クラウドはもはや、インターネットに浮かぶ「雲」ではない。米グーグルや米マイクロソフトなどの大手クラウド事業者は相次いで海底ケーブルの建設に参画している。
彼らのプライベート網の規模は大手通信事業者に並ぶほどで、インターネットから独立した世界的なネットワークに成長した。しかもクラウドの中にユーザー企業が「LAN」すら構築し始めた。クラウドがあれば、LANもインターネットも不要とさえ言える、ネットワーク利用の新時代が到来した。

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 米グーグルや米マイクロソフトなど大手クラウド事業者が構築するプライベートネットワークは、通信事業者(キャリア)のパブリックネットワークの規模に匹敵する―。

 そのことを雄弁に物語るのが、上に示した世界地図だ。大手クラウド事業者が建設に参加した海底ケーブルをプロットした。

 海底ケーブルは従来、各国を代表するキャリアがコンソーシアムを形成して建設する場合がほとんどだった。ところがグーグルが、2010年に開通した日米間海底ケーブル「Unity」の建設コンソーシアムに参加したことを皮切りに、大手クラウド事業者が相次いで海底ケーブル建設に出資し、光ファイバー回線の一部を占有するようになった。

 大手クラウド事業者は海底ケーブルへの出資で確保した光ファイバー回線や、キャリアから調達したダークファイバー(光ファイバーの空き回線)を使って、世界中に配置したデータセンター(DC)を接続するプライベートネットワークを構築している。その規模は巨大であり、急速に拡大している。

 通信専門の調査会社である米テレジオグラフィーによれば、グーグルなどの大手クラウド事業者が構築した、大西洋や太平洋を横断するプライベートネットワークの通信容量は、2013年に前年比70%増加したという。同時期のインターネットバックボーンやキャリアの増加率である22%を大きく上回った。

 マイクロソフトのDC運用部門、グローバル・ファウンデーション・サービスのマーク・ペトリー氏は2013年4月、本誌の取材に対して「マイクロソフトのプライベートネットワークの通信容量は、世界5~6番目のキャリアの規模に相当する」と話した。

 「マイクロソフトよりもグーグルや米アマゾン・ウェブ・サービスの方がネットワークの規模は大きい」と分析するのは、KVHのグローバルサービス担当で世界の通信に詳しいスルタン・シェイク氏。特にグーグルの通信容量は、国際キャリアの米AT&Tや米レベル3コミュニケーションズに匹敵するとみる。

 ユーザーはクラウドの中に入ってしまえば、世界中にアプリケーションを展開したり、データを移動したりできる。その際にインターネットやキャリア回線を意識する必要は無い。それが今のネットの現実だ。

米、欧州、アジアにDC網を構築

 グーグルのプライベートネットワークは、北米に6カ所、南米1カ所、欧州3カ所、アジア2カ所の合計12カ所ある自社DCを結んでいる(図1)。DCをつなぐ光ファイバー回線は必ず冗長化してあり、DC間の通信帯域は数Tビット/秒以上に及ぶ。

図1 グーグルのデータセンターネットワーク、七つのファクト
世界規模のSDN、ハード/ソフトも独自に開発
図1 グーグルのデータセンターネットワーク、七つのファクト
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 グーグルのDC間ネットワーク「Google WAN」は、SDN(ソフトウエア・デファインド・ネットワーキング)の規格「OpenFlow」を使って構築してある。DC間を接続する光ファイバー回線に障害が発生したり、DC間のトラフィックが急増したりした場合は、ソフトウエアによって即座にDC間接続の経路を変えられる。障害からの回復や帯域の増強までにかかる時間は短い。

 その一例を紹介しよう。2014年10月8日、グーグルのストレージサービス「Google Cloud Storage」で、サービスの一部が使えなくなるという障害が発生した。同サービスではユーザーのデータを複数のDCにコピーして保存する構成だが、この日は二つのDC間を結んでいた光ファイバー回線が同時に2本切断。DC間の通信帯域が1Tビット/秒も減少したことでデータを複製できなくなり、サービス全体の3%が応答不能になった。

 ところがグーグルはこの障害を、わずか70分で復旧させた。「1Tビット/秒もの帯域が減少するほどの通信障害の復旧時間としては非常に短い」。世界の通信事情に詳しい情報通信総合研究所 グローバル研究グループの中村邦明主任研究員はそう舌を巻く。

グーグルは機器ベンダーの領域へ

 Google WANは、世界で初めてOpenFlowで構築された大規模ネットワークとしても知られている。グーグルはその詳細を、2012年4月の「Open Networking Summit」で初めて開示した。この時は、同社がOpenFlowに対応したスイッチやネットワークの経路を制御するSDNコントローラーを自社開発していたことが話題となった。

 巨大ネットワークの構築だけでなく、ネットワーク構築に必要なハードウエアやソフトウエアも自社で開発するグーグルは、キャリアを飛び越えてネットワーク機器ベンダーの領域に足を踏み入れていると言える。

 プライベートネットワークとインターネットのつなげ方もユニークだ。グーグルはインターネットから同社のネットワークに接続できるPOP(ポイント・オブ・プレゼンス、ネットワーク接続設備)を世界33カ国に設けている。

 日本でも東京と大阪にグーグルのPOPがあり、多くのISP(インターネット接続事業者)やキャリアが接続している。つまり東京や大阪のユーザーの多くは、ISP経由で直接グーグルのプライベートネットワークに接続していることになる。

 グーグルはアクセス回線でもキャリアの領域に到達している。米国で手がける「Google Fiber」と呼ぶFTTH(ファイバー・ツー・ザ・ホーム)サービスだ。これを使えばユーザーは、インターネットを介さずにグーグルにつなぎ込める。

「QoSの考え方は無い」とグーグル

 グーグルのプライベートネットワークは、「YouTube」といった消費者向けサービスの基盤としてだけでなく、企業向けのクラウドサービス「Google for Work」や「Google Cloud Platform(GCP)」などの基盤としても使われている。

 例えばストレージサービスの「Google Drive」などのユーザーデータは、障害に備えて世界中の複数のDCにコピーして保存されている。コピーの通信は同社のプライベートネットワーク内だけを流れる。ユーザーは知らないうちにプライベートネットワークの恩恵を受けているわけだ。

 GCPのIaaS(インフラストラクチャー・アズ・ア・サービス)である「Google Compute Engine」も同様だ。仮想マシンのハードディスクのバックアップ機能である「スナップショット」では、バックアップデータはその仮想マシンがあるリージョン(地域)だけでなく、他のリージョンにも自動的に保存される。

 例えば、「アジア」リージョンで取得したバックアップデータは、自動的に「米国」「欧州」リージョンに送られる。アジアリージョンで障害が発生した場合は、バックアップデータを使って即時に他のリージョンでシステムを復旧できる。

 GCPのネットワークインフラは、世界中のインターネットトラフィックの25%を占めると言われるYouTubeと共通だ。しかしGCPを担当する塩入賢治氏は、「YouTubeのトラフィックがどれだけ増えてもGCPの帯域には影響は出ない」と語り、大きな通信容量を用意していることに自信を見せる。キャリアはネットワークのQoS(クオリティ・オブ・サービス、通信品質)に応じて通信料金に差を付けているが、「グーグルのネットワークにはQoSの考え方は無い」。塩入氏はそう断言する。

ユーザーの間近に迫るプライベート網

 マイクロソフトのプライベートネットワークも国境を越えて広がっている。同社のクラウドサービス「Office 365」を日本で利用するユーザーの通信がインターネットを流れるのは、日本国内だけだ(図2)。Office 365のDCはアジアでは香港とシンガポールにあるが、ユーザーの通信が日本国内のPOPに到達すると、その後は全て同社のプライベートネットワークだけを流れる。

図2 「Office 365」のネットワーク構造
インターネットは国内だけ、国際間はMS社内回線
図2 「Office 365」のネットワーク構造
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 ISPなどのネットワーク施設内にサーバーを設置し、そこにコンテンツをキャッシュするCDN(コンテンツ・デリバリー・ネットワーク)の姿も変わり始めている。CDNはユーザーからのコンテンツの要求にキャッシュが応答するため、応答時間を短縮できる。米アカマイ・テクノロジーズのような専業事業者だけでなく、グーグルやマイクロソフト、アマゾン・ウェブ・サービスなどが独自のCDNを構築し、ユーザー企業に対してサービスとしても提供し始めている。

図3 グーグルや米ネットフリックスのCDNに関する取り組み
独自CDN構築に進むコンテンツ事業者
図3 グーグルや米ネットフリックスのCDNに関する取り組み
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 最近は、米ネットフリックスや米アップルなども独自CDNを構築している。ネットフリックスのCDN「Open Connect」は、単なるキャッシュではない。同社が配信するすべての動画コンテンツをISPのネットワーク施設内に複製しておくもので、そのためのサーバーも同社が開発した(図3)。

 クラウド事業者やコンテンツ事業者は、インターネットの上にいることに満足せず、自営のインフラを拡大し、ユーザーの間近にまで降りてきている。

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