写真:Getty Images
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業務から収集できる様々なビッグデータを実際の事業に生かすにはIT部門主導の“仕組み”作りが必要だ。各社の取り組みから浮かび上がるのは、スモールスタートでのツール導入や分析する前の入念な準備、部門を越えた協力体制など、心がけるべき3つのポイントだ。IT部門の地道な取り組みが、成功に結び付いた事例を紹介する。

 「年間コストが1000万円以上削減できた」「生産性が5%向上した」「グループ各社へ分析結果を拡大している」――。

 ポイントカードの利用履歴や、店舗の営業利益といったデータを上手く分析して、業務の改善につなげた企業の成果だ。一つの部門で成果を収めた後、部門から部門へと拡大するケースもある。

 いずれの場合もIT部門は、分析するシステムを構築するためにデータの取捨選択や整理、現場へのヒアリングなど入念な事前準備と、定着のための努力で貢献した。

 本特集では、ビッグデータを分析して成功を収め、範囲を拡大し続けている企業の事例を紹介する。成功を収めるために欠かせない、3つのポイントを集約した。

 たった30人から始まった工数削減の取り組みを、海外拠点まで拡大するヤマハの事例からは「ビッグデータの道も一歩から」。データ整理を地道に続けている神戸製鋼所からは「分析前に勝負は決まる」。「データはみんなのために」は、全社員が分析に取り組むメガネスーパー、グループ20社と分析結果を共有する京阪電気鉄道の事例から学ぶ。

 ビッグデータを分析して事業に生かす、IT部門の取り組みを見ていく。

1.ビッグデータの道も一歩から
ヤマハ:30人で始めて海外まで拡大

データの選別・整理のために現場からヒアリングした、ヤマハIT推進グループの宮田智史主事 
データの選別・整理のために現場からヒアリングした、ヤマハIT推進グループの宮田智史主事 

 30人から始めたデータ分析の取り組みを、中国やマレーシアなど海外15拠点へ導入しようとしているのがヤマハだ。同社は2013年3月、子会社が保有する豊岡工場(静岡県磐田市)の基板実装工程にBIツールを導入。作業担当者の生産性に関するデータの収集・分析を始めた。

 同社は、ウイングアーク1stのBIツール「MotionBoard」を搭載する「POPシステム」を構築した。当初の導入範囲は、同工程の約30人の作業担当者のみ。「スモールスタートで効果を確認できた」(ヤマハ 楽器・音響生産本部生産企画部 IT推進グループの宮田智史主事)ので、2014年に成形工程にも拡大した。今年3月には適用範囲を80人に増やす(図1)。

図1 30人に導入した後段階的に拡大するヤマハ
年2000万円コスト削減、海外へも展開
図1 30人に導入した後段階的に拡大するヤマハ
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 導入当初に得られた効果は、金額に換算すると年間1000万円程度のコスト削減。80人まで拡大すると、試算では年2000万円程度に達する。同社は投資対効果を見極めながら拡大して成功し、海外拠点への展開も視野に入れている。「小規模で始めた豊岡工場をモデルケースにする」(宮田主事)。まさに「ビッグデータの道も一歩から」の取り組みだ。

 POPシステムでは、作業担当者の生産能率を分析できる。全員がiPad専用のアプリに作業日報を記録する。そのデータを基に、作業計画に対する進捗度合い「生産能率」や、不良品の発生率「不良率」といった指標を可視化し、生産性の向上につなげた。

 同工場では分析結果を生かすために週1回、製造工程の進捗を話し合う「進捗定例会」を開く。参加するのは、現場のチームリーダーや生産技術部のマネジャーなどだ。工程の遅れや不良品が出た際の原因などを分析、不良率を削減する。電子楽器に部品を搭載する時のはんだ付けの温度や角度、厚みなどのデータと不良率を合わせて分析し、生産性の向上につなげている。

 例えば実装工程の作業で、熟練の作業員が経験で判断していた条件もデータで可視化。若手の作業員がそれを参照することで、作業品質を維持する努力をしている。

 ツール構築で、もう一つのメリットを得た。ペーパーレス化による作業工程の簡素化で、労働効率アップを実現できたことだ。導入前は、作業担当者が紙に作業日報を記録し、3人の主任が毎日Excelに転記。そのデータを、月1回リーダーがレポートにまとめていた。POPシステムは、iPadで入力したデータをそのままMotionBoardで分析できる。転記や集計の作業が無くなり、月80時間程度の工数が削減できた。

 さらに作業担当者が100人いる組立工程には、紙からアプリケーションに直接転記してサーバーでデータを保管する「Web日報システム」を導入。Excelへの転記・集計がなくなり、月56時間程度の工数が削減できた。合計月130時間程度が削減できた。金額に換算すると、効果は年間1000万円にも達する。

 POPシステムの構築にかかった費用は約700万円で、MotionBoardの購入費用はそのうち約400万円。Web日報システムは、同社のIT部門が内製したので外部発注の費用はゼロ。1年間でほぼ元が取れる計算だ。

海外拠点もビッグデータで分析

 宮田主事は「大量のデータを収集すると全て分析したくなるが、最初は的を絞っている」と話す。まずスモールスタートで始めてモデルケースとして成功させ、他のラインや工場に導入する計画だ。「今後は分析するデータを増やしていく」(宮田主事)。

 工場内の機械設備のデータも取得して分析する。機械が稼働する時間のログを蓄積して、故障時間を割り出す。「同種の機械でも故障率に差がある」(宮田主事)。原因は、メンテナンスの不備や機械の配置によって負荷にムラがあることだ。1回の停止時間は数分でも、2年間の総合計では約2万分にも達する。故障率の高い機械は負荷の少ない配置にしたり、メンテナンス方法を変えたりする。故障率を下げて、生産性を向上できるからだ。

 同社は、POPシステム、設備の故障率を分析するシステムを、海外15拠点へも導入する計画だ。海外にある工場の生産性や機械の故障率も、日本と同じシステムで分析できるようにする。収集したビッグデータを統一指標で分析し、全社的な生産性向上を目指す。

2.分析前に勝負は決まる
神戸製鋼所:200万件以上のデータを整理

 データの整理や形式の統一など地道に準備したことで成功を得られたのが、神戸製鋼所だ。ビッグデータを業務に生かす取り組みでは「分析前に勝負は決まる」。データが分析できる状態になっていなければ、業務に貢献できないからだ。

 同社の林高弘IT企画部長は「分析ツールを導入する際の事前準備が、データ分析の成否を分ける」と語る。実際に、200万件以上のデータを入念に調べ上げて整理し直した、IT企画部の取り組みを見ていこう。

 分析ツールを導入した狙いは、アルミ・銅事業部門や機械事業部門など、5~6部門の製造所での資材の購買データを分析して、調達コストを削減すること。2012年10月に、クリックテック・ジャパンのBIツール「QlikView」を導入した。それまでは、「データ自体は大量に収集していたが、分析できる状態になっていなかった」(林IT企画部長)。

 例えば、各事業部門で大型機械を操業するときに必要となる「潤滑油」の購買データ。同じ潤滑油でも異なる製品コードで登録していたり、製品名ではなく「潤滑油」「潤滑油一式」などと登録されていたりした。

 IT企画部ではこれらの購買データを、分析しやすいフォーマットに整理し直した。「データ様式を整理する作業が一番苦労した。しかし、この作業を怠ると分析はできないと思った」(林IT企画部長)。2015年1月時点で、分析に使う購買データは200万件以上ある。

 整理後は、各事業部門の製造所が過去に購入した潤滑油の購買データを、時期別、取引先別などの軸で一覧できるようになった。どの時期にどの取引先から購入すれば、安く調達できるか瞬時の判断が可能だ。「資材によっては、半額で調達できるようになった。まだ全てのデータを整理していないので、継続して取り組んでいく」(林IT企画部長)

現場へのヒアリングは必須

 生産現場でも、成果は上がっている(図2)。例えば、アルミ・銅事業部門傘下の長府工場(山口県下関市)では、2014年1月にQlikViewを導入。銅版を薄く延ばす圧延工程での生産性の向上に役立てている。以前から圧延機にはセンサーが取り付けられており、温度や速度などのデータを「大量に収集・蓄積していたが、活用が不十分だった」(林IT企画部長)。

図2 複数部門に適したデータ分析する神戸製鋼所
調達部門で効果確かめ、事例共有して全社展開
図2 複数部門に適したデータ分析する神戸製鋼所
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写真提供:神戸製鋼所
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 同工場でも、事前の準備がデータ分析の成否を分けた。どのデータを分析するべきかの判断は、現場の作業員でないと難しい」(林IT企画部長)ため、事前にヒアリングを実施した。要望を詳しく聞いて、必要なデータ整理や分析メニュー作成などを実施した。

 同工程では、圧延速度を上げれば時間当たりの生産量は増加するが品質にムラができてしまい、基準を満たさない銅版が増えてしまう。品質を維持しながら圧延速度を速めることができれば、生産性の向上につながる。ツールを使って銅板の温度や速度などのデータを分析し、最適な条件を決定。その結果、時間当たり生産量を5%向上させた。従来は、圧延時の条件を熟練の作業員が経験で判断していたが、データに基づいて条件をコントロールすることで、経験の浅い作業員も品質を維持できるようになったことが大きいという。

3.データはみんなのために
メガネスーパー:全部門、全社員がデータを共有

 「全部門、全社員がデータを共有して経営判断に生かしている」――。メガネスーパー取締役執行役員の束原俊哉戦略本部長はこう話す。同社では、全国に展開する約300店舗の店長、本社のマーケティング、事業推進、店舗開発といった部門の担当者がBIツールを使って、データを分析して課題を発見し、対策を講じている。

 同社が成功を収めることができたのは「データはみんなのために」を徹底したことにある。同社では、各店舗の店長や各部門の担当者が店舗のPCで、店舗の営業成績を示す粗利率や客単価などのKPI(重要業績評価指標)を分析できる。全社員にデータが開示されているため、「自分で課題を発見して、対策を提案できる」と束原戦略本部長は説明する。

 同時に、各店舗の店長が、他店舗や他エリアのデータを閲覧できるようにした。店舗やエリア別に店長たちの競争意識が芽生えさせるためだ。「こちらが指示をしなくても、店長自らがデータを基に、その店に適した販売施策などを考えるようになった」(束原戦略本部長)という。

 メガネスーパーでは、毎週月曜日に全部門から100人以上参加する「アクション会議」を小田原の本社で開く(図3)。10時間以上にわたって、各部門の担当者が抱える課題について経営陣を交えて対策を検討する。「データを共有して、経営陣と現場や各部門が議論する」(束原戦略本部長)。

図3 メガネスーパーの全社的データ活用
現場も経営層も、KPIで全社員が“経営判断”
図3 メガネスーパーの全社的データ活用
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写真提供:メガネスーパー
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全店舗で“経営判断”が可能に

 例えば、従来は営業成績が悪化した店舗は、要因を詳しく分析せずに閉鎖することが多かった。現在は、KPIを基に競合店舗の出現によって商圏が変わったのか、人件費が高いのかなど、様々な要因を分析し、可能な限り店舗のリロケーション(立地を変えること)で対応している。閉鎖すると顧客基盤は失われるが、近隣への移転で対応できれば、少なくとも顧客を全員失うことは避けられる。

 同社は2012年11月からKPIを分析するために、ウイングアーク1stの提供する「Dr.Sum EA」を導入した。「販売効率の改善で、商品在庫の回転率を1割程度向上させることに成功した」(束原戦略本部長)。メガネスーパー全店舗の店長は毎週月曜日、分析ツールでリアルタイムに分析できる粗利率や単価などのKPIを基に、商品を発注する。

 導入前に利用していたのは会計管理向けのシステムで、売り上げは把握できたものの、粗利率や顧客単価などのデータは分析できなかった。当然、商品別に売れ行きを予測して、商品発注するのは無理だ。

 「メガネは腐らないので、欠品に合わせて商品を補充しているだけだった」(束原戦略本部長)。ツール導入後は、売れ筋の商品について早めに追加発注することで、回転率の向上につなげることができた。

 分析に使う粗利率や単価などのKPIは、システムの構築に合わせて新たに体系化して導入したものだ。これらのKPIを基に各店舗の店長は、日々の計画に対する達成度合いをリアルタイムに確認できる。顧客別や単価別に分析でき、商品の発注に生かせる。例えば、顧客の年齢層を分析して、シニア層が多ければ老眼鏡を発注したり、適したDMを送ったりできる。

 束原戦略本部長は「BIツールを導入するだけでは効果は出ない」。従来は、売り上げに関する指標しか店舗運営に使っておらず、売れ筋商品や顧客動向などつかめなかった。現在は、商品別の粗利率や売れ筋商品、顧客の年齢層などのデータを把握することで、各店舗の店長はきめ細かい”経営判断”ができるようになった。

 また、ツール導入した以降、分析を定着させるために各店舗にアンケートを複数回実施した。どのような分析の切り口が求められているか、現場の声を反映して分析メニューを更新するためだ。束原戦略本部長は「現場に使ってもらうには、現場に聞くしかない」と話す。

3.データはみんなのために
京阪電気鉄道:グループ20社でデータ活用

 「“おけいはんポイント”などの利用履歴を収集したビッグデータを、グループ約20社と共有している」(京阪電気鉄道 経営統括室IT推進部の安橋正子課長)。京阪電気鉄道(京阪電鉄)はグループ会社を通じて、メインとなる鉄道事業の他に不動産事業や流通事業など、多彩なビジネスを展開する。

 同社のIT推進部と事業推進担当は、毎月約1000万件収集されるポイントカードや交通系ICカードの利用履歴の分析に取り組んでいる。グループ会社の小売店や飲食店、ショッピングモールなどの経営に生かすためだ。

 同社は2013年7月から、定例会「マーケティング推進会議」を開いている。主催は、京阪電鉄のIT推進部と事業推進担当、クレジットカードを発行するグループ会社の京阪カード。開催は2カ月に1回、グループ各社からマーケティング担当が1人ずつ計30人以上が集まり、各社の事例をプレゼンする。情報をグループ各社で共有する、まさに「データはみんなのために」の取り組みだ。

 同社が分析しているのは、次の3つのデータ。京阪電鉄が発行しているポイントカード「e-kenetカード」でショッピングなどすると貯められる「おけいはんポイント」、クレジットカード機能を搭載した「e-kenet VISAカード」の利用履歴、関西地区で使われている交通系ICカード「京阪マイレージPiTaPaカード」の利用履歴だ。カードの会員数は合計50万人を越える。これらのデータを分析するために、京阪電鉄は2013年7月に、SAS Institute Japanの提供するBIツール「SAS Enterprise Guide」を導入した。

図4 京阪電鉄のグループ間でのデータ活用
推進会議で分析結果を20社と共有
図4 京阪電鉄のグループ間でのデータ活用
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 分析結果を共有するための努力は「マーケティング推進会議」だけではない。京阪電鉄のIT推進部と事業推進担当が、グループ各社を訪問して、具体的な施策について議論する。

 「1~2カ月に1回の頻度で議論し、何か具体的な取り組みにつなげるようにしている」(安橋課長)。分析する習慣を定着させることで、将来はグループ各社の担当者が自ら分析して、施策を講じれるようにする計画だ。

将来はデータ量を3倍に

 「営業時間を延長することで、男性顧客の来店率を向上させられそうだ」。京阪電気鉄道 経営統括室事業推進担当の清水裕介課長は、分析結果を見てこう予測した。

 同氏が分析したのは、グループ会社が運営する飲食店街「パナンテ」の来店客の利用率。パナンテは天満橋駅に隣接しており、16の飲食店や薬局などを有している。

 清水氏が分析したのは、時間帯別の顧客動向だ。パナンテで営業している16店舗のうち、14店舗は平日22時30分までに、1店舗は23時に営業を終了するが、1店舗だけ23時30分まで営業している店舗がある。営業時間が長い店舗の利用者のデータを調べたところ、利用者数のピークが22~23時に来ており、しかも他の時間帯よりも男性顧客の割合が多い。

 さらに、クレジットカードの利用履歴やポイントの履歴などを調べると、22時以降の時間帯で、郊外にある飲食店に利用客が流出していることが分かった。パナンテの閉店時間を遅らせることで、「残業で帰りの遅くなったサラリーマンの利用者を増やして、売り上げ増を狙える」(清水課長)。2014年12月から試験的に6店舗で営業時間を23時台に延長したところ、「パナンテ全体の男性顧客の利用者が増えた」(清水課長)。

 「今後、分析するデータ量も増やしたい」(経営統括室事業推進担当の神田愛課長)。京阪線の利用者のうち、約4割が紙の乗車券や磁気定期券といった接触型の乗車券で、非接触型のICカードは約6割。PiTaPaのシェアは全体の約2割だ。将来は、JR西日本のICOCAなどの交通系ICカードも含めた、全てのデータ分析を目指す。