藤森 勇介=NTTデータ経営研究所 デジタルイノベーションコンサルティンググループ コンサルタント

 AI農業とは、「暗黙知」となっている熟練農家の優れた農業技術・ノウハウを、ICT技術を活用して「形式知化」することで、他の農業者や新規参入者に短期間で継承したり農業を高度化したりすることを目的とした新しい農業です。

 ICTを活用した農業の高度化については、官民が連携して多方面で検討が進められており、AI農業はその中でも、熟練農家の農業技術・ノウハウの継承といった人材育成にも着目した取り組みです。

 AI農業の「AI」は、人工知能を指す言葉である「AI:Artificial Intelligence」ではなく、日本語で農業情報科学を指す「AI:Agri Informatics」の略です。

 農業情報科学とは、高度な農科学の知見と、最先端の情報科学(ICT)を組み合わせて、農業の高度化などを実現する研究領域です。ただし、農業情報科学における情報科学(ICT)の一つに人工知能(AI)も含まれるため、AI農業という概念を具体化した個別の取り組みとしては、人工知能(AI)を活用した農業も含まれることがあります。

 AI農業のコンセプトを具体化するための政府の取り組みとしては、「AIシステム」の実証事業が挙げられます(図1)。

図1●AIシステムの全体イメージ
図1●AIシステムの全体イメージ
出典:農林水産省 食料産業局 知的財産課 『ICT農業の現状とこれから(AI農業を中心に)』2015年11月(http://www.maff.go.jp/j/shokusan/sosyutu/sosyutu/aisystem/pdf/ict_ai.pdf)
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 AIシステムでは、センサーによって取得した作物情報・環境情報と、熟練農家の「気づき」「判断」の情報を的確に統合することにより、熟練農家の「経験」や「勘」に基づく「暗黙知」を「形式知」化し、農業者の技能向上や新規参入者の技能習得に活用することを目指しています。

AI農業が求められる背景

 熟練農家の技術の継承を目的としたAI農業が求められる背景としては、日本の農業を取り巻く次のような現状が挙げられます。

日本の農業を取り巻く現状

(1)耕作放棄地の増加に伴う生産農業所得の低下
(2)農業就業人口の減少
(3)後継者難に伴う高齢化(特に熟練農家)

優れた農業技術・ノウハウの特徴

(1)マニュアル化できない現場での「気づき」「判断」
 例えば、毎年異なる気象条件の中で、播種、施肥、防除、収穫を最適なタイミングで行う必要があり、マニュアル通りに生産しても、熟練農家と一般農家では収量・品質に大きな差がある など

(2)長年の経験から得られた「経験則」
 例えば、豪雪の翌年は豊作、雷が多いと豊作 など

 従来、日本における農業技術は、異なる世代(主に家族)の農家の方々が一緒に農作業に取り組むことを通じて、それぞれの地域で暗黙知として継承されてきました。ところが現在は、農業就業人口の減少や、家族構成の変化(核家族化の拡大など)によって、従来のように時間をかけて熟練農家の暗黙知を継承していく機会が大きく減少しています。さらに、現在の熟練農家の多くが高齢化しているため、近い将来、優れた農業技術の伝承が難しくなる恐れがあります。

 このような背景を踏まえ、より短期間で、「暗黙知」となっている優れた農業技術を継承する新たな仕組みを構築することが必要です。また、農業への新規参入を促進する上でも、優れたノウハウを形式知化して、活用しやすくすることで、参入のハードルを下げる必要があります。さらに、熟練農家側から見ても、ノウハウの提供により利益を得られるようなビジネスモデルを構築することで、熟練農家の所得を向上させることも重要な視点です。これらの課題を解決する上で、AI農業による暗黙知・ノウハウなどの見える化・知的財産化の取り組みが推進されています。