ERPはSaaS型が常識。こんな時代が到来しようとしている。ビジネスのスピードに合わせて、できれば数週間、長くても数カ月で基幹システムを導入したい。こうしたニーズが急速に高まっているからだ。
本社を含む国内外拠点の基幹システムをSaaS型ERPに丸ごと置き換える日本企業も登場し始めた。先行企業4社の事例、製品の最新動向からSaaS型ERPの実態に迫る。

 会計や人事、販売管理など基幹システムの導入に要したのは、わずか1日。テストや利用者教育を含め2週間で完了──。

 システムの超短期導入を果たしたのは、ディー・エヌ・エー(DeNA)が2014年4月に設立したグループ会社、DeNAライフサイエンスだ。DeNAは2月から、本社や国内・海外拠点に対して新基幹システムを順次展開している。その効果が早速表れた。「当社はグローバル事業を強化していく方針だ。海外拠点が増えても、すぐにシステムを準備できる体制が整った」と、経営企画本部IT戦略部の村上淳部長は話す。

 一方、本社で基幹システムの超短期導入を果たしたのは国際物流大手の商船三井ロジスティクスである。社員2000人の人事・給与を管理するシステムの導入を2013年11月に開始、2014年1月に無事稼働させた。

 DeNAと商船三井ロジスティクスには共通点がある。基幹システムに「SaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)型ERP(統合基幹業務システム)」を採用したことだ。従来のオンプレミス型(サーバー設置型)ERPや、サーバーなどのインフラ部分にクラウドを使う「ERP+IaaS(インフラストラクチャー・アズ・ア・サービス)」よりも、システムの導入を短期化できるのが特徴だ(図1)。

図1 ERPの主な利用形態
SaaS型は短期間で構築でき、コストも低い
図1 ERPの主な利用形態
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 通常は基幹システムの導入に半年から1年以上かかるところ、SaaS型ERPを使えば早ければ数週間、長くても数カ月程度で導入できる。商船三井ロジスティクス 情報システム部システム管理・費用削減グループの根本千加子グループマネージャーは、「2カ月でシステムを導入しようとすると、選択肢はSaaS型しかなかった」と話す。

 SaaS型ERPを導入した先行企業は、初期導入コストを抑えられる点も評価する。SaaSなので、データベースなどミドルウエアを含むインフラの設置は不要。ERPの設定作業も最低限で済む。契約はサブスクリプション(期間利用)型であるため、ライセンス購入型に比べ初期コストは少ない。

 運用時もメリットが見込める。運用の手間はかからず、ERPのバージョンアップ作業なども自動化できるからだ。

SAPやオラクルも本腰

 SaaS型ERPはこれまで中小企業または海外拠点向けという印象が強く、大手や中堅企業が本社で導入する例は少なかった。「基幹システムを丸ごとクラウドに置くことに抵抗感を示す企業も多かった」と、インフォアジャパンの植木貴三常務執行役員は話す。

 しかし、その常識が覆りつつある。DeNAや商船三井ロジスティクスのように、本社を含むグループ全体でERPの超短期導入を渇望する企業が急増しているからだ。クラウドの利用を不安視する声は無くなりつつある。

 ニーズの高まりを受け、SaaS型ERPサービスのラインアップも充実してきた。特筆すべきは、SAPやオラクルをはじめとするERPベンダー大手が本腰を入れ始めたことだ。

 SAPジャパンが2013年にSaaS型ERP「SAP Business ByDesign」を投入したのに続き、2014年6月には日本オラクルが「Oracle ERP Cloud」の本格提供を開始。さらにインフォアジャパンが2014年中、日本マイクロソフトとワークスアプリケーションズがそれぞれ2015年にSaaS型ERPを投入する予定だ。

 SaaS型ERPでは後発であるSAPジャパンの福田譲社長は、「従来のライセンス販売から、サブスクリプション型ビジネスへの転換を進めていく」と意欲を見せる。

 ガートナージャパンの本好宏次リサーチ部門エンタープライズ・アプリケーションリサーチディレクターは、「安価、短期間といったクラウドのメリットを享受しやすいSaaS型は、有力な選択肢の一つ」と話す。同社が2013年11月に実施した調査によると、クラウドERPを使っている国内企業は2013年時点で10%弱だったが、2016年には50%弱に増える見込みだ。SaaS型ERPがその牽引役を果たす可能性は高い。

事例編:SaaS型に挑む先行4社

 先行企業はどのようにSaaS型ERPの導入に挑んだのか。DeNAと商船三井ロジスティクスに加え、アイ・アール債権回収、Looopの事例を見ていこう。

DeNA:狙いはグローバル競争力強化

 「導入スピードとコストを最優先した結果、SaaSを選んだ」。DeNAの村上部長は、SaaS型ERPを採用した理由をこう説明する。

 同社は日本、米国、中国など世界10カ国、約2000人の従業員が使う基幹システムを、ネットスイートのSaaS型ERP「NetSuite OneWorld」で構築中だ。業務の標準化を同時に進めており、2014年2月から本社など一部の国内拠点で運用開始。2015年3月までに海外拠点に順次展開していく(図2)。

図2 DeNAが構築中のグローバル業務基盤システムの概要図
世界10カ国2000人の社員がシステムを利用
図2 DeNAが構築中のグローバル業務基盤システムの概要図
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DeNA 経営企画本部 IT戦略部 村上淳部長
DeNA 経営企画本部 IT戦略部 村上淳部長

 基幹システムを刷新した最大の狙いは、グローバル競争力の強化。DeNAでは既に社員の4割を外国人が占めており、今後さらにグローバル化を加速していく計画だ。「海外市場を視野に入れた会社の成長を支えるために、スピード感を持って業務や経営が推進できる環境を整える必要があった」(村上部長)。

 製品選定は会計、人事、販売管理について個別に進めた。会計に関しては2012年秋に選定を開始。グローバルでの利用を前提に、短期間で拠点に展開できる、導入や運用にかかるコストを抑えられる、などを条件に製品を絞っていった。結果的に会計、人事、販売管理全てでNetSuite OneWorldを選んだ。

 SaaSにおけるサブスクリプション型の料金体系は、長期間使うとライセンス購入型より割高になるケースもある。同社の場合、「変化が激しい業界なので、基幹システムは4~5年のサイクルで考えている」(村上部長)ため、問題にはならなかった。

 ただ、最初の導入はすんなりとは進まなかった。業務の標準化と同時並行で進めたことに加え、稟議ワークフローなどのアドオン(追加開発)が必要になった。「当社くらいの規模でSaaS型ERPを利用している日本企業はほとんどなく、参考になるのは主に海外の事例だった。しかしワークフローは日本独特の要件で事例がなく、手探りで進めざるを得なかった」(村上部長)。このため、当初は導入期間として半年を予定していたが、8カ月延びて1年2カ月を経て稼働となった。

 最初の導入を乗り切った後は、SaaS型ERPは効果を発揮。冒頭で見たように、DeNAライフサイエンスでは2週間で基幹システムを導入できた。

商船三井ロジ:20年来のシステムと決別

図3 商船三井ロジスティクスが人事・給与システムにSaaS型ERPを採用した経緯
ベンダー選定後、2カ月弱でシステム稼働
図3 商船三井ロジスティクスが人事・給与システムにSaaS型ERPを採用した経緯
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 わずか2カ月で人事・給与システムを刷新した商船三井ロジスティクス。富士通マーケティングのSaaS型ERP「GLOVIA smart きらら」を導入、2013年12月に利用を始めた(図3)。導入は富士通が支援した。

 なぜ同社は、2カ月で基幹システムを刷新する必要に迫られたのか。実はそれまでの20年間、オンプレミス型ERPを利用していた。その間バージョンアップはせず、導入を担当した要員は既にいない状態だった。

 問題が発覚したのは2013年7月。社内のクライアント機のOSをWindows 7へ移行させるために調査したところ、旧システムでは対応できないことが分かった。

左から、商船三井ロジスティクス情報システム部システム管理・費用削減グループ グループマネージャーの根本千加子氏、人事総務部長の山口貴史氏、人事グループ課長代理の新保武氏
左から、商船三井ロジスティクス情報システム部システム管理・費用削減グループ グループマネージャーの根本千加子氏、人事総務部長の山口貴史氏、人事グループ課長代理の新保武氏

 商船三井ロジスティクスは即座に新システム構築に向け動き出した。スケジュールは極めて厳しいものだった。RFP(提案依頼書)を作成し、ベンダーを決定する作業は10月までかかる。一方で、「人事・給与システムは源泉徴収などの処理を実行するため、1~12月というサイクルで使う。新システムは、年が変わる2014年1月に間に合わせる必要があった」(山口貴史人事総務部長)。テスト稼働期間を考えると、開発に使えるのは2013年11~12月の実質2カ月しかなかった。

 同社はRFPを4社に送付した。その結果、富士通だけがSaaSを提案。2カ月で導入できるうえ、初期導入費と5年分の運用費を合わせたコストは旧システムの半額、という内容だった。「他社の提案はいずれもオンプレミス型で、導入に半年以上かかるものだった」(山口部長)。

 期間は短かったが、導入はスムーズに進んだという。ネックになりがちなデータ移行についても、「富士通側の支援を得て、短期間でも移行できた」(根本グループマネージャー)。データ移行や経理システムとの連携を支援してくれるかどうかも、ベンダー選定時に考慮した。

IR債権回収:運用効率化とBCPを狙う

図4 アイ・アール債権回収がSaaS型ERPを採用した狙いと効果
SaaS活用でサーバー台数が半減
図4 アイ・アール債権回収がSaaS型ERPを採用した狙いと効果
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 「サーバー台数を可能な限りゼロに近づけたい」。債権の管理・回収サービスを手掛けるアイ・アール債権回収 経営管理部の佐藤秀樹審議役はこう話す(図4)。その一環として、オンプレミスで運用していた会計システムを、スーパーストリームのSaaS型ERP「SuperStream-NX」に刷新、2014年4月に利用を始めた。

 SaaS型ERPの導入で同社が狙うのは、システム運用の効率化とBCP(事業継続計画)対応の二つ。2007年時点で、同社は自社ビルでサーバー50台を運用していた。しかし、情報システムの担当者は3人で、運用の負荷が大きな問題となっていた。

 BCP対応も課題だった。サーバー全てを自社ビルに設置していたので、災害発生時に全システムが停止する恐れがあった。

アイ・アール債権回収 経営管理部審議役の佐藤秀樹氏
アイ・アール債権回収 経営管理部審議役の佐藤秀樹氏

 そこで同社が着目したのが、基幹システム全てをクラウドに置くSaaSだった。「少人数でシステムを管理でき、かつ従業員数150人程度の当社でも災害対策を実行できるようにするためには、SaaSの利用が有効だと判断した」(佐藤審議役)。

 SaaS型ERPに続き、8月に勤怠管理システムをSaaS型に変更。サーバーの台数は現在25台と、2007年に比べ半減した。今後はサーバーゼロの実現に向け、コールセンター用システムもSaaSに変更していく予定だ。

Looop:急成長を支える基盤を実現

 2011年4月創業当時の従業員はわずか3人。その後3年で急成長を遂げ、現在は従業員が100人超、年間売上高60億円超を達成。株式上場も視野に入れる──。

 太陽光発電システムの販売などを手掛けるLooopは、伸び盛りのベンチャーの1社。同社は2014年4月、富士通のSaaS型ERP「FUJITSU Enterprise Application GLOVIAOM」を導入して会計、販売管理などを支援する基幹システムを構築した。

 ERP導入を決めたのは「上場を見越して、経営管理の仕組みを整備する必要があったからだ」と、取締役業務本部長の深谷辰三氏は説明する。それまで同社はExcelなどを使って、担当者が個別に管理していた。

 SaaS型を採用した理由について、業務部システム推進担当の栗原佑蔵氏は、「すぐにシステムを用意でき、柔軟に拡張できる点や、運用業務から解放されるという利点を評価した」と語る。

 自前でシステムインフラを抱えていると、事業規模の拡大に応じて、その都度、増設しなければならなくなる。ERPを保守・運用する手間もかかる。IT資産を持たずに、成長に合わせてシステムを拡張しやすいSaaSが最適だったわけだ。

 「AWS(Amazon Web Services)などのIaaSでERPを動かすことも考えたが、サーバーを管理する要員が必要。オールクラウドのSaaSなら、要員を運用業務から完全に解放できる」と栗原氏は話す。

サービス編:ラインアップ強化急ぐ、国産・海外ベンダー

 SaaS型ERPに対するニーズの高まりを、ベンダー側も実感している。SCSK ProActive事業本部ソリューションコンサルティング部の五月女雅一ビジネス推進第二課長は、「SaaS型ERPの引き合いは着実に増えている」との実感を得ているという。「今年に入り、SaaSの案件は全体の2割程度。昨年に比べ倍増している」(同)。

 現在、日本で入手可能な主なSaaS型ERPは11種類(、年内提供予定を含む)。SAPジャパン、日本オラクル、ネットスイートなど海外ベンダーのサービスは、基本的にERPがカバーする分野を網羅しているのに対し、国産ベンダーのサービスは会計・人事、販売・生産など、分野を限定したものが多い。

表 日本で利用可能な主なSaaS型ERP
2014年中に11サービスが出そろう
表 日本で利用可能な主なSaaS型ERP
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オンプレミス型とのすみ分けを明確に

 海外ベンダーはSaaS型ERPについて、それぞれ異なるスタンスを取る。

 同分野で老舗と言えるのは、SaaS型ERP専業のネットスイートだ。2006年に日本での提供を開始、現在150社以上が利用しているという。DeNAのような大規模導入例も増えており、「特にグローバルに急成長している企業が当社製品を選ぶケースが多い」(内野彰マーケティング本部ディレクター)。

 ERPの二大ベンダーであるSAPとオラクルは、既存のオンプレミス製品とのすみ分けを考慮し、現状ではSaaS型ERPを中堅企業向けと位置付けている。

 SAPジャパン プリンシパルコンサルタントクラウドファースト事業統括本部の村田聡一郎氏は、SaaS型ERPのSAP Business ByDesignについて、「ERPの機能をシンプル化し、安価に利用できる点が特徴」と話す。同社は大企業向けの「SAP Business Suite powered by SAP HANA」など、パートナー経由のものを含めて複数のクラウドサービスを提供している(図5)。Business Suite powered by HANAは、SAPが自社データセンターでインフラを含めて運用し、SAP ERPをサービスとして提供する。

図5 SAPジャパンのクラウドERP戦略
企業規模で提案分ける。SaaS型は中堅企業向け
図5 SAPジャパンのクラウドERP戦略
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 日本オラクルのSaaS型ERPであるOracle ERP Cloudは、オンプレミス/クラウド型ERP「Oracle Fusion Applications」の機能を、中堅サービス業向けに特化してSaaS形式で提供するものだ。クラウドアプリケーション事業統括 事業開発部の野田由佳ディレクターは「卸や小売りなどのサービス業はSaaS型ERPが向く。多くの店舗から会計情報を即座に収集・分析し、次のアクションにつなげることができる」と説明する。

 国産ベンダー製品では、スーパーストリームのSuperStream-NX SaaS対応版、富士通マーケティングのGLOVIA smart きららに加えて、SCSKの「ProActive for SaaS」、NECの「EXPLANNER for SaaS」が人事・会計に強みを持つ。スーパーストリームは日立システムズなどのパートナー企業を通じてSaaSを提供している。

 生産・販売管理に強みを持つ国産ベンダー製品は、富士通のFUJITSU Enterprise Application GLOVIA OMに加えて、東洋ビジネスエンジニアリングの「MCFrame cloud」、日立システムズの「FutureStageクラウドソリューション」などである。

業務に合うかどうかと、SLAを確認する

 ガートナージャパンの本好氏は、SaaS型ERPの導入時に注意すべき点を二つ挙げる。

 一つは、自社の業務をERPに合わせられるかどうかを確認することだ。「オンプレミス型のERPパッケージに比べると、SaaSはアドオンに関する制限が多い」(本好氏)。SaaSでは、システムを改変できる余地が少ないわけだ。このため「導入前に、SaaS型ERPが自社の業務にフィットするかどうか細かく確認すべき」(同)という。

 もう一つは、SLA(サービス・レベル・アグリーメント)を確認することだ。SaaS型ERPの多くはマルチテナント型。その場合、「SLAは他のユーザーと横並びで一律に決めるケースがほとんどで、ベンダーと個別にSLAを結ぶのは難しい」(同)。

 このため、SLAで定めた条件を受け入れることができるのか、障害で業務が停止した際、どのような補償がなされるのかといった点について、「契約を結ぶ前に細かくチェックすべき」と本好氏は話す。