ビッグデータ利活用基盤の方向には、高度分析志向と全社データ利活用がある。現状とゴールを見据え、利活用のロードマップを作ることが必要だ。利活用を進める上で、超えるべきハードルやリスクは多い。実践経験から得た、データ利活用のポイントを解説する。

 大阪ガス100%出資の情報子会社であるオージス総研は、大阪ガスのデータ利活用を支えることで蓄積した経験を生かし、様々な企業に対してビッグデータ利活用サービスを提供している。

 大阪ガスでは、データ利活用の強化のため、2010年にスモールスタートで、全社共通のデータ利活用基盤システムの稼働を開始。「DUSH(Data Utilization Support & Help)」と呼ぶ、全社的なデータ利活用を促進するための総合的な支援サービスを提供し始めた。

 その後、数年をかけて社内の主なシステムのデータを基盤システムに集め、利用者に対する支援サービスを拡充するとともに、大阪ガスの情報通信部の内部組織であるデータ分析部門「ビジネスアナリシスセンター」との連携も強化した。データの一元化や品質に責任を持つこうした組織運営が評価され、2014年に一般社団法人 日本データマネジメント・コンソーシアム(JDMC)のデータマネジメント大賞を受賞した。 

 本連載では、一般企業での実績を交えながら、ビッグデータの利活用を全社レベルに広げ、企業の競争力に貢献していくための「ビッグデータ利活用の戦略と勘所」を紹介する(図1)。

図1 本連載の予定
ビッグデータ利活用を成功に導く
図1 本連載の予定
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利活用を進める二つの方向性

 今回のテーマは、データ利活用を進める戦略に深く関わる「アプローチ」と「落とし穴」である。

 これまでのデータ分析戦略のコンサルティング経験を通じて、当社は、データ利活用には以下の二つの方向性があると認識している。これを理解した上で、データ利活用のロードマップを描くことが第一歩である。

方向性1:高度分析志向型
方向性2:全社データ利活用型

 高度分析志向型のケーススタディを紹介しよう。消費者向けビジネスを行っているある企業では、少数のデータサイエンティストが中心となり、「店舗のどこに何を置けば売り上げが増加するか」といった課題に対して、将来予測やデータマイニングなど高度なデータ分析を行っている。取り扱うデータは販売情報が中心で、データサイエンティストはデータ分析ロジックの開発が主な作業だ。

 このケースでは、課題から分析要求を明確にできるため、分析を行うためのデータ収集・加工などの的が絞りやすく、分析基盤の規模は比較的小さい。一方で、個別特化した分析要求に引きづられ、格納データ、データ加工ロジック、データ分析ロジック、レポートなどの再利用性が低下しがちだ。

 全社データ利活用型の事例の一つは、世界各地に子会社を持つある企業だ。IT部門が中心となり、現場のデータ利活用を進めるべくIT基盤を構築した。各子会社の事業活動データを集めるので、グローバルな関連データが対象となり大規模な基盤となっている。基盤を維持管理・運用する部門の主な作業は、基盤に格納するデータの加工や品質確保である。

 二つの方向性の違いは、基盤の規模のみならず、利用者のデータ利活用の形態に及ぶ。全社データ利活用型では、IT部門や外部ベンダーが中心となって基盤構築の計画や設計を行うので、データ利活用のための「ITの仕掛け」について深く議論される。ところが、利用者の考え方や業務に対する理解の不足から、データ利活用の運営が手薄になり、利用者に十分に使ってもらえないデータ分析基盤を構築してしまう恐れがある。

自社に合ったロードマップ描く

 実際に、使われるデータ分析基盤を作るには、関係者間でデータ利活用の「自社の現状」と「自社のゴール(将来)」について認識を合わせる必要がある。その上で、「最終的なゴール」と現実的な「次のステージ」を考慮して、高度分析志向型/全社データ利活用型のどちらで進めるかを選ぶ。最後に、ゴールに至るまでの道筋をステージとして段階的に定義する。

 こうした一連の整理を行うために、「データ分析戦略」の一環として、検討開始時にロードマップを描くことを推奨している。縦軸にデータ利活用の組織的な広がり「展開レベル」を、横軸にデータ利活用の高度化「利活用ステージ」を設定。そこにロードマップを示すことで、自社の「現状(AsIs)」と「ゴール(ToBe)」が明確になる(図2)。

図2 データ利活用ポジショングリッド
データ利活用の方針を決める
図2 データ利活用ポジショングリッド
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 進め方のイメージとしては、高度分析志向型を選択した場合は現状から右方向に、全社データ利活用型を選択した場合は現状から上方向に、それぞれ活動を進めることになる。

 大阪ガスのケースでは、全社データ利活用型に方向を定め、活動を開始。データ利活用の組織的な広がりを示す「展開レベル」が上がってきた段階で、「データ利活用の高度化」の活動と歩調を合わせていった。

利活用のハードルと対策

 データ利活用を実行計画レベルに移すには、データ利活用の主なハードルを認識しておくことがポイントだ。当社がデータ利活用を進める中で、実際に経験し対策を進めてきたハードルを四つ紹介する。

 最初のハードルは、データ利活用は定型的な業務アプリケーション開発とは異なり、「活動の期限がない」ということだ。ビジネス環境は短期間で大きく変わり、データ利活用はその変化から受ける影響が大きいためである。「適切なデータ利活用が最終的に日常業務に組み込まれ、日々行われるものになること」がゴールであり、この状態を維持するために継続的な活動が必要になる。対策としては、将来を含む「データの利活用シーン」を十分検討した上で、それを支える運用項目を定義し、IT基盤や人材・組織を準備していくという進め方が有効である。

 二つ目のハードルは、「現在位置とゴールがつかみにくい」ということである。このハードルは、データ利活用の活動マイルストーンやステージが見えにくいということが原因だ。対策としては、「データ利活用の組織的な広がり(縦軸)」と「データ利活用の高度化(横軸)」の2軸で見える化を進める手法(ロードマップ)が効果的である。 

 三つ目のハードルは、「データ分析には良いデータ品質が必要」であるが、データ品質に関係する活動の必要性について関係者の理解を得にくいことだ。データ品質を高める例としては、データ管理やデータクレンジングといった活動が挙げられる。対策としては、データ品質の向上により得られる精度の高い分析レポートの提示や、実績を持つ外部エキスパートから知見を得て、関係者に丁寧に説明し指示を得ることが有効だ。

二つの属人化を防ぐ

 最後のハードルは、属人化が進みやすいことだ。データ利活用を広く活性化していくためには、データやデータ分析のロジックの共有が必要であるが、属人化はこれを妨げる要因となる。事例を二つ上挙げて解説する。登場する利用者の役割(ロール)は、「企画担当」、「現場」、「データサイエンティスト」、「IT部門」である。

事例1:「データの属人化」

 IT部門は、データを一元的に格納・管理するデータウエアハウスを構築した。しかし、企画担当と現場は今までの経路で入手したデータと、自分の手元にあるデータでの分析を継続した。その結果、同じ目的のデータ分析であっても、担当者によってデータセットと結果が異なり、適切な結果がどれであるのかの検証に毎回膨大な時間がかかってしまった。

事例2:「分析ロジックの属人化」

 データサイエンティストとIT部門は、「データ分析ロジックの見える化」が重要であると考え、それが可能なツールを導入した。しかし、利用者を考慮した運営を実施しなかったため、企画担当と現場は使い慣れた従来のツールを使い続け、個別の分析ロジックが残り続けることになった。そして、組織横断でのデータ分析の結果共有にも支障が発生し、データ分析の属人化が進んでしまった。

利用者視点が不可欠

 「落とし穴(リスク)」も押さえておきたい。ビッグデータ利活用については、「ITの仕掛け」が先行しているケースを散見する。基盤が完成しても利用者に想定したように使ってもらえないという相談も受ける。

 基盤の提供側は、「ビッグデータ対応型のIT基盤を用意したので、これでビッグデータを利活用できます」と言う。ところが、いざ利用者に展開しようとすると、「誰が何に使うのか」、「今までより何がよいのか」と指摘され、活動が停止してしまう。

 基幹システムと異なり、データ利活用は、用意されたデータ分析基盤を使わなくても、利用者は従来のデータで現行業務を進められる。そのため、構築したものの使われないデータ分析基盤が生まれてしまう。

 当社の経験から、最も注意すべき落とし穴は「用意した基盤を使ってもらえない」ことだ。こうした失敗に陥る原因は、利用者視点が不足していることに尽きる。活動の進め方の問題であり、以下の三つの対策でリスクは軽減できる。

対策1:コアとなる利用者を巻き込む

 活動の初期段階からコアとなる利用者を巻き込み、一緒になってデータの利活用を考えることが大切だ。対象者は、企画担当やデータサイエンティスト、IT部門、現場部門だが、「利用者の担当業務」を考慮して選抜することがポイントである。

対策2:ギャップと対策

 ロードマップを策定し、利用シーンの検討を進めていくと、要求となる「実施したいデータ分析」と「現状」の間に数多くのギャップがあることに気づく。このギャップこそが、データ利活用を活性化し、継続させる重要テーマである。

 その解決には、データ利用者とIT基盤をつなぐ「運営の視点」が必須である。このデータ利用者を意識した運営を当社では「ブリッジ」と定義しており、これが「ITの仕掛け」が先行しているケースで欠落していたものである(図3)。

図3 利用者とIT基盤を取り持つ仕組み
使われる基盤は「運営」でブリッジされている
図3 利用者とIT基盤を取り持つ仕組み
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対策3:「スモールスタート+試行」

 ここまで紹介した検討は机上のものであり、最後は「検証」が必要だ。

 大阪ガスのケースでは、利用者を巻き込んだ上で、「スモールスタート+試行」という形で活動を進め、「想定したデータ利活用が実際に行われる」ことを確認していった。現場で試行的なデータ分析や利用者支援の施策を行い、そこで得た知見を基に、活動の方向修正を素早く行った。

 スモールスタートは、活動の方向が誤っていた時のインパクトを低減することに役立つ。不確定な要素を含む活動は、取り扱う範囲を絞った上で開始し、試行することが重要である。

小林 祐介(こばやし・ゆうすけ)氏
オージス総研 データアナリシス部 リーダー兼コンサルタント
データ分析戦略コンサルタント。大手運輸業などの大規模プロジェクトのマネジメントを経験後、大阪ガスのデータ利活用(DUSH)をリード。ノウハウをナレッジ化する。現在は大手製造業を中心に多くのコンサルティングとPMO支援を行っている。