30年以上にわたる改修で膨れ上がった基幹システム。作り直しを断念した末に、野村證券が選んだのは「共同利用型」への移行だった。社内外で無謀とささやかれた「レガシー脱出」プロジェクト成功に導いた同社の改革に迫る。

 まるで、巨像がタクシーに乗り込むようなもの――。

 野村證券は2015年12月、証券業務を支える基幹システム「CUSTOM」を廃止し、野村総合研究所(NRI)が提供する証券会社向けバックオフィスシステム「THE STAR(以下、STAR)」を核としたシステムへの移行を完了する。

 STAR導入プロジェクトを指揮した野村證券 業務企画・IT基盤・国内IT担当の吉村潤経営役は、プロジェクトについて冒頭のように話す。巨象がタクシーに乗り込む、と表現するのには理由がある。

 STARは中堅中小規模の証券を想定した、SaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)型サービス。最大でも約50万口座を扱う証券会社しか利用していなかった。野村證券は、リテール(個人向け)口座を約550万口座、ホールセール(法人向け)口座を約1万口座、保有する。前例のない規模の口座数をSTAR上に乗せる必要があった。

 しかも30年以上前にホストコンピュータ上に構築し、機能追加を繰り返してきたCUSTOMを移行するプロジェクトは一筋縄ではいかない。

 「社内外で無謀だとの意見は多かった」(吉村経営役)。

 なぜ、移行先にSTARを選んだのか。「実は、CUSTOMを刷新するプロジェクトは、過去に何度か検討している」と野村ホールディングスIT統括部の橋本伊知郎部長は打ち明ける。全て内製による再構築を前提としていたが、いずれも頓挫した。

 野村證券の全業務を支えるシステムを作り直すには、膨大なコストと工数を要する。「何度かプロジェクトを検討しているうちに、内製での再構築は不可能との結論に達した。10年以上の構築期間が必要だと判明したからだ。一般的なシステムのライフサイクルを5年~8年と考えると現実的ではない。内製による刷新を諦めた」(野村ホールディングスの橋本部長)。

STAR導入を決断

 内製は断念したが、CUSTOM刷新は避けて通れないプロジェクトだった。維持コスト、ビジネス展開が遅いという課題が経営層を悩ませていたからだ。

 野村證券は、パッケージソフトウエアの利用にかじを切る。白羽の矢を立てたのが、STARだ。「前例のないプロジェクトだったが、経営からの強いコミットの下、踏み切ることにした」(吉村経営役)。

 2009年に刷新プロジェクトを推進する、リテールITプロジェクト室を設置。STAR導入の可能性を探り、2010年7月にSTARへの移行を決定した。ここから、5年以上をかけた刷新プロジェクトが始動する。

 最終目標は、CUSTOMの廃止だ。これを達成するために、大きく二つのプロジェクトで計画を進めた(図1図2)。

図1 野村證券の基幹システム刷新のスケジュール
プロジェクトは5年以上にわたる
図1 野村證券の基幹システム刷新のスケジュール
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図2 野村證券の基幹システムの構成
STAR導入で約550万口座を移行
図2 野村證券の基幹システムの構成
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 最初に取り掛かったのが「STAR導入プロジェクト」。CUSTOMの中心部分である、約550万というリテールの口座管理などの機能をSTARに移行する。開発工数は4万2900人月、開発期間は2年6カ月にわたる。

 もう一つは、ホールセールの口座管理、決済機能や、本社の決済、会計、事務管理などのシステムをCUSTOMから移行する「CUSTOM Off-Boarding(COB)」と呼ぶプロジェクトだ。決済や口座管理の機能は、NRIが提供するホールセール向けバックオフィスシステム「I-STAR」に移行する。対象となる口座数は約1万だ。

 I-STARで対応できない、本社の会計や事務管理のシステムは個別に再構築することで対応する。COBは現在も進行中で、2015年12月にCUSTOMを廃止する計画だ。

 COBの完了予定は2016年3月。CUSTOMを稼働してきたホストコンピュータや周辺の設備、機器を撤去し、デーセンターを閉鎖する。

約1億7000万ステップまで肥大化

 CUSTOMの基盤となるシステムが確立したのは、1978年~1980年のプロジェクト。その後、性能の向上、情報系システムの構築、コールセンターとの連携などの機能を追加し続けてきた。

 2000年代に入っても、初期のシステム構造をベースに、機能追加を重ねていた。その結果、「システムの肥大化によって、様々な課題やリスクが発生した」(吉村経営役)。

 経営層の頭を悩ませた最大の課題は、保守メンテナンス費用の増加である。システムのスパゲッティ化によって、ソースコードが膨れ上がっていた。刷新前は約1億7000万ステップにも上っていたという。調査、テストの工数や手間は増える一方だった。

 性能面でも限界を迎えていた。現在、野村證券が扱う取引口座数は約550万口座。これが600万口座を超えた場合、CUSTOMの処理性能では足りないことが分かっていた。

 ほかにも、ホストコンピュータの周辺機器の保守切れや、データセンターの老朽化など、リスクや課題は切りがなかったという。

9000項目を仕分け――STAR導入プロジェクト

 「STAR導入には、システムと業務をスリム化する改革が必須だった」。吉村経営役は振り返る。CUSTOMそのままでは「巨象をタクシーに乗せる」ことはできない。業務改革によるスリム化が必要だった。

 同社はまず、リテール部門の業務を全て洗い出すことから始めた。STARの機能でカバーできる業務項目を判定する「フィットアンドギャップ」を全業務に対して実施した。この作業は約1年間をかけ、NRIの担当者と力を合わせて進めた。

 STARは中堅中小の証券会社向けに開発されたパッケージ。想定する口座数は、野村證券が保有する約550万口座を一桁下回る。標準的な機能は備えているが、CUSTOMの機能には対応していない部分が多かった。

 全ての業務を洗い出した結果、フィットアンドギャップの対象項目は9000項目に上ったという(図3)。そのうち、STARが備える機能でカバーできるのは半分である4500項目。残りの4500項目は「ギャップ」として何らかの対応措置が必要だった。

図3 野村證券の実施した業務改革
約1年間かけて9000項目のフィットアンドギャップを実施
図3 野村證券の実施した業務改革
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 4500項目あるギャップのうち、900項目は業務を廃止し、機能を追加しない判断を下した。例えば、株式や債券を取引している顧客から徴収する口座管理料。取引によって異なるが、それまでは年1000円程度、顧客から一律に徴収していたという。インターネット証券では、無料化している企業が多く「もう徴収はやめよう」(吉村経営役)と判断した。

 ギャップのうち、3600項目はSTAR上で継承することにした。そのうち機能を追加したのは約3割。STARにアドオン(追加開発)したり、業務を補完するツールを用意したりして、対応した。残りの7割は運用で乗り切った。野村證券IT基盤戦略部長の和泉哲郎氏は「年間100件しか発生しないような業務は、従業員が手作業で対応できる」と語る。

 業務項目を洗い出したことで、アドオンの費用を大幅に削減できた。吉村経営役は「全ての機能にアドオンで対応していた場合の、約10分の1のコストで達成できた」とフィットアンドギャップの効果を語る。

営業経験で現場を説得

 業務改革を成功させるには、プロジェクトを担うIT部門が、現場の業務に精通していなくてはならない。

 「プロジェクト推進の主要メンバーが、営業部門の出身だったことが、成功の一因だった」と野村證券の和田正一業務企画部長は分析する。STAR導入プロジェクトの実行責任者である吉村経営役は、リテールITプロジェクト室に就任するまでは野村證券 横浜駅西口支店(現在は横浜支店)の支店長を務めていた。

 和泉IT基盤戦略部長、和田業務企画部長、野村ホールディングスIT統括部の橋本部長も、営業・本社企画などを経験している。「現場の担当者には、これまでのやり方を変えてもらうか、どのようなアドオンが必要かを議論してもらう必要があった。現場の担当者を説得する際には、営業現場での経験が生きた」と口をそろえる。

550万口座を一気に移行

 リテールの約550万口座をSTARに移行したのは、2013年1月だ。野村證券は思い切った決断に踏み切る。約550万口座を、一気に移行させる計画を立てたのだ。「当時、IT部門を中心に反対の声が多かった」と吉村経営役は振り返る。

 複数回に分けて移行した場合、支店間で業務の運用方法が異なる期間が発生する。同社は全国に約150支店を有しており、「支店での顧客対応が難しくなると考え、同時移行を決断した」(和田業務企画部長)。

 STARへ移行したことで、CUSTOM最大の課題だった、保守メンテナンス費用を削減できた。さらに、システム全体の無駄な部分を削減できたという。CUSTOMのソースコード約1億7000万ステップのうち35%を削減し、STAR移行後は約1億1000万ステップとなった。「システムのスリム化とコスト削減を達成し、戦略的な機能追加を実践できる土台が固まった」(吉村経営役)。

脱CUSTOMを完了――COB(CUSTOM Off-Boarding)プロジェクト

 STAR導入を成功させた野村證券は、CUSTOMを脱するCOBプロジェクトを進行中だ。

 COBプロジェクトでは、大きく二つの目標を定めた。野村證券はこれらを「最大のマイルストーン」「完了のマイルストーン」と名付けている。

 最大のマイルストーンは、2014年12月。CUSTOMから全ての取引、口座管理機能を移行する。

 2013年1月時点で、STAR導入プロジェクトによって、リテールの口座管理などの中心部分はSTARに移行し終えた。残る、ホールセールの口座管理や本社の決済機能などをCUSTOMからI-STARに移行させれば、最大のマイルストーンは達成される。

 最大のマイルストーンの達成のために、COB2、COB3と呼ばれる二つのプロジェクトを計画し実施した。COB2では2014年1月に、ホールセールの株式関連の取引・口座をI-STARに移行した。COB3を実施したのは2015年1月である。債券関連の取引・口座をI-STARに移行した。

 COB2、COB3が完了すれば、CUSTOMに残るのは、本社の会計や資金、事務管理に当たる機能や、法人向けの一部機能だけになる。STAR、I-STARで対応できなかったシステム群である。これらに対して個別にシステムを構築することで、CUSTOMの機能を完全に廃止できる。

 完了のマイルストーンは、CUSTOMを稼働させてきたデータセンターの利用を終了することだ。2016年3月にはCUSTOMを稼働させていたホストコンピュータや周辺設備、機器を全て撤去する。

全部門の役員がコミット

 COBプロジェクトを成功させるために、野村證券は全部門が連携する体制を組織した。「全部門がスクラムを組んだ」(吉村経営役)。COBの対象となるのはリテール、ホールセール、コーポレートなど、野村證券の全部門だ。

 それぞれの部門の業務、システムは互いに連携している。「例えば、会計や決済のシステム、商品の銘柄を管理するシステムがその他のほとんどのシステムと関係している」(和泉 IT基盤戦略部長)。

 プロジェクト推進メンバーが、各部門の業務に精通していなければ、成功は見込めない。「一方で、各部門のプロジェクトの進捗を俯瞰し、部門横断的な課題を把握できる体制が求められた」(吉村経営役)。

 2013年5月、COBを推進するプロジェクト担当者が集まり、第一回会議が開催された。COBの最高意思決定機関として設置された「COBコミッティ」のメンバーだ(図4)。

図4 COB(CUSTOM Off-Boarding)の社内横串プロジェクトの推進体制
全社で連携し、約130回の会議を実施
図4 COB(CUSTOM Off-Boarding)の社内横串プロジェクトの推進体制
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 同機関は、野村證券の永井浩二 執行役社長の直属の組織である。リテール、ホールセール、コーポレートなど、各部門を統括する役員を中心に構成する。構成人数は20人以上で、「全部門の役員が集まり、腹を割って話し合う場だ」(吉村経営役)。COB遂行の方針や課題解決の方法を決定する。

 COBコミッティの下部組織として、各部門の実行責任者で構成された定例会議や、実務の担当者で構成されたプロジェクト情報共有会議も開催された。これら全てを合計した会議数は、約130回。COBのマイルストーン達成や、部門横断的な実務レベルの課題を整理し、対応策を検討した。

 吉村経営役は「IT部門は横串を通す役割を担う」と話す。各部門の、業務設計やシステム導入、システム廃止などの実務に、IT部門の担当者を配置するといった工夫も施した。

 このような体制の下、2014年1月、ホールセールの株式関連口座をI-STARに移行するCOB2を完了した。プロジェクト自体は成功したが、反省点が多く残る内容だったという。「その多くは見通しの甘さだった」(吉村経営役)。

 COB2の後に、“大反省会”が開かれたという。「想定していない事態はない、というレベルまで議論することにした。各部門の担当者が、それぞれの知見を全て吐き出した」(吉村経営役)。社内横串の連携体制を深めることで、2015年1月にCOB3を成功に導いた。システム刷新プロジェクトで、全社連携体制が敷かれたのは同社初だったという。

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