2014年7月17日、18日に東京・渋谷のヒカリエで開催された、FeliCa/NFC関連のイベント「FeliCa Connect 2014」の基調講演では、FeliCaやNFCを活用した企業や日本の将来像を占う講演が続いた。NTTドコモでiモードの誕生から発展を担った夏野剛氏が「FeliCaは中央銀行が発行する電子マネーになり得る」と大きな視点で将来像を見据えて講演したほか、スターバックス コーヒー ジャパンのCRMでの活用や、来訪外国人向けのFeliCa/NFCによる「おもてなし」に対する電通のビジョンなどが語られた。

日銀がFeliCaの電子マネーを発行してもいい――慶大 夏野氏

写真1●慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特別招聘教授の夏野剛氏
写真1●慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特別招聘教授の夏野剛氏
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 現在は慶應義塾大学大学院 特別招聘教授を務める夏野剛氏は、「ITで変貌する社会と日本企業の未来」をテーマした講演で登壇した(写真1)。ところが冒頭から「10年前の7月におサイフケータイの発表会をした。ちょうど10年経った今、僕が昔を語らずして誰が語るのか。FeliCaの生き証人として、なぜFeliCaだったのか、なぜおサイフケータイなのかを語れるのは僕だけ。先ほど気づいて、その話をすることにした」と会場の笑いを取りながら、話を始めた。

 夏野氏はまず、「日本は世界最大の電子マネー大国になった。これだけの金額の電子マネーが流通している国は日本だけだが、大きなアクシデントは一切発生していない。努力と日頃の安全なオペレーションの賜物であり、日銀から表彰されてもいいのではないか」と、FeliCaおよび10歳を迎えたサイフケータイの現状を評価した。さらに「硬貨の発行量は2006年以降減っている。これは電子マネーのおかげだろう。現金のトランザクションの非効率性については、それまで真剣に考えている人があまりいなかった。電子マネーでどれだけ効率を上げているか、数字以上に社会に対する大きなインパクトがあった」と続ける。

 「FeliCaやおサイフケータイは流通量が大きくなったが、まだまだ拡大できる余地がある。多くの現実問題はさておき、将来的には日銀が円そのものを、FeliCaを使った電子マネーに変えていってもいいぐらいに考えている。ポイントと通貨が一体になっているという世界の実現だ。電子マネーのリーダーライターの設置費用は、政府が出してもいいんじゃないかと思うほどだ」(夏野氏)。

 夏野氏は、ここで少しFeliCa、おサイフケータイの歴史を振り返る。「2003年、おサイフケータイの発表前に、端末、ネットワーク、プラットフォーム、コンテンツの4レイヤーで既に考えていた(写真2)。それまでのドコモは、端末とネットワークを提供していた。しかし、コンテンツにはドコモは手を出さないと決めていた。4層のレイヤーで新しく提供できるのは、コンテンツと端末をつなぐプラットフォームだった。リアルな世界でも、iモードの携帯電話でいろいろなことができるようなプラットフォームを作りたいと考えた」。

写真2●おサイフケータイのサービスが始まる前に、リアルとネットのバリューチェーンを意識して夏野氏が作ったという「iモードの拡大戦略」
写真2●おサイフケータイのサービスが始まる前に、リアルとネットのバリューチェーンを意識して夏野氏が作ったという「iモードの拡大戦略」
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 当時の携帯電話の世界に、レイヤー構造をつなぐバリューチェーンがあったように、リアルな世界でも同じようにバリューチェーンがあった。交通、自動販売機、フランチャイズ、販売などリアルな世界で携帯電話が使えれば、携帯電話を持つ意味がさらに高まるだろうと考えたのだ。ドコモでは、まずQRコードを使えるようにして、自動販売機などとの連携ができるようにした。赤外線通信機能を搭載していたのも同じ理由からだ。そして、ネットとリアルの連携の本命がFeliCaだったと言う。

 夏野氏は、業界秘話も交えて、笑いを取りながら歴史をひもといていった。

 「FeliCa方式を私に売り込んだのは、ソニーではなくてJR東日本だった。非接触ICカードにはたくさん方式があったが、JR東日本が先出しで言ってくれたから、FeliCaに決められた」

 「携帯電話にFeliCaを載せることを決めたときの最大の障壁がチップの価格だった。FeliCaのカードはビジネスになっていたが、携帯電話向けのチップは数が未知数だったため単価が高く、導入を諦めるところまで追い込まれた。当時の久夛良木健ソニー副社長に飲み会でチップが高いとぼやいたところ、トップダウンで決断してもらえた」

 「モバイルFeliCaのアプリケーションの領域管理をどのように行うかを悩んでいたところ、幸運にもソニーがドコモとサードパーティを設立してくれることになった。それがフェリカネットワークスだった」

 多くの偶然が重なりながら、プレーヤーが夢を持ち続けたことで、電子マネー大国になった歴史が伝わってきた。夏野氏は、そうして至った現在について、「日本はこの分野で、どうして世界よりも10年進んでいるのか。グーグルもおサイフケータイには関心が高いし、アップルやアマゾンも興味を示しているが、キャッチアップできていない。これは日本という島国だからという部分もあるが、ドコモは戦略を作った後で、FeliCaのリーダー/ライターを広めるためのファンドを作るといった地道な作業を続けてきたことも大きい。そういう覚悟がグーグルやアップルにあれば、世界にも電子マネーを広げられる。世界中でやろうと思ったら、兆円単位の資金を出す覚悟があればできる」と力説する。

 グローバルの展開について夏野氏は「世界にFeliCaは行けないか?というと、僕は行けると思う。現存する技術の中で大きな金額が実際にトランザクションされているのはFeliCaだけ。日本には、世界よりも10年以上進んだサービスを提供している人たちが集まっている。FeliCaの普及の歴史に登場するプレーヤーをグローバルに置き換える中で、皆さんの会社がその中にできるだけ入っているといい」と、FeliCaの国内のパートナー企業にエールを送る。

 さらに夏野氏は、「非接触トランザクション、電子マネーの世界は、先進国よりもむしろ発展途上国に向いているのではないか」と、提言する。「電子マネーなのでアングラマネーが存在しない。インドネシアの島や、アフリカの村にリーダー/ライターを置いたら、食料の配給管理から通貨までをFeliCaで対応できる。そうした国の中央銀行が発行する電子マネーを日本が支援するといった図式も描ける。FeliCaが15年にもわたって安全に運用されてきたことは、日本の競争力につながる。FeliCaのエコシステムを、世界全体に広めていこう」と、グローバルへの広がりを語って、講演を締めくくった。