「OSの更新に伴う無駄な作業はこりごり」と、従業員が社内外で業務に使うPCなど、法人端末の購入方針を見直す企業が相次いでいる。Officeなど業務アプリケーションのマルチOS対応、シンクライアントの導入コスト低下などに伴い、端末OSを選ばず業務を遂行できるようになったためだ。Chrome OS、Windows 10と新たな端末OSが登場する中、5年後を見据えた法人端末の最適解を検証する。

 「これまで我々は、5年ごとに付加価値のない“仕事”をさせられていた。ようやくその“仕事”から解放される」。日新製鋼の岡田洋PI推進部長は満足げに語る。

 この“仕事”とは、従業員に配布する業務用PCの更新作業のことだ。日新製鋼は2015年3月までに、従業員用のPC約4700台をシンクライアントに移行させる。まず、現行のPCをシンクライアント端末として流用。故障したものから順次、Windowsを搭載しないシンクライアント専用機に切り替えていく考えだ。

 同社はこれまで、5年単位で法人端末を買い換えてきた。前回の更新作業は、Windows 2000のサポートが終了する2009年。既にWindows 7が入手可能だったが、業務用アプリケーションの中にWindows 7では動作しないアプリが残っており、Windows XPを選ばざるを得なかった。「OSのバージョンを上げるためだけに、端末の買い換えや業務アプリケーションの更新・書き換えに莫大なコスト負担を強いられてきた。従業員の生産性向上に寄与している実感はなかった」(岡田氏)。

 このサイクルを断ち切るために、日新製鋼は端末OSであるWindowsと、各種アプリケーションの切り離しに踏み切った。クライアント/サーバー型アプリケーションはWebアプリケーションに移行。さらに「Internet Explorer」「Office」などの業務ソフトも端末から切り離し、データセンターのサーバー上で動かす。米シトリックス・システムズのアプリケーション仮想化ソフト「XenApp」で画像を転送し、端末側で操作する。全てのファイルはファイルサーバー上に保存し、端末にはデータを一切残さない。

 従業員の生産性を左右する法人端末のあり方が今、大きく変わろうとしている。「最低1台はWindows端末」「5年ごとにOS、アプリ、ハードを一斉更新」といった常識は、2015年以降は過去のものになりそうだ。

OS、アプリ、データの独立性が高まる

 これまでの法人端末にWindowsが欠かせなかったのは、WordやExcelといったマイクロソフト(MS)製のオフィスソフトが通常業務のデファクトだったこと、業務用のWebアプリケーションがInternet Explorerの利用を前提にしていたことの2点が大きい。端末OSの実行基盤(Windows APIとInternet Explorer)と業務アプリケーションが密に結びついていたため、OSを更新するたびにアプリケーションの大幅な改修を迫られた。

 法人端末は今後、端末OS、アプリケーション、データの独立性が高まる。日新製鋼の事例では、端末OSとアプリケーション実行基盤は完全に切り離され、アプリケーション仮想化によって画面のみを端末に配信する仕組みになった(図1)。「最後までWindowsが残るとすれば、データセンターでOfficeを動作させるWindows Serverくらいだろう」(岡田氏)。

図1 日新製鋼が導入したアプリケーション配信型のシンクライアントシステム
アプリ実行基盤を仮想化、端末選ばず使う
図1 日新製鋼が導入したアプリケーション配信型のシンクライアントシステム
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OfficeはマルチOS対応へ

 OS、アプリ、データの分離が進む背景には、法人端末を取り巻く三つのトレンドがある(図2)。第1のトレンドは、業務アプリケーションのマルチOS化だ。既にWebアプリケーションの世界では、Windowsでしか使えないInternet ExplorerやRIA(リッチ・インターネット・アプリケーション)実行基盤への依存をなくし、複数のブラウザーに対応したHTML5準拠のアプリにするのが当たり前になっている。今後は同様に、オフィスソフトなど従業員の生産性を左右するソフトもマルチOS対応が当たり前になる。

図2 法人端末を、端末OSの縛りから解き放つ
OSに縛られない法人端末の運用が普及する三つの要因
図2 法人端末を、端末OSの縛りから解き放つ
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 米MSはサトヤ・ナデラCEO(最高経営責任者)の方針のもと、主力オフィスソフト「Office」のマルチOS化を推進する。2014年11月7日に提供を始めたOfficeのiPad版/iPhone版は、基本的な編集機能を無償で使えるほか、Office 365のライセンスがあればフル機能が使える。Android版も2015年に登場する。米IBMは2014年7月にアップルと提携、データ分析など業務用ソフトのモバイル対応を加速させる。

 ファイル管理も端末OSとの分離化が進む。MSの「OneDrive for Business」、米ドロップボックスの「Dropbox for Business」、米グーグルの「Google Drive for Work」など、端末やOSを問わずファイルを編集できる業務用クラウドストレージが登場。いずれも管理コンソールでファイルの扱いを追跡できる。2014年11月にはMSがドロップボックスと提携、OfficeからDropbox内のファイルを直接参照できるようにした。Officeでファイルを編集すれば、Dropboxにも反映される。

シンクラのコストは下落が続く

 もう一つのトレンドは、端末OSとアプリケーションを分離する有力な手段であるシンクライアント化(デスクトップ仮想化/アプリケーション仮想化)が、コストと環境の両面で手ごろになったことだ。

 IDC Japanによれば、2010年時点では1人当たり初期費用が約27万円、1年間運用費が約7万円だったのが、2013年ではそれぞれ21万円、4万円に下落。5年間総コストは単純計算で3割減ったことになる。さらに、米アマゾン・ウェブ・サービスのクラウド型仮想デスクトップサービス「Amazon WorkSpaces」が、2014年9月から東京リージョンでも月額47ドルで利用可能になった。「今後も、ベンダー間での価格のたたき合いが続きそうだ」(IDC Japan シニアマーケットアナリストの渋谷寛氏)。

 4Gや公衆無線LANなど無線通信環境の改善により、外出先でもシンクライアント環境を違和感なく利用できるようになった点も大きい。3~4年までは、シンクライアント案件の大半はオフィス内の利用を想定していたが「現在では、顧客先営業からワークスタイル変革まで、オフィス外の利用を想定した事例が3割を占める」(IDC Japanの渋谷氏)。日新製鋼の岡田氏は、シンクライアントの導入コストについて「PCを新機種に入れ替えるのに比べて1割ほど高いが、ワークスタイル変革による業務の効率化や、災害時でもオフィス外で業務を継続できる利点を考えれば十分に元は取れる」と語る。

図3 デスクトップ/アプリケーション仮想化に対応した国内の法人向けクライアントの台数
アプリケーションの遠隔利用が普及へ
図3 デスクトップ/アプリケーション仮想化に対応した国内の法人向けクライアントの台数
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 デスクトップ仮想化やアプリケーション仮想化を通じた業務アプリの遠隔利用は、今後も着実に普及しそうだ。IDC Japanは、クライアント仮想化導入率が、2013年の24%から、2018年には49%と倍増すると予測している(図3)。

 第3のトレンドは、ベネッセ個人情報漏洩事件をきっかけにした、情報漏洩対策への意識の高まりだ。

 「デバイス管理ツールがあれば、端末に保存したファイルの流出を完全に防げる、とは考えてほしくない」と本音を明かすのは、当の管理ツール開発企業の社員だ。ベネッセ事件の容疑者は、大量の個人情報ファイルをサーバーからPCに保存し、デバイス管理ツールの設定ミスを突いて私物のAndroid端末にファイルを流出させた。

 デバイス管理ツールを導入しても、端末にファイルを保存できる設定である限りは「漏洩のルートを埋め切るのは困難」(ツール開発企業の社員)という。というのはWindowsであれiOSであれ、消費者の利便性を高める機能が随時追加され、管理ツールの機能追加やユーザー企業による設定の変更が追いつかないためだ。

 例えばベネッセ事件における「抜け穴」は、WindowsのUSB機器向けファイル管理機能「MTP」だったとされる。この機能に、USB機器でもあるAndroid端末OSが正式対応したのは、比較的最近の2011年。ベネッセに限らず、多数の企業がMTPを制限する設定を怠っていた上、最近までMTP機能の制限に対応していなかった管理ツールもあった。

 従業員の端末から機密情報が漏洩するリスクを抑えるには、端末をシンクライアント化するか、または端末へのファイル保存そのものを管理ツールで制限する必要がある。例えばOfficeファイルの場合は「Office 365およびWindows Intuneなどデバイス管理ツールの設定で、ファイルを端末に保存せず、業務用クラウドストレージで編集・保存する運用を実現できる」(日本MS)。

更新タイミングはバラバラに

 端末OS、アプリケーション、データの分離が進めば、更新のタイミングも大きく変化する。従来はハードウエアの保守切れやOSの更新時期に合わせて、全てを4~5年で一斉に更新する必要があった。今後は、それぞれ個別に更新するのが当たり前になる(図4)。

図4 端末、端末OS、アプリ実行基盤の更新ポリシー
法人端末の更新ポリシーが変わる
図4 端末、端末OS、アプリ実行基盤の更新ポリシー
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図5 業務ごとに適したアプリケーション提供手段
アプリの提供方法を使い分ける
図5 業務ごとに適したアプリケーション提供手段
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 アプリケーションの提供方式は、扱うデータの機密性、アプリケーションに求められる高速応答性に沿って使い分けることになる(図5)。これまでも、高速応答が不要なアプリのWebアプリケーション化が進んでいた。今後はオフィスソフトなど高速応答性が求められるアプリについても、機密性に応じた使い分けが求められる。

 小野薬品工業は、こうした使い分けを実践する企業の一つだ。同社は2013年11月、全国80拠点で使っている営業用タブレットPC1200台にシンクライアントシステムを導入。個人情報や機密資料はWindows 7相当の仮想デスクトップで扱う一方、機密性の高くない営業資料については、端末OSであるWindows 8のタッチUI環境でプレゼンテーションできるようにした。同社 情報システム部 運用課の佐藤清司氏は、生産性の高い最新端末の利用と、強固なセキュリティを両立できる点で「デスクトップ仮想化は重要な選択肢のひとつ」と語る。

 「将来、従業員はネイティブアプリか、画面配信か、Webアプリケーションかを区別せず、あらゆる端末で同じアプリケーションを使えるようになる」。IDC Japanの渋谷氏は、法人端末の将来の姿をこう予測する。

 将来の法人端末は故障のたびに買い換えればよく、面倒なキッティング作業をしなくても、新しい端末の電源を入れてログインすれば同じ環境を使えるようになる。こうした未来に備え、情報システム部門は社内のアプリケーションやデータを改めて見直す必要がありそうだ。

Windows 10にみる、MSの方針転換

 「キーボードとマウスが主体のクラシックPCでは、Windows 8の顧客満足度はWindows 7より低かった。我々の目標は、Windows 10で満足度を再び上げることだ」。MSのコーポレート・バイスプレジデントを務めるジョー・ベルフィオーレ氏は、2014年10月に欧州で行った講演の中で、2015年後半のリリースを目指すWindows 10の目標をこう表現した。

 MSが2012年にリリースしたWindows 8は、タッチUIを採用した「スタート画面」が操作の基点になっていた。このためデスクトップ画面でキーボードやマウスを操作していても、標準の設定では頻繁にタッチUIに切り替わってしまう。ドキュメント作成を主体とする企業ユーザーからは「かえって生産性が落ちる」と不満が絶えなかった。

 そこでMSは、タッチUIの浸透を優先したWindows 8の方針を軌道修正。Windows 10では「生産性の向上」を強調している。この軌道修正を象徴するのが、タッチUIとキーボード/マウスUIを明示的に切り替えられる機能「continuum」だ(図A)。

図A 2-in-1デバイスで操作体系を切り替える機能「continuum」
Windows 7と8の「いいとこどり」を目指すWindows 10
図A 2-in-1デバイスで操作体系を切り替える機能「continuum」
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 continuumは、タブレットPCとノートPCの双方の操作に対応した2-in-1デバイスを主な対象にしたもの。キーボードやマウスを接続している間は、Windows 7に似たスタートメニューやデスクトップ画面が使える。ここでPCからキーボードやマウスを切り離すと「タブレットモードに切り替えますか?」との選択肢が示され、OKを押すとタブレットモードに移行する。アプリは全画面表示になり、スタートメニューもタッチ前提のUIに切り替わる。

 MSは現在、「Technical Preview」と称するWindows 10の評価版を、企業向け、消費者向け双方について公開している。この評価版を試用したユーザーから集めたフィードバックを基に、MSは「continuum」をはじめとするWindows 10に実装する機能を決定することになる。

 Windows 10が企業ユーザーに受け入れられるかは、生産性の向上を優先する開発方針をMSが貫き、企業ユーザーの声に真摯に耳を傾けられるかにかかっていると言えそうだ。