ごとにバラバラの開発工程となっている(図4)。互いに連携するはずのサブシステムであるにも関わらず、結合テストや総合テストは別々に進められた。

図4 託送業務システム主な機能の開発スケジュール
仕様が決まらずスケジュールもバラバラだった
図4 託送業務システム主な機能の開発スケジュール
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 電力小売りの全面自由化自体の制度設計の詳細が、直前まで定まりきらなかったためだ。東京電力ホールディングスの高谷氏は、「サブシステムによって、仕様が決まっているものとそうでないものが分かれていた。ある部分は設計が完了していても、別の部分は『役所待ち』状態となっていた」という。前述のコンサルタントは「これほど仕様が決まらないのは、東電や三菱電機の想定以上だったのではないか」と話す。

 電気使用量の通知遅れが発覚してから4カ月以上が経過した現在も、託送業務システムには不具合が残っている。東電PGは、どの利用者のデータが託送業務システムのどこで滞留しているかも把握しきれていない。データを探す簡易プログラムを開発して調査を続けている状況だ。

 こうした対処のさなかにも新たなトラブルが発生している。簡易プログラムに不具合が見つかったり、慣れない人手のデータ入力作業にミスがあったりし、その対応に追われている。

 東電PGは当初、「8月末までに通知の遅延を解消させる」としていたが、8月23日に「全解消は厳しくなった」と公表。さらに作業人員を増やすことを明らかにした。

 今後、別の不具合が見つかる可能性もある。前述のコンサルタントは、「抜本的な不具合解消ができるのか疑問。長期的にみると、開発しなおしたほうがよいのではないか」とみる。東電PGはまずは通知遅延を解消し、その後システム不具合の全容解明に注力する方針だ。