写真(船):スタジオキャスパー
写真(船):スタジオキャスパー

海外ビジネスのルールチェンジが進んでいる。韓国や中国などが国を挙げて新興国市場の開拓に邁進する中、日本のIT官民連合が、そこに割って入る勢いを見せている。
政府がアジアからの受注拡大を支援する方針を示して5年。官と民のコラボレーションで、アジアのIT案件を獲得するケースが目立ってきた。ミャンマーの金融関連システム、ベトナムの税関システム、フィリピンの防災システム──。着々と成果を上げ始めた日本のIT官民連合の姿に迫る。

 ASEAN経済共同体(AEC)の発足で、一大経済圏が誕生する予定の2015年。ミャンマーの金融インフラもまた、節目の年を迎える。ミャンマー中央銀行(CBM)が、日本の「日銀ネット」に当たる基幹系システムを初めて導入。さらに同年、ヤンゴン証券取引所が開業し、取引システムをはじめ、証券会社の注文・決済システムなどが稼働する見込みだ。

 国家の中枢となる金融インフラのシステム化を担うのは、日本のITベンダーである。CBMの基幹系システムは、アプリケーション開発をNTTデータ、インフラ構築などを大和総研と富士通、KDDIなどが受注した。「東南アジアの金融関連システムを日本が作るのは初めて」。大和総研の伊藤慶昭クラウドサービス部長は、こう話す。ヤンゴン証券取引所の取引システムなどの開発についても、大和総研が主体となる公算が高い。

官民連合の成功モデル

 2011年に民政移管し、“アジア最後のフロンティア”と注目を集めるミャンマーには、かつてない規模の海外投資が集まる。国内企業の資金需要も高まる見込みである。

 ところが、金融関連システムの整備の遅れは深刻だ。その象徴がCBMだった。本支店間及びCBMと市中銀行間の資金決済などのほとんどが手作業で、1日当たりの処理件数は500件が限界だ。国際協力機構(JICA)の押切康志専門家は、「1500人の行員のうち、システム担当者はわずか14人」と証言する。

 ミャンマー政府やCBMが、日本のITベンダーを伴走者に選んだのは偶然ではない。官民連合によるアプローチの賜物である。

 決め手は、ミャンマーへの無償資金協力の実現にこぎつけたことだ。その場合、応札ベンダーを日本企業に限定できる。NTTデータや大和総研によるCBMの基幹系システムの受注につながった。

 JICAは2012年3月、大和総研、NTTデータ、富士通の3社にCBMや市中銀行の業務、銀行間の接続など金融インフラのICT活用の実態調査を委託した(図1)。同10月には最終報告書をまとめ、CBMのPC環境などの整備と基幹系システムの構築、それを支えるITインフラの整備をODAの優先対象とする方針を固めた。

図1 ミャンマー金融インフラにおける日本側の動き
オールジャパン体制でアプローチ
図1 ミャンマー金融インフラにおける日本側の動き
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 しかし、すぐには資金援助ができなかった。日本のODAは“要請主義”を採っているため、ミャンマー側の申し入れがなければ、ODAを実施できないからだ。

 そのうえ、大きな経済成長が見込まれる同国は世界中の関心を集めており、各国がラブコールを送る状況だった。「韓国やシンガポールの影がちらついていた」と、JICAの押切専門家は語る。

信頼獲得へ、産官学が連携

 日本政府は、ミャンマーの信頼を勝ち取るために産官学を挙げた多方面での協力姿勢を打ち出す。

 2012年11月に開始した「経済改革支援」という技術協力が好例だ。日本国内の大学教授をミャンマーに送り、CBM幹部向けに研修セミナーを開いて人材育成に携わったり、当時財務省の一機関だったCBMの独立性を担保する制度改革を提言したりした。

 日本のメガバンクや証券会社を帯同して政策対話を開催したこともある。こうした取り組みを「何度も何度もやった」と、JICAの金哲太郎東南アジア第四課(ミャンマーチーム)企画役は述べる。

 システム面のアピールも欠かさなかった。ミャンマーの政府幹部を招き、日本銀行の決済システムを紹介した。自ら日銀を訪問したCBMのセッ・アウン副総裁は、「当初は汎用的な資金決済ソフトも検討したが、拡張性を考慮すると自前のシステムが必要となった。日本は中央銀行専用のシステムを開発しており、我々の要望に沿っていた」と語る。

 2013年10月、両国はようやく無償資金協力に合意した。負担が発生するため日本全体として“もうかった”わけではないが、日本企業がミャンマー市場を開拓する道を付けた。

 NTTデータの豊田麻子グローバルビジネス事業推進部ビジネス企画室長は、「ミャンマーでのさらなる展開につなげたい」と期待する。同国の金融インフラの発展に伴い、投入できる商材は広がる。「そのスピードは速いはず」(豊田室長)という。同社が国内で手掛ける全国銀行データ通信システム(全銀システム)、カード決済向けオンラインシステム「CAFIS」なども売り込みたい考えだ。

法制度設計から入り込む

 ヤンゴン証券取引所の開業に向けては、システム構築だけでなく、日本政府が法令の策定支援に、日本取引所グループ(JPX)や大和総研が制度設計支援に深く入り込んでいる。

 証券取引所を開業するには、証券取引法が必要だ。さらに、株式の売買条件や上場規則といった取引所運営のための制度が整って初めて、取引システムが機能する。立ち遅れていたミャンマーの取引所開設に当たり、法制度の整備に日本が関わることで、取引システムの構築も日本へ、という流れが出来上がる。官民連合の意義はここだ(図2)。

図2 ヤンゴン証券取引所設立に向けた体制
2015年の開業を目指す
図2 ヤンゴン証券取引所設立に向けた体制
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 ではなぜ、法制度の整備にまで日本は入り込めたのか。それは、早くに始めたアプローチを連綿と続けてきたからだ。

 始まりは、ミャンマーがまだ軍事政権下にあった2010年頃。外資企業がほとんどいない中、現地ビジネスを15年にわたり継続していた大和総研に、ミャンマー側から証券取引所開設の相談が舞い込んだ。

 同じ頃、財務省財務総合政策研究所(財務総研)はアジア新興国の証券取引所の設立を支援するプロジェクトを発足させ、支援先を選定中だった。2011年初頭、大和総研経由の情報もあり、民生移管直後に当たる2011年5月には実現性の検証を進め、方針を固めた。諸外国が熱視線を送る以前から準備を進めていたわけだ。

官民で包括的に支援

 ミャンマーは2013年8月、約80の条文からなる証券取引法を施行した。現在は下部法令である政令の最終調整中だ。日本の財務総研や金融庁が策定支援に当たっている。

 JICA専門家としてミャンマー財務省に派遣された金融庁の矢野翔平氏は、最大都市ヤンゴンと首都ネピドーを飛び回る。「日本とミャンマー間の橋渡しのほか、ミャンマー財務省における人材育成が私の役割」と語る。

 民間の動きも活発だ。大和総研とJPX(当時は東京証券取引所グループ)、大和証券グループ本社は2012年5月、証券業務に関するシステム設計や取引所運営のノウハウ支援、人材育成を目指す覚書をCBMと締結した。

 2014年秋にも証券取引所開業の一足先に、準備会社が設立される見込み。ヤンゴンで新会社の枠組みや規則作りといった業務に当たってきたJPXの矢頭憲介総合企画部主任はその後、「人材雇用やその仕組み作りを時間をかけてやっていく」と話す。

 大和総研のメンバーはシステム構想を練るため、頻繁にミャンマーに出張し、市中銀行などへのヒアリングに務めているという。

 証券取引所開業における官と民との役割分担は明確だが、ばらばらではない。

 財務総研が2012年8月に組織したワーキンググループが情報共有の場となっている。財務総研や金融庁のほか、大和総研とJPXが参画しており、1カ月に2~3回のペースで会合を開く。日本での研修や現地セミナーなど、人材育成においても共同で当たっている。

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